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ルナの家出生活は、もう一ヶ月近く続いていた。
朝、目覚めると、狭い部屋に差し込む陽光が影を長く伸ばす。
その影が、まるで自分の分身のように優しく寄り添ってくれる。
ルナはベッドに座ったまま、指を軽く振る。
影が壁を這い上がり、天井で花の形に咲く。
ふふって微笑んで立ち上がる。
昼間はいつものように町へ。
復旧作業を手伝い、瓦礫を影で持ち上げ、
子どもたちが危ない場所に入らないよう影の壁を作り、
夜には野犬や盗みを働く者を影で拘束する。
人々はルナを見るなり笑顔になり、
「おはよう、ルナちゃん!」
「今日も頼りにしてるよ!」
近所のパン屋のおばさんは、焼きたてのクロワッサンを必ず一つくれる。
子どもたちは「ルナお姉ちゃん!」と駆け寄ってきて、
影で作った動物たちに歓声を上げる。
ただ、ルナ・サンダリオスという一人の少女の魔法を、
純粋に、素直に、褒めてくれる。
夕方、屋上に上がると、街の灯りが少しずつ灯り始める。
遠くで子どもたちの笑い声が聞こえ、
風が優しく髪を撫でる。
ルナは膝を抱えて座り、呟いた。
「……ずっと、ここで暮らしていたいな」
声は小さかったけど、心からの願いだった。
別にこの町でなくてもいい。
他の町に行っても、同じように誰かを助けて、
同じように感謝されて、
同じように必要とされる場所は、きっとたくさんある。
世界は広い。
私を待ってくれる場所、私を肯定してくれる人たちは、
家族以外にも、たくさんいるんだよ——
そう思うと、胸が熱くなった。
家族以外、ね。
その一言が、急に喉の奥を締めつける。
父の低い声、母の優しい香り、
あの広間の暖炉のぱちぱちという音、
そして——
幼いレクトの、いつもの少し困ったような笑顔。
家族以外に、居場所があるって思えたのに。
どうして、こんなに涙が溢れてくるの?
ルナは膝に顔を埋めた。
肩が小刻みに震え、涙がぽたぽたと屋上のコンクリートに落ちる。
嗚咽が漏れ、夜風に溶けていく。
「え……なんで、私……っ」
こんなのまるで、
家族と本当は、一緒に居たいみたいじゃん。
声にならない声が、夜空に吸い込まれていく。
「あーやだやだ」
ルナは立ち上がった。
──その時。
屋上の階段から、足音が聞こえた。
ゆっくりと、でも確実に近づいてくる。
ルナは顔を上げ、涙で滲む視界を拭った。
影を無意識に尖らせ、警戒する。
現れたのは、黄緑の髪をした少年だった。
「……姉ちゃん」
レクトは、息を少し切らしながら、屋上の入り口に立っていた。
手に持っているのは、小さな紙袋。
中から、ほのかに甘い香りが漂う。
ルナの瞳が、驚きと拒絶で揺れた。
「……どうして、ここがわかったの?」
レクトは一歩、また一歩と近づいてくる。
「影の気配を追ってた。
姉ちゃんの魔法は強いけど、俺にはわかるよ。
家族だから」
その言葉に、ルナの胸がずきりと痛んだ。
「……なにそれ」
「帰ってきて、姉ちゃん!!
みんな、心配してる。
父さんも母さんも、毎日探してるんだ」
ルナは立ち上がった。
影が足元でざわざわと波打ち、警戒色を強める。
「……嫌」
声は震えていたが、決意は固かった。
「ここが私の居場所
みんな、私のことだけを見てくれる。
あの親みたいに、レクトのことばっかりじゃなくて」
レクトは眉を寄せ、紙袋をそっと地面に置いた。
「そんなことないよ……!!
俺、父さんたちに言ったんだ。
俺の魔法を特別扱いしないでって。
姉ちゃんの影魔法も、同じくらい大事にしてって。
だから——」
ルナの声が、鋭く夜空を切り裂いた。
「今さら、何言ってるの?
私がどれだけ一人で頑張ってきたか、知ってる?
とつぜん見てくれなくなってさ!!
ここでは違う。
みんな、私を必要としてくれる。
私を、認めてくれる!」
影が爆発的に広がり、屋上全体を覆い始める。
黒い波がうねり、レクトの足元を狙う。
レクトは後退らず、両手を広げた。
「姉ちゃん、話そうよ。
戦いたくない……!」
でも、ルナの瞳には、もう涙と怒りが渦巻いていた。
「……帰って、レクト。
ここは、私の…………桃源郷なんだから!」
影が、蛇のように跳ね上がる。
戦いが、始まった。
──本気の、姉弟の戦い。
ルナの影が、まず襲いかかる。
屋上の床から無数の黒い槍が突き出し、レクトを貫こうとする。
レクトは素早く横に跳び、フルーツ魔法を展開。
杖から巨大なパイナップルが現れ、爆発的に破裂。
棘の雨が影の槍を弾き飛ばす。
影を鞭のように振るい、レクトの周囲を包囲する。
黒い壁が四方から迫り、圧縮しようとする。
レクトはバナナの皮を大量に生成し、影の足場を滑らせて崩す。
壁がぐらりと傾き、隙間が生まれる。
ルナは屋上の端まで後退し、影を集中。
巨大な影の狼が二体、咆哮を上げて実体化。
牙を剥き、レクトに飛びかかる。
レクトはマンゴーを投げ、粘着質の果汁を爆発させて狼の動きを封じる。
一匹は地面に張りつき、もう一匹はオレンジの酸で目を焼かれて怯む。
ここからさらに
レクトは本気を出した。
両手に巨大なドリアンを生成。
重く、硬く、悪臭を放つそれが、影の狼に直撃。
衝撃で狼が砕け散り、ルナの足元まで衝撃波が届く。
ルナは髪を乱し、息を荒げながらも、笑った。
「そう……それでいい。
私を、本気で相手して!」
影が天井から降り注ぐ。
無数の黒い刃が、雨のようにレクトを襲う。
レクトはココナッツを盾にし、硬い殻で刃を弾く。
同時に、パパイヤの種を弾丸のように連射。
種は高速で飛び、影の刃を打ち落とす。
屋上は魔法の爆音と衝撃で揺れ、
コンクリートにひびが入り、
手すりが曲がる。
ルナは影を自分の体に纏い、闇の鎧を形成。
直接突進し、影の拳をレクトに叩き込む。
レクトはグァバの実を爆発させ、衝撃で吹き飛ばされるが、
空中で体勢を立て直し、着地。
「姉ちゃん……痛いよ」
血が口元から滴る。
でも、目は真剣だ。
ルナの瞳にも、涙が浮かんでいた。
「私だって……痛いよ!
心が、ずっと!」
影が巨大な手となり、レクトを掴もうとする。
レクトは最後の力を振り絞り、
黄金のバナナを生成——あの、世界を救ったバナナ。
光を放ち、影を浄化するように押し返す。
影の手が、溶けるように後退。
ルナは膝をついた。
息が上がり、肩が上下する。
影が弱々しく、足元で縮こまる。
レクトも、膝をついて息を荒げていた。
二人は、屋上の上で、向かい合う。
夜風が、二人の髪を乱す。
遠くで、街の灯りが静かに瞬く。
戦いは、終わった。
勝者は、誰もいない。
ルナは、震える声で呟いた。
「……帰らない」
でも、その声は、
少しだけ、弱くなっていた。
レクトは、ゆっくりと立ち上がり、
紙袋を拾って、ルナの前に置いた。
「中身は、ショートケーキ……!
母さんが作った。
姉ちゃんの好きなやつ
乗ってるイチゴは俺の魔法じゃない、
父さんと母さんが一緒に買ってきた市販のものだ……!」
ルナは、袋を見つめたまま、
唇を噛んだ。
夜空に、星が一つ、流れた。
影は、
少しだけ、揺れ始めていた。
次話 1月24日更新!