親友、奈美の結婚式から一週間後。
奏は谷岡と食事に行くために、立川駅の改札前で待っていた。
待ち合わせ時刻きっかりに現れた谷岡は、黒のマウンテンパーカーにモカのスキニーチノを合わせ、彼女の元へやって来るのを見て、奏は、カジュアルな服装にしておいて良かった、と安堵のため息を吐く。
普段はピアノの講師らしく、ハヤマの楽器店へレッスンしに行く時は、スカートやワンピースの格好が多いが、今日は敢えてパンツスタイルにしてみた。
アウターもパンツもブーティも全てブラック。
何物にも染まらない黒が、この日の奏が洋服を選ぶ際に拘った事だ。
背中近くまで伸びている髪も下ろし、前髪も重めにして眉よりも少し下に切り揃えたままだ。
奏は、この髪型が特に気に入っている。
何となくではあるが、このヘアスタイルにしてから、男性があまり近寄らなくなったように思う。
だが、それでも近付いてきた強者が二人いる。
そのうちの一人が、目の前にいる谷岡だ。
「音羽さん、先日はお疲れ様でした」
「こちらこそ、先日はありがとうございました」
当たり障りの無い挨拶を互いに交わした後、谷岡が予約していたイタリアンレストランへ向かった。
仄暗い店内に入ると、目の前にはバーカウンターがあり、左右それぞれの通路に行くと個室が数ヶ所ずつ設けられている。
洞窟かと思わせるような個室の入り口に入ると、中は思いの外広く、壁にはお洒落なイラストが所々飾ってある。
テーブルの上にはキャンドルが灯され、暖かい色合いの光が二人を包む。
谷岡はビール、奏はオレンジジュースで乾杯した後、パスタ、ピザ、サラダが運ばれてきた。
二人で食事しながら話す事といったら、やはり、と言うべきか先日の結婚式の事だ。
「高村さん、お父さんを高校卒業してすぐに亡くしてるから、本橋と高村さんの共通の知人である俺に白羽の矢が立って、ヴァージンロードを歩く事になったんですよ」
「私も、随分若い方が奈美とヴァージンロードを歩いているなぁって思って、驚きました」
シンプルなマルゲリータのピザを食べながら、谷岡は奏について聞いてきた。
「音羽さん、披露宴でずっとピアノを弾いてましたよね? 仕事も音楽関係なんですか?」
「平日は自宅とハヤマの楽器店でピアノ講師、土日祝日は演奏者派遣会社に登録していて、ラウンジピアニストをしています。今日は偶然にも仕事が無かったので」
おお、すげぇ……と谷岡は言いながら、ビールを口に含む。
「って事は、大学は音大ですか?」
「ええ。一応音大卒業しています」
その後も会話をするが、時折沈黙が個室を包み、また辿々しく会話する、といった状態が続く。
奏も沈黙が続く事を気にしているせいか、『谷岡さんと何を話そうか……』と、頭の中で考えながら話題を探した。
「それにしても奈美の旦那さん、彼女の事、ものすごく好きですよね。結婚式と披露宴に出席して、それがよく分かりました」
「本橋が合コンで高村さんに一目惚れしたそうですよ。豪はイケメンで遊んでそうに見えるけど、奈美さんには一途で。あの二人が付き合う前、本橋が俺に何度か飲みながら相談してきた事もあって」
谷岡は、口元から白い歯をチラッと覗かせながら言う。
「俺があの二人の恋の仲介人です」
「そんな事があったのですね。知りませんでした」
素っ気ない自分の口調に、奏は、気の利いた言葉が言えないな、と自分自身にうんざりしてしまう。
だが、目の前の谷岡は、そんな奏に対しても普通に笑顔を見せながら話している。
その爽やかな笑顔が、やっぱり眩し過ぎる、と思う。
この直後、彼は彼女が思いもしなかった事を質問してきた。
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