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「はい。どうしましたか?」
「今日の夕ご飯、ミネストローネにしようと思って、作ったんですけど……。なんか味に自信がなくて。薄いような……。《《カフェメニューの監修》》までしている美月さんに、アドバイスをもらいたくて……」
なんか、引っかかる言い方かも。私の考えすぎ?
「美和さんのお料理、いつも美味しいですし、私で役に立てれば良いんですが」
キッチンに向かい、鍋に入っているスープを小さなスプーンを使って飲む。
うーん、言われてみればコクがないかも。
《《本当に》》美和さんは悩んでいるのかな。
「もしコクを出したいなら、味噌を少し足してみると良いかもです。私も前に作ったことがあって……」
私が伝えると、美和さんの動きがピタッと止まった。
もしかして、癪《しゃく》に障っちゃった?
「ありがとうございます!ピンっときました。早速、足してみますね」
いつものようにニコッと微笑んでくれた。
良かった、怒っていないみたい。
その後は、美和さんとあまり会話することなく過ごした。
最近、カフェ《ベガ》に行くようになって、昔より彼女と話さなくなった。
私が孝介との浮気現場を目撃してしまったっていうのもあるけど。私の一歩引いた雰囲気を察してか、美和さんに話しかけられる回数も減った。<仲良くしてほしい>そう言ってくれたのは、それほど昔でもないのに。
その日の夜、数日ぶりに帰ってきた孝介と会話のない食事が始まる。
「今日ね、美和さん、孝介の好きなミネストローネを作ってくれたんだよ」
声をかけるも、返事はない。
こんなことでめげない。
私は《《普通》》の妻でいなくちゃいけない。
孝介がスープを一口飲む――。
「っ!!なんだこれっ!!」
「どうしたの!?」
渋い顔をして洗面台に行き、水を何度も口の中に入れ、吐き出している。
「大丈夫!?」
どうしたんだろう。
私がスープを飲んだ時は、なんともなかった。
自分のお皿に盛ったミネストローネを一口、口の中に入れる。
「っ!!」
どうして!?
私が飲んだ時より、かなり塩辛い。正直、食べれない。
薄めるとかそんなレベルじゃない。
「おい、お前!!なんか変な物入れてないだろうな!!」
孝介がリビングへ戻り、私に鋭い視線を投げた。
「入れてないよ。私も今、一口飲んだけど」
「じゃあ、なんでこんな味すんだよ!美和さんがこんな料理作るわけないだろ!」
けど、これは確かに美和さんが作った物だ。
「わからない」
そう答えるしかない。
「直接、彼女に聞いてみる」
孝介は携帯を取り出し、美和さんに電話をかけたようだった。
「もしもし?すみません。急に。あの、今日作ってくれたミネストローネなんだけど、ちょっと味がおかしくてさ。美和さんが作る料理はいつも美味しいから。どうしたのかなって思って」
言い方がかなりやんわりしてる。
この味付け、《《ちょっと》》どころではないのに。
「えっ。そんなことがあったんですか?《《ごめん》》。美月にはキツく言っておくから。うん。わかった。また明日、よろしくお願いします」
美月にはキツくってどういうこと?
私、何もしてない!
彼は「はぁ」と溜め息をついた後
「お前、美和さんの作った料理にケチをつけたらしいな?」
そう言って、キッチンテーブルを叩いた。
「えっ」
ケチをつけたって……。
私、そんな言い方してない。
「ケチはつけてないよ。美和さんに、味付けをアドバイスしてほしいって言われて。コクを出すなら少し味噌を足した方が良いって言っただけ……」
「それが余計なお世話なんだよ!調子に乗るな!!美和さんが《《素直》》にそれを受け取ったから、こんな味になったんだろうが!」
室内に響く、怒号。
いや、少しでこんな味にはならない。
もしかして美和さんはわざとこんなことを?
孝介は美和さんを信じている。私の言葉なんて伝わらない。
私が黙っていると
「非常に不愉快だ。お前、罰としてこれ全部飲め」
眼が、本気だ。
「嫌よ」
私なりに精一杯反抗したつもりだった。
「食材無駄にしやがって!誰が金を稼いでると思ってるんだ!」
彼は私に近寄り、平手で頬を殴ろうとした。
「やめて!」
私は咄嗟に自分の腕を使い、防いでしまった。
「チッ」
孝介は舌打ちをし
「二度と美和さんの料理に口を出すな」
そう言って、自室に入って行った。
急に肩の力が抜ける。
座り込みそうになったが、なんとか耐えた。
美和さんのこと、そんなに大切なんだね。
孝介が私と一緒に居る意味などない。
腕が痛い。顔だったらもっと痛かったかな。
私はテーブルに残った食事を片づける。
美和さんと会った時、私はどんな風に接すれば良いんだろう。
次の日、孝介は言葉を発することなく、仕事に行った。
朝から怒鳴られるかと思ったけど、昨日のことについては、何も言われなかった。
私もあと一時間ほどでベガに出勤予定。
出かける準備をしていると――。
<ピンポーン>
インターホンが鳴った。
<よろしくお願いします>
モニター越しに見える美和さんは、いつもと同じだった。
私は無理だ。いつもと同じなんて……。
「今、開けます」
エントランスの解錠ボタンを押し、玄関の鍵を開ける。
彼女は
「お邪魔します。今日もよろしくお願いします」
平然と部屋に入ってきた。
リビングで目を合わせる。
「よろしくお願いします」
昨日こと、孝介から美和さんに連絡しているのは見ていた。
私から切り出した方が良いの?
昨日の味付けは、絶対に彼女が故意にやったとしか考えられない。
「あの、美和さん。昨日のミネストローネの味付けなんですけど……」
私が一言発した瞬間だった。
「あっ。昨日はすみませんでした。《《美月さん》》のアドバイス通り、お味噌を入れたんですけど。美味しくなかったらしくて。孝介さんにも心配されちゃいました」
あぁ、なんだろう。美和さんは<すみません>なんて感じていない。
嫉妬と憎しみが混じったそんな眼。
私が謝れば、彼女の気持ちは救われるの?
ううん、違う。私という邪魔な存在がここに居る限り、彼女にとっては何も変わらない。
「失礼かもしれませんが、味噌は<少し>って言いました。きちんとした分量をお伝えせず、わかりにくかったかもしれません。それは謝ります。美和さんは、最後、味見をしましたか?」
私が素直に謝ると思っていたのか、彼女は眉をひそめた。
「最後、味見はしませんでした。私が途中で味見をした時は、そんなに悪くない感じだったので。私は美月さんの《《アドバイスをきちんと聞いた》》つもりでした」
<私は悪くない>を貫き通したいの?
それとも故意にやったと思われたくない?
違う。孝介は美和さんのことを信じている。それは彼女が一番わかっていること。私のこと、ただ気に入らないだけだよね。簡単な理由だ。
だけどそんな理由で、家政婦としての《《仕事》》はしちゃいけないと思う。
「私も昨日のスープを飲みました。とてもじゃないけど、飲めるような物じゃありませんでした。美和さんがミスをして、多く調味料を入れてしまったとしか思えません。お料理を作るのは《《仕事》》で依頼をしています。その部分は、忘れないでください」
私のことが嫌いでも憎くても、与えられた仕事は責任を持つべきだと思う。
昔だったら、こんなこと言えなかった。
私はもっと強くならなきゃいけない。
孝介と美和さんと闘わなきゃいけないから、こんな嫌がらせで負けてなんかいられない。