テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
そして二週間後。この日はクリスマスイブだった。
颯介にディナーへ誘われていた凛は、少しだけ気合いを入れて出社した。
この日のために新調したベージュのワンピースは、広く開いた襟元が鎖骨のラインを美しく際立たせ、前面のドレープはウエストからヒップへと上品なカーブを描いている。控えめながらも、大人の女性らしい色気が漂っていた。
さすがに仕事中は目立ちすぎるため、凛はロングカーディガンでそのラインを隠したが、女性社員たちはすぐに気づき、「今夜デートでしょ」とからかってくる。
それでも、幸せいっぱいの凛には何も気にならなかった。
好きな人とクリスマスイブを過ごせる____それだけで、一日中上機嫌だった。
終業後、いつものように会社の裏手で待っていると、五分も経たないうちに颯介の車が滑り込んできた。
「お待たせ。寒かっただろう?」
「大丈夫。あったかいコート着てきたから」
助手席に座りシートベルトを締める凛のコートの隙間から、上品なベージュのワンピースがちらりと覗く。その瞬間、颯介は思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた。
最近の彼は、以前よりもさらに凛を強く求めている気がする。
一日でも早く結婚したい___その思いは日に日に強まっていた。
一方、凛も颯介から目が離せなかった。
少し光沢のあるイタリア製のスーツをまとった颯介は、まるでモデルのようだ。
40を過ぎているとは思えない引き締まった体格が、上質なスーツをさらに引き立てている。
あまりにも眩しくて、凛は直視できず、視界の端に入れるのが精いっぱいだった。
(ふうっ……『大人の男の色気だだ漏れ注意報』ね!)
最近の凛は、何かにつけて『〇〇注意報』というのが口癖になっていた。
『とろけるような巧みなキス注意報』
『筋肉マッチョな手触り悩殺注意報』
『イケオジ視線キラー注意報』
どれも颯介に関するものばかりだ。
特に最近よく発令されるのが『溺愛注意報』。
颯介は日ごとに凛へ甘くなり、まるで溺愛系漫画のように彼女を甘やかす。
凛はその甘さに完全に溶かされないよう、必死に踏ん張っていた。
「今日はどこに行くの?」
「イブだから、ホテルを取ったよ」
「えっ、それって、サプライズすぎない? 私、着替えとか何も用意してないわ」
「大丈夫。後ろに全部あるよ」
振り返ると、後部座席には有名ブランドのスーツケースが置かれていた。
「あれに入ってるの? 私の物が?」
「そう。凛の明日の服、下着、ストッキング、化粧品、ボディクリーム、何でもそろってるよ」
「信じられないっ!」
誰が用意したのかを尋ねると、颯介はデパートの担当に一式揃えてもらったのだと言う。
どうやら彼は外商の上客らしい。
(まるでお姫様みたい……)
凛は思わず「ほうっ」と息を漏らし、ホテルでスーツケースを開けるのが楽しみになった。
二人を乗せた車は、やがて都内の高級ホテルのエントランスへと滑り込んだ。
車を降り、ベルボーイにキーを預けると、二人はフロントでチェックインを済ませる。
颯介がこの日のために用意してくれた部屋は、最高級のスイートルームだった。
一泊いくらするのか、考えただけで凛は背筋が凍り、想像するのをやめた。
部屋に入った瞬間、その豪華さに凛は思わず声を上げた。
「素敵! でも、こんなに豪華なお部屋じゃなくてもよかったのに……」
「独身最後のクリスマスイブなんだ、このくらいいいだろ?」
「それはそうだけど……」
戸惑う凛を、颯介が後ろからそっと抱きしめる。
「君に喜んでほしくてやってるんだ。だから、素直に喜んでくれたほうが嬉しいな」
そう耳元で囁かれ、凛の胸はじんと熱くなった。
彼女は素直にうんと頷く。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、ディナーに行こうか」
荷物を置いた二人は、手を繋いでホテルのメインレストランへ向かった。
格式ある老舗ホテルのレストランは、ワインとグリル料理が自慢の西洋料理店だった。
店に入ると、東京の夜景が最も美しく見える窓際の特等席へ案内される。
窓の外には、宝石を散りばめたような摩天楼の夜景が広がっていた。
「素敵……まるで宝石みたい」
「このホテルからの景色は圧巻だね」
「ええ」
凛の喜ぶ顔に満足した颯介は、彼女が夜景に見入っている間に、ワインと料理を注文した。
夜景を眺めながら料理を味わっていた凛は、胸の奥がそわそわしていた。
(彼が婚約指輪を出すとしたら、きっと今よね)
しかし、食事を終え、デザートを食べ終わっても、颯介は特に何も言わない。
(まさか、まだ買ってないの?)
凛は胸の奥が少し沈む。
颯介がどんな指輪を選んでくれるのか、ずっと楽しみにしていたからだ。
今夜は指輪をもらえないかもしれない……そう悟った凛は、小さく息を吐き、残りのコーヒーを口にした。
そして、颯介のために用意したプレゼントを、バッグから出さずにそっとしまい込む。
レストランを出て部屋へ戻ると、颯介が凛のコートをハンガーから外していた。
「え? 今から外に出るの?」
「うん。寒いから、あったかくして」
颯介は凛にコートを着せ、自分もコートを羽織ってから部屋を後にした。
ホテルを出てタクシーに乗ると、颯介は運転手に行き先を告げる。
「六本木に行くの?」
「うん。せっかく晴れたから展望台へ行ってみよう」
「わ、本当に?」
「空気が澄んで星も出てるからね」
その言葉に、凛の胸が高鳴った。
颯介が自分のために何か特別なことをしようとしてくれている____その気持ちが伝わり、胸がじんと熱くなる。
目的地に到着し、タクシーを降りた二人は展望台へ向かった。
展望台のフロアには、いくつかのカップルが夜景を眺めていた。
「意外と空いてるな」
「真冬はあまり来ないのかも」
「冬のほうが綺麗なのにね」
「うん」
窓辺へ近づくと、眼下には街の灯りが広がり、夜空にはいくつもの星が瞬いていた。
凛の故郷・鹿児島の空には及ばないが、それでも十分に胸が躍る。
「きれい……」
凛がうっとり星を眺めていると、次の瞬間、大きな流れ星が夜空を横切った。
「あっ!」
「流れ星だね」
「うん。びっくりした~」
凛が感動していると、颯介が携帯で何かを調べていた。
「『ふたご座流星群』はもう終わってるはずだから、今のは『こぐま座流星群』かな?」
「そう……すごくラッキーだったわね」
凛が満面の笑みで夜空を見上げると、もう一つ、大きな流れ星が空を駆け抜けた。
その星は、まるで二人の足元へ飛び込んでくるような角度で流れた。
「あっ、また! 見た?」
凛が振り返ると、颯介は両手で何かを掴むような仕草をしていた。
「どうしたの?」
「凛、今の星、拾ったぞ」
凛はきょとんとしたあと、ふふっと笑い出す。
「やだ……あの映画、観たの?」
「映画ってなんのこと?」
「とぼけないで。観たんでしょう? 映画と同じようなこと言ってる」
「観てないって。それより、凛。この星、どうする?」
「星なんて掴んでないくせに!」
凛は笑いながら颯介の手をこじ開けた。
すると、中にきらりと光るものがあった。
「あ……星……」
「そう、星だよ。凛のためだけに用意した星だ」
颯介の手のひらには、美しいダイヤのリングが輝いていた。
シンプルなデザインに大粒のダイヤがあしわられた、気品あふれる美しいリングだった。
「凛、この星を受け取ってくれるね?」
胸がいっぱいになり、凛は言葉を失った。
颯介に選んでほしいと願った婚約指輪___まさかこんなロマンティックな形で贈られるとは思っていなかった。
あまりの感動に、凛の瞳には涙があふれた。
その涙は、やがて頬を静かに伝い落ちていく。
颯介はそっと指でそれを拭い、凛の左手薬指にリングをはめた。サイズはぴったりだった。
「凛、幸せになろうな」
その優しい声に、凛の涙はさらにあふれた。
「うん……」
小さく頷いて涙を拭った凛は、バッグからリボンのついた小さな箱を取り出し、そっと颯介に差し出した。
「私からのクリスマスプレゼントよ」
ふいの贈り物に驚いた颯介は、微笑みながら尋ねる。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
颯介がリボンをほどいて箱を開けると、大人の男性に人気のブランドのブレスレットが入っていた。
「ブレスレットか……いいね。シンプルでつけやすそうだ」
「ふふっ、きっと似合うわ。つけてあげる」
凛は颯介の手首にブレスレットをつけた。
そのブレスレットは、颯介のたくましい腕によく映えていた。
「すごく似合ってる」
「凛に捕まったみたいで嬉しいよ」
「ふふっ。それが目的だもん」
「やられたな……」
颯介は笑いながら、凛のおでこに軽くこつんと触れた。
そして、凛を抱き寄せ、耳元で囁く。
「心も体も、もうすっかり凛の虜だよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「やった! イケオジ捕獲作戦、大成功!」
くすくすと笑う凛を、颯介は優しい眼差しで見つめながら、ぎゅっと抱きしめた。
二人が抱き合う窓の外では、またひとつ大きな流れ星が夜空を駆け抜けていく。
それはまるで二人の未来を祝福するかのように、ひときわ強い光を放ち、やがてそっと闇に溶けていった。
<了>
いつもたくさんのコメントや❤をありがとうございました。とても励みになりました。
最後までお付き合いいただき、心から感謝です。✨m(__)m✨ 瑠璃マリコ
コメント
84件
素敵なお話ありがとうございました💓イケオジがカッコ良すぎで凛ちゃんが可愛いいベストカップルですね😆幸せな気持ちになりました また次のお話も楽しみにしていますね

素敵な最終話でした。 婚約指輪は「恋愛小説家の恋」の最終話のシュツエーションで、とても良かったです! お互家族も幸せになるストーリー、いい作品でした。
ロマンチックな映画が様な凛さんが望んだイケオジ捕獲大作戦大成功~笑っお疲れ様ですマリ子さん