テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#追放
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──落ちた瞬間、全てが終わったと思った。
重力に引かれ、神経だけが異常に鋭くなり、
世界がスローに伸びていく。
それも、映画みたいな都合のいいスローモーションじゃなくて、すごく嫌なやつ。
右手はへし折られ、体はボロボロのはずなのに、
こういう時に限って意識だけはやけにハッキリしている。
風が痛い。髪が邪魔。胃が浮く。最悪。
見上げれば──
さっきまでいた場所の光がみるみる遠ざかっていく。
点、点、点……はい、消えた。
ようこそ、光の届かないバグ空間へ。
墜落の途中、走馬灯。
出たよ、人生のダイジェスト。
これ二回目。恥ずか死の時も見たやつ。
あれ?前回見たっけ?まぁいいや。どうでも。
幼馴染のバカ二人との記憶──
おじいちゃん、おばあちゃんの温もり──
ムダ様の試合──
……って、ムダ様?
こんなときまで推しを出してくるのか、私?
いや、でも実際あの勇姿に何度も救われたし……尊い。
──そして。
「生きろ」と私を奈落へ突き飛ばして助けた、辰夫のバカの声──
エスト様……あの妹みたいな泣き顔と笑ってる顔──
辰美の元気な声と、嬉しそうな顔──
ローザはメモしてるとこしか見てないかもな──
「人生、早送り」ってこういう意味だっけ。
……いや、諦めるのはまだ早い。
イライラするわ。転生した直後も空から落ちたよな、私。
……そうだ!
あの時も死にかけたけど、私は究極の受け身「五点着地」を編み出したじゃないか!
(手と足と……オデコ!! よし!!)
私は奈落の底に向けて空中で身をよじり、
手足を広げて、オデコから突っ込む姿勢をとった。
(いける。二回目だし、むしろ上手くなってるまである)
(あれ?前回どうしたっけ?まぁいいや。)
私はオデコをさすった。
その瞬間、落下の途中で──無機質なアナウンスが呆れたように脳内に響いた。
《天の声:またそれか。死ぬぞ……仕方ない》
【自殺行為と判定。保留していたスキルを進化します】
「え?」
【「貝殻生成」スキルの進化可能──「シェルアーマー・フォーム」】
【了解しました。進化します。】
「は?」
《強制発動:貝殻生成──シェルアーマー・フォーム》
「なん──」
私の意思(オデコ着地)を完全にガン無視して、システムが強制的にスキルを起動させる。
──バキバキッ!
分厚い殻が体を覆う。
背中から腰、胸、腕へと、岩のように硬い装甲が走っていく。
【「ミズミズしさアップ」スキルの進化可能──「リキッド・プロテクション」】
【了解しました。進化します。】
「また──」
【進化完了。スキル発動します。】
「ちょ──」
《強制発動:ミズミズしさアップ──リキッド・プロテクション》
「ま──」
同時に、ゼリー状の分厚い膜が全身を包み込む。
体内の水分が異常なまでに表面へ引き出され、最強の衝撃吸収材となる。
──そして。
ドオンッ!!!
「ぐはッ……五点、着──」
重い着地音と同時に、私の呻き声が響く──。
骨も皮膚も、臓器も、何もかもがバラバラに砕けてしまったような感覚。
体の中で何かが壊れていく音が聞こえる。
ミシミシと、木の枝が折れるような嫌な音。
だが、想像したような「即死レベルの激痛」は来ない。
鈍く、重い痛み。体の奥底から這い上がってくるような疲労感。
目も、声も、思考も、奈落の底の闇に呑み込まれていく。
視界がぼやけ、世界が歪む。
耳鳴りが激しく、自分の心臓の音だけが異様に大きく響く。
「……あれ……私……死んだ?」
その疑問が浮かんだ時、私は「まだ考えていること」に気づいた。
(……助かったのか……?)
信じられない思いで体を確認する。
致命的な損傷はない。
魔神族に折られた右手以外、骨も折れていない。
血もそれほど流れていない。
意識は失いかけている。
でも、死の恐怖は薄れていた。
……底なしの闇。空気は凍りつくほど冷たい。
体は冷え切り、まったく力が入らない。
指先から始まった冷たさが、じわじわと体の中心に侵食していく。
──なのに。
気付いた。生きてる。死んでない。たぶん。
完全に死んでいない。
何かが、私をこのクソみたいな世界に繋ぎ止めてる。
助かったら助かったで、今度は寒いし痛いし最悪なんだけどね。
でも──死ぬのは、もっと嫌なんだよ。
(生きたい)
死ぬのが嫌なんじゃない。
ムカついたままなんだよ、まだ全部。
終わらせてたまるか。
カレピも焼肉も──家族も、まだ諦めてないし。
──だから、終われるわけない。
「生きたい」──ただそれだけを心に繰り返し、必死に脳みそを回転させる。
……そのとき、不意に思い出す。
今までバカにしてきた、“ゴミ”スキルたち。
レベルアップの通知が来ても「どうせ使い道なんてない」と、ずっと放置してきたやつら。
けれど、今この窮地で、なぜか──頭の中に浮かんでくる。
(……冬眠。馬鹿みたいだけど、眠れば体力も水分もギリギリまで抑えられるかも……)
(体温調節。ああ、凍死はごめんだし──自分で熱を作れたら、それだけで助かる)
(光合成……ここがどんな暗闇でも、瘴気だろうが何だろうが“エネルギー”を取り込めるかもしれない。どんな微細な希望だろうが、今は喰らいつく)
(鮭取り……これはいいや。はい、次)
“進化させときゃよかった”なんて後悔、死んでもしたくない。
(だから──今、やる)
泥でも這うし、ダサくてもいいし、みっともなくてもいい。
──生き延びる。
プライドなんか、あとで拾えばいい。
プライドで心臓は動かない。
……そういや羞恥心では止まったな。はは。
過去の私がゴミだと笑ったスキル。
それが今この地獄で、唯一の武器になるなら──
(全部、進化しろ)
私の奥底から、魂の叫びが響く。
保留にしてきた進化を、今、ぜんぶ「本能」で選び取った。
【「冬眠」スキル進化──「ハイバネーション・フォーム」取得】
【「体温調節」スキル進化──「内燃機関(インナーファイア)」取得】
【「光合成」スキル進化──「環境同化(エコシンク)」取得】
「……はは。マジか」
(省エネ、発熱、エネルギー変換……生きるための三点セット……!!!)
ゴミだと思ってた私のスキルが、今この地獄で、唯一の希望に変わる。
(ああ、これが……私の生き方だ)
これを馬鹿にしたやつ、今頃どう思ってるかな?
…………はい。私です。ごめんね?
【「鮭取り」スキル進化──「鮭取りレベル2」取得】
【*ただし、この世界に鮭は居ません】
(……経験値無駄にすな!!)
【スキル:鮭取り 発動── 】
「……おい、まさか──」
【周囲に鮭がいないため、代わりに”似たもの”を召喚します】
ズズ……
【召喚対象:魔界・極サーモンキング(Lv999)】
「待て待て待て待て待て待て待て」
【召喚処理を開始──】
「キャンセル!!キャンセルぅうううう!!!」
【……ちっ】
【……。】
【……キャンセルを受理しました】
【理由:知らん。】
【補足:寝ろ。】
(……このやろう!!)
*
“最底辺スキル”たちが──死に際で強靭な命綱へと変わっていく。
ミズミズしさアップが表皮を守り、貝殻生成が衝撃を受け止める。
冬眠で消費を極限まで抑え、体温調節で命の熱を灯し、光合成が暗闇の中で命を繋ぐ。
ここでだけ、生きるための“武器”になった。マジかよ。
震える体で、私は闇に手を伸ばした。
指先が、黒岩の表面に触れる。
ザラザラとした感触。
でも、確かに掴めるもの。
どんなに絶望しても、命がある限り、私は諦めない。
ここで死ぬわけにはいかない。
(絶対に、這い上がってやる!アイツらぶっ潰す!!)
(私は世界一タフな性格で世界一しつこいからな!!あー楽しみだわ)
「……と、その前に貝になっとくか。今は戦えないし」
強化された分厚い貝殻が、ヤドカリみたいに全身をすっぽりと包み込む。
「……奈落の底で貝になる女。“サバイバル女子力”ってやつ?」
この姿、馬鹿らしい。ダサい。恥ずかしい。
──でも。
笑えた。
ふん。カッコいい生き方?知るか。
見栄?プライド?
そんなもん、どうでもいい。
ダサくても生きるやつが一番強いんだよ。
辰夫のバカ、勝手に死んだりしないでよね。
エスト様も辰美も……泣いてちゃダメよ?
カエデとツバキには……まあ、あとで何か奢るか。
私が「ただいま」って言うまで、待ってろよ。
おやすみ!
そして、私は分厚い殻の中で、深い眠りについた。
(つづく)