拝啓、潮水[しおみ]先輩。
お元気でしょうか。
ありきたりだとか、新鮮味がないとか、先輩にこんな堅苦しい挨拶をしていたら怒られますかね?
ご存知の通り僕はこんなありふれたヤツなので多めに見てください、そんな僕と関わってくれてありがとうございます。
先に謝ります。
不安が入り混じってる中こんな長文を送りつけてすみません。
卒業式の日に本当は言いたかったこと全て吐き出そうと思ってましたが、こんなに唐突に僕の生活から先輩がいなくなるなんて思ってもなかったので。
こんな時も僕らしく単刀直入に言います、僕は今も先輩が好きです。
いつも変わらないようで、絶対に毎日毎時間毎秒変わり進化する空を眺める先輩の姿。
惚れました。
直接言うのは嫌です。
だからこんな形になりました、ちゃんといつも通り「茅野君らしいなぁ」って許してください。
謝罪が多すぎてごめんなさい。
クセなので。
僕の見る世界に先輩がいなくなるのは悲しいけど、先輩とまたいつかどこかで会えた時に、胸を張って僕が茅野ですって言えるように、先輩に教わった少し手を抜く方法を交えて適度に頑張りたいと思います。
また、学校の感想文みたいになってしまいましたが許してください。
貴女がいつも見上げる空は、今どうなってますか?
同じ空を見上げてるのでしょうか?
この瞬間、先輩と同じ空を見ているのでしょうか。
「同じ空の下で生きている」、これは本当ですか先輩、僕にはまだわかりません。
返事はいりません、というか聞けません。
さようなら先輩。
また、いつかどこかで。 茅野
毎年訪れる入学シーズン、小中と経験したこの式や新たな出会い、そして満開の桜にも僕は新鮮味を感じなくなっていた。
僕的には、数人の友人をつくってそこからは、3年間安定した学校生活をしようと考えていた。
ただ簡単な僕の説明のつかない想いから、大きく僕の生活は変わった。
宣言通り入学から1ヶ月ほど費やして友人をつくりある程度自分の居場所はつくったある日だった。
「そうなの?」
「マジマジw」
「山内の偏見じゃなくて?」
「本当に西奈と両思いなんだよ俺!」
「告る?」
「もちろんだぜw」
「きっしょ、フラれろ」
「うわひっで!」
特になんてことない雑談、山内が所属するサッカー部のマネージャーをしている同い年の西奈[にしな]と両想いなんじゃないかって喜んでるだけの話を2人でしながら下校しようと正門を抜けた時だった。
梅雨前ならではの雨の香りと共に風が吹いた。
風に目を瞑った僕は目を開いた時に驚きのあまり腰を抜かしそうになった。
目の前を我が校の生徒会メンバーの人気者、潮水つかさがこっちを見ていたのだ。
普段は空をぼーっと眺めているのに。
視線と共に、僕の全意識は目の前の生徒会メンバーの先輩に奪われた。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
人気者な先輩は僕に向いて一言発した、そしてまた僕の心臓は大きく脈を打った。
寿命が終わりを告げたのだろうかと錯覚するほどに、時間の流れが遅く感じた。
魅力的な先輩は1人で学校を出ようとしていた。
それを見て僕はもう抑えきれなかった、理性なんて文字は僕の頭から吹っ飛んだ。
「見つめてすみません」
「全然いいよぉ〜?」
ニコニコ対応してくれる完璧な先輩は接客をする店員さんみたいだった。
「おい茅野〜、帰るぞ〜」
山内が少し進んだ所から振り向いて僕のことを見ていた。
手を上げて応じ、美しい先輩に向き直った僕はシンプルに一言、
「僕、先輩のことが好きです」
「え…あ、あの…えっと…ごめん…実は私…カレ___」
ここまで聞き取り僕は冷静になった。
恥ずかしくなり今すぐこの地面に埋まりたかった。
もうその場にいられなくなり先輩の返答も聞かずに山内の方へ走った。
その後はネガティブな感情しか湧かなかった、たまたま山内は何を僕が言ったか聞こえていなかったから良かった。
だけど、特に妬んでるわけじゃないけど僕のことをフった先輩は今どんな感情なんだろうか。
男をフることなんて当たり前なのだろうか。
僕の悪い癖が出た。
あまり僕は嘘がつけない。
嫌いな奴にはそう言うし、友達にはそれなりの接し方がある。
異性への好意は初めてだった、怖いようで胸が高まるあの感覚を引き出した対象は間違いなくあの先輩だ。
そんなことを考えていると僕の黒いスマホが音をたてた。
知らない番号からの電話だ。
めんどいと思いながら僕は手にとり応じる。
「はい…もしもし…」
「あ、ご、ごめんね急に電話かけて…!!」
「誰ですか?」
「い、い、私なんだけど…」
「オレオレ詐欺のパチモンみたいな奴はやめてください、イタ電なら切りますよ?」
「あ、あの…前はごめんね…!!私、潮水!」
「…あ」
変な抑揚でテンパる相手の正体はあの先輩だった。
「どうしたんですか?僕が変なこと言ったから訴えることにしたんですか?それは普通に困りますよ」
「いやそんなことしないよ…ってか勝手に自己解釈しないでよ〜私変な人みたいじゃんw」
「すみません」
「えっとぉー、茅野君だよね?」
僕の心臓はまたも大きく脈を打った。
告白したあの日のようだ。
「茅野です」
「私あの時テンパっちゃって…茅野君私の返事聞く前に帰っちゃったじゃんか〜」
茅野君と言われてまた心臓が強く動いた。
もうここからの電話に情景描写などいらない。
「そうですね、だって貴女彼氏いるんじゃないですか、断りの言葉を考えてる時間なんて待ってられませんよ」
「さっきから冷たいな〜」
「だって貴女、他人ですよね?」
「む〜…そのことなんだけどさ」
「なんですか?」
「私、あの時『実は私カレシいたことなくって緊張しちゃって…返事すぐ会えなくてごめんね』って言いたかったんだ〜」
「カレシいないのに僕のことをふったんですか?なかなかやりますね」
「私は因縁の敵なの?」
「いえ、潮水つかささんです」
「よかった〜…じゃなくて!」
「はい」
「結論から言うと、私は茅野君と付き合いたいからさ〜」
「はい?すみませんよく聞き取れませんでした」
「Siriみたいだねw」
「すみません、もう一度行ってください」
「もぉ〜!恥ずかしいじゃん!!」
「ごめんなさい」
「…私は茅野君と付き合いたい、あの時の茅野君の告白の答えはYesなの…」
「!!!!」
「?」
「そ、それってつまり…」
「うん、私と茅野君はカレシとカノジョ、よろしくね!!茅野君」
「はい、よろしくおねがいします!!」
「あと、私のこと貴女はやめてね?」
これが僕と先輩の出会いとなった。
それからという毎日は絵に描いたような理想、そのものだった。
山内にはすごく嫉妬された。
相手が潮水先輩だったのに加え、西奈に告白することを躊躇っていたからだ。
「茅野君はさ〜?私といる時どんなところに行きたいの?」
疑問形になる時以上に語尾が上がるクセをもつ先輩は、芸能人がと錯覚するほど大袈裟に首を捻り、視線を空から僕に移した。
それと共にその独特なイントネーションで質問してきた。
「僕はどこでもいいですよ。先輩といられたらそれでたのしいですから」
思った通りの答えを返した、こういう時に僕の悪い癖は良い癖になる。まさに短所は長所だ。
「茅野君ったらぁ〜!私困っちゃうなぁ〜!」
「困ってるようには見えませんけど…」
困ってるどころか、逆に嬉しそうにすら見えるリアクションを見つめながら内心少し癒される僕であった。
それにインスタやLINEは交換してないものの、通話でやり取りすることもしばしばある。
とある日の夕方、深い色の太陽を見るとこんな日にはカップルでも増えそうなんて考えながら僕は帰っていた。
山内は?先輩は?
山内に関しては今日も部活で時間が噛み合わないから誰も傷つけない。
今日は先輩もいないから1人で帰っている。
確か先輩は急用を思い出したとか…多分断る言い訳だろう。
そんな半ば希望に近い僕の推測は大外れ、共に僕は衝撃の事実を知ることになってしまった。
真っ白で無機質な箱の中___病院の中___から先輩が珍しく空ではなく下を見つめながらトボトボとお小遣いを落とした子供の如く歩いている。
前先輩と出会った時のワクワクの胸騒ぎではなく、正反対に近いであろう、心臓がキュッと締め付けられ息が乏しくなる、同時に視界がぼやけるあの感覚。
「動揺」、それが一定を超えるとこうなるのだろう。
幼い頃は人を泣かせただけでこの感覚に陥っていた。
高校生にもなり僕は感情が薄く、感性も鈍ってきていたため少なかったが、この感覚がきっかけとなり幼い自分を思い出すこととなった。
とにかく聞かずにはいられなかった、不幸があまた場合とか、そんな配慮ができるほど僕は冷静でもなければまともな状態とは言えなかった。
「せ、先輩…何故病院から…」
小説のワンシーンを思い出した、地味な主人公に膵臓を病んだヒロインが恋をする心が痛くなる感動の物語。
そもそもおかしいと思っていたんだ、こんな僕が先輩とこんな関係になるなんて、やはりなにかの間違いだったのだろう。
その夢から覚める時が今だろうか、それとも余命を告げられ夢の期限を定められるのだろうか。
僕の目からは涙が溢れる寸前のところまで来ていた。
そんな僕の涙を引っ込めたのは先輩だった。
「私?特に理由とかないよ?」
「?」
「だって私健康だし、さっき病院から出てきたのは今度の妹の検診の予約をとっただけだよ」
「そうなんですか…?」
「あれれ?茅野君心配してくれてたの!?やっさしいなぁ〜もぉ〜!!」
「してません」
「ふふふ〜」
「何笑ってるんですか…」
「茅野君らしいなぁ〜」
お陰様でいろいろと精神を削り欠けた心の隙間に安堵の感情が無事に、一時的に隙間を埋めてくれた頃には、僕は落ち着きを取り戻していた。
まず第一に、唐突に先輩と離れることになるのは避けられることを知り安心した。
悲劇の主人公になることは避けられたことに僕は喜びを感じた、同時にこの発言が嘘だった場合のエンドを考え不安が募った。
そういえば何もないのに普段空を見ている先輩が、心なしか悲しそうに下なんて眺めていたのだろう。
先輩と付き合い始めて約1年と1ヶ月ほど。
いろんなことがあった。
遊園地に行ったこと、ショッピングモールで遊んだこと、カラオケで歌ったこと、先輩と屋上でご飯を食べたこと、放課後夕日をバックに先輩と帰ったこと、僕の家に先輩が来たこと、逆に先輩の家に僕が行ったこと___数えだしたら言い切れないほどの僕と先輩の思い出の結晶は十分なほど集まっていた。
その思い出の数々の中、どこに行った時も先輩は空をぼーっと眺めていることがあった。
それに僕と先輩はお互いのことを知り尽くしていた。
先輩は文字を書くのが嫌いで飽き性、さらには字が少し雑、またテストの点は欠点ギリギリ、補講は抜け出す、私服のセンスがすごい、美しい、かわいい、綺麗__言い始めるとキリがない。
逆に僕のいろんなことも先輩にバレた。
あまり表情を顔に出さないこと、気を使うのが下手なこと、運動音痴なこと、山内しか友達がいないこと、カノジョは先輩以外いたことがなかったこと__いいことや恥ずかしくなることも知られた。
けどそのことに関して僕は特に悪いことだとは思わなかった。
僕は2年生になった、来年の春、3月には先輩は卒業する、今は恥ずかしくって言えないことも、全部、全部僕はその日に言おうと決めていた。
別れが訪れる日を僕は知ってるのだから。
「今週末何処か遊びに行きません?」
「私今週末空いてないんだよね〜…」
「最近多忙なんですね」
「こめんね茅野君…」
「体調崩さないでくださいよ」
「うん…」
とある日の帰り道だった。
「茅野君!!」
「先輩、どうしたんです?今日は部活って聞いてましたが…」
2年生になって少し経って先輩は部活引退がかかる大会を直前に控えていた。
そんな中僕の所に先輩が来たことに驚きを隠せなかった。
「茅野君、今日は一緒に帰ろ!」
「はい」
久しぶりだった。
しばらく2人で無言で歩いているとすごく良い雰囲気を漂わせるオレンジ色に水面が輝いている川の河川敷に来ていた。
陸、先輩、僕、川みたいな並びになった瞬間、先輩は何処か儚い笑顔で語りはじめた。
「ねぇ、茅野君」
「はい」
「茅野君はなんで1年も一緒にいるのに私にかしこまった敬語で喋るの?」
「…他人事にしてるわけじゃないです」
的を得た答えに先輩の眉が動いたのが見えた。
「僕なりの礼儀と感謝ですよ。僕は先輩といられて最高ですが先輩からすれば僕といても特にメリットなんかないですもんね。」
「そんなことないよ!!茅野君といると楽しいよ〜!!」
「ありがとうございます」
少しの間沈黙が降りた。
水面がオレンジから赤に近づいてきた頃、また先輩は口を開いた。
「茅野君、私が…なんでいつも空を眺めているか知ってる?」
「…いえ」
「茅野君は空とか眺めたりする?」
「あまりしませんね、明らかに先輩よりかは少ないと思います」
「空ってさ、1秒前と必ず違う景色になってるの」
「違う…景色?」
「そう。写真で風景を撮ったとしてもさ、その時の写真って今後一生撮れなし同じ日でも1秒違うと景色は変わるんだよ〜」
「つまり…」
「茅野君も、今この瞬間を大切にしてね。辛い瞬間も、嬉しい瞬間も全部」
「わかりました」
「約束してね、茅野君」
「何をですか?」
「辛いことがあっても挫けちゃダメだよ、寂しくてもね」
「そんなに病んでませんけど」
「前触れもなく変わることってあるんだよ」
「…?」
「とにかく、茅野君!」
「はい」
「何かあれば、空を眺めてみて!本当、いいことあるよ」
この時は先輩が何を言いたいかわからなかった。
数日後、これが何を示しているか嫌ほど理解することになるなんて、想定もできなかった。
付き合いはじめて1年と4ヶ月。
先月に入って部活をバックれた先輩と2人で帰った日から急激に先輩と会わなくなった。
理由はまだ知らなかった、ただ当時の僕は先輩は大学受験で忙しいのかもとかその程度の認識だった。
全てが甘い、甘すぎたんだと気づいた。
先輩と最後に会ったのは病院だった。
先輩は死んだわけじゃない。
なんともない学校の帰り、先輩は用事と言っていたのに病院の前にいた。
僕は山内と帰っていた。
前の妹さんの件があったため、僕は一線を超えないよう、プライベートには入らないようにとその時話しかけなかった。
僕と先輩に明日は来なかった。
先輩は海外に引っ越した。
大学受験をしているのは知っていた。
受ける大学がフランスのものだったなんてことは、引っ越してから先輩に送られた手紙を読むまで知らなかった。
僕は先輩のことを知った気になっていたのだ。
結局、卒業まで時間があると、明日があると過信していた僕と、僕にかける負担を減らすため徐々に関わりを減らしてくれていた優しい先輩との会話は、あの空のことを教えてくれた日が最後となった。
先輩から送られてきた手紙には先輩らしい言葉がいっぱい敷き詰められていた。
また電話で話そうとも書いていた、でも先輩は電話番号が変わってしまっている。
もう無理じゃないかって思った時、先輩から送られた手紙には住所が記されていた。
行けるはずはない場所、遠い遠いはるか彼方、写真でしか見たことない場所。
今も先輩は空を眺めているのだろうか。
なんて考えながら僕も空を眺めている。
貴女がいつも見上げる空は僕と同じなのだろうか、同じ空の下で生きているのだろうか。
わからない。
知らなくたっていい。
少し僕にゆとりができて先輩にも余裕が生まれてそうな頃合いを見計らってまた関わりたい。
何ができるだろうか、わからない。
なにもわからない。
知らなくたっていい、人のことなんてマスターできるわけないから。
でも大切な人のことは知りたい。
この距離は埋められなくても心は離れたくない。
先輩も同じことを考えていると信じて、僕も先輩に手紙でも送ろうか。
コメント
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あとがき 読んでくれてありがとうございます!!uniです! 6666文字の小説でしたw 読み切り小説なんて書いたこともないので本当に悩みました。 ただ書いていて本当に楽しかったし、あえて抜粋して謎を増やしたことも多くありました。 是非読んだ貴方の解釈を教えてくれると嬉しいです。 考察お待ちしてます。