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結局、その後も奏は面接担当の女性と一時間ほど吹奏楽について話し、色々な音楽ジャンルの曲が好きだと思われたようで採用される運びとなった。
サウンドファウンテンのサイトに社員番号とパスワードを入力してログインすると、仕事情報が閲覧できる、という仕組みらしい。
(とりあえず、採用されて良かった……)
面接担当者に礼をして事務所を後にし、奏は新宿駅へ向かった。
大きな目玉が天を仰いでいるようなビルの前を通り抜け、地下通路入り口の階段を降りていく。
行きはやたら長く感じた道のりも、帰りがあっという間と思うのは、無事に採用された安堵感もあるのだろう。
奏は緊張感から解放され、急激にお腹が空いた事もあり、京王線の改札にほど近いモール内のカフェで軽食を摂った後、JRの改札を抜け、中央線に乗り込んだ。
***
中央特快に揺られながらボーっとしていると、あっという間に自宅最寄り駅でもある立川駅に到着した。
南口から二十分ほど歩いていくと、大きな一軒家に到着する。門には『音羽ピアノ教室』の小さな看板が掛かり、ここが彼女の自宅兼仕事場だ。
「ただいま」
リビングに入り、バッグとスーツの上着をソファーの上にぞんざいに置く。
「お帰り。どうだった?」
キッチンにいた奏の母がリビングで出迎えると、奏の向かいに座った。
「うん、採用になったよ。けど、面接担当の人がヘンな人で、ラウンジピアニストの面接なのに、経歴の話をしている途中で吹奏楽部の時の話になって、突然歌い出すし、参ったよ……」
数時間ほど前の出来事を思い出したのか、奏はしょっぱい表情を浮かべながら大きくため息を吐き、茹だるような暑さに辟易するように、右手で顔周りをパタパタとあおいだ。
「まぁ採用になったから良いんじゃない? 私の負担が増えそうな気がするわ……」
母も音羽ピアノ教室の講師だ。
今はレッスンの日数をかなり減らしているが、若かった頃は、ここで日曜日以外のレッスンを一人で受け持っていた。
「そうだ。今日これから彼女がうちに来るんでしょ? しかも、もうすぐ結婚するっていうじゃない。教え子が成長してここに来るなんて、お母さん嬉しいわ〜」
「そう。あの子に披露宴でのBGMをピアノの演奏でお願いされたんだよ。今日はその打ち合わせと練習」
「練習?」
「余興の大トリで連弾するんだ。彼女、久々にピアノ弾くし、旦那さんになる人も、彼女のピアノが聴きたいってリクエストしたらしいよ」
自宅に来るのは小学校と中学校の同級生でもある奏の親友だ。
彼女もここで幼稚園に入園した頃からピアノを奏の母に習い、高校卒業までレッスンに通っていた。
中学生の頃、発表会で連弾した事がある二人は、披露宴で十数年振りに連弾する事になる。
「で、披露宴の余興は二人で何を弾くの?」
「元はゲームミュージックなんだけど、結婚に相応しいこの曲にしようかと思って」
奏はバッグから楽譜を取り出して母に見せた。
パラパラとページを捲りながら、母も『なるほどね』と頷くと、玄関の呼び鈴がピンポーンと来訪者を告げる。
「あ、来たきた!」
奏は久々に再会する友人を出迎えるために、玄関へと急いだ。