◻︎イベント資金
数日後。晩ご飯を食べて、2人でゆっくりお茶を飲んでいた。光太郎は、退職してから毎晩飲んでいたビールをいつのまにかやめていた。理由を訊いたら“呑まなくてもよくなったから”らしい。意味がよくわからないけど、きっと仕事のストレスがなくなって寝つきがよくなったのかもしれない。
「そういえばさ、僕たちの保険ってどうなってる?」
「なに?藪から棒に。生命保険とか?」
「うん、そう。この前のお葬式で、話が出たんだけどね。高い保険料払ってたけど結局使わずにというか使えずに亡くなったらしいんだよね」
「ということは医療保険ってやつ?」
「そうかな、それだ、きっと。なんだかいろんな疾病のいろんな高額治療に対応してたらしいんだけど。あまりにも病気が進行してて、何も手が打てなかったらしいよ」
「そうなんだ……」
「それに健康保険でだいたいのことはカバーできるみたいでさ。だからうちも見直して、掛け金を下げてその分貯金するか美味しいもの食べることに使いたいなって」
生命保険は子どもたちが成人した時に見直していた。もうそんなに高額な保障は必要ないからと。
私は保険証券を出してきた。あれこれ話していて、掛け捨ての保険に変えてしまおうということになった。
「そうだね。この際、最期のことも話しておく?」
「いつかは誰にでも訪れることだからなぁ。僕は延命措置はしてほしくない。苦しくなければそれでいい」
「それは私も同じ。でもこういうことって何か書面に残さないといけないこと?」
「わからないけど、当人同士が確認しあってれば、いざというとき慌てなくて済むと思うよ」
保険を掛け替えたら浮くお金は、貯金しておいてイベント資金にすることにした。
「あとはさぁ、健康でいられるようにちょっとずつ気をつけることかな?」
少し寂しくなった頭を撫でながら、光太郎が言う。
「そうだね、健康じゃないと色々なことが楽しめないもんね。あいたたた……」
無意識に肩を揉んでいたら、思いの外凝っていて痛かった。
「涼子ちゃん明日も仕事でしょ?僕が洗い物するから、先にお風呂入っちゃって」
「ホントに?いいの?」
「いいからいいから。だからさ、買ってもいい?蕎麦打ちセット」
「いいよ、イベント資金から出してあげる」
「やったね!」
この年になると、もう先のことはだいたい見えてくる。その時の価値観がズレている人とは、うまくやっていけない気がするから、一緒に年をとっていく人が光太郎でよかったと思った。
コメント
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コメントありがとうございます。 記念すべき最初のコメントで、うれしいです♪
いい夫婦じゃないの