テラーノベル
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八月の蒸し暑い夜。大学二年の遥は課題を終えてパソコンを閉じ、窓を開け放った。
蝉の声は途切れず、遠くで車のエンジン音が響く。
その時、視線を感じた。
細い路地の先に、白いシャツの青年が立っていた。
街灯の下、ぼんやりと光を吸い込むように存在している。
数日前から、夜になると同じ方向から視線を感じていたが、顔を見たのは初めてだった。
「…ずっと、見てました?」
声をかけると、青年は驚くでもなく、微笑んで頷いた。
「見えてしまったんだね…」
その声は、冷たくも温かくもない、不思議な響きを持っていた。
彼は湊と名乗った。
数年前、この街で事故に遭い、ここから離れられなくなった幽霊だという。
冗談だと思ったが、足元には影がなく、風に揺れる髪が妙に現実感を持っていた。
「怖くないの?」と湊が尋ねると、遥は小さく笑った。
「…なんでだろう。あなた、普通の人みたいだから。」
その夜から、窓辺での会話が始まった。
互いの一日や好きな食べ物、行きたかった場所の話。
深夜の街は静かで、二人の声だけが、夏の闇に溶けていった。
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