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「ああ、すげぇよく眠れた」
そう言って伸びをしたテオは、俺の方を見てニッと口角を上げた。


その笑みは、いつも見せるクールな笑みとは違い


どこか柔らかく、無邪気で、まるで別人のようだった。


「……っ!」


俺は、その見たこともない柔らかい表情に、思わず顔を赤くしてしまった。


心臓がドクンと大きく跳ね、熱が顔に集まるのを感じる。


そんな俺の反応を見たテオが、面白がるように


揶揄うように言ってきた。


「どうした?顔真っ赤だぞ?」


「あーもう……自分の顔面偏差値の高さを自覚してください!!」


俺が半ば叫ぶように言うと、テオは可笑しそうに笑った。


そんな他愛ないやり取りをしていた


その時だった。


ピンポーンと、インターホンが鳴った。


「あれ、こんな朝早くから誰でしょう?ちょっと確認してきます!」


俺はテオから離れ


モニターを確認すると、そこに映っていたのは予想外の人物だった。


なんせ、そこに突っ立っていたのは


他の男と不倫をして俺を振った、最低な元妻


ちひろだったのだから。


俺は驚きのあまり、すぐにモニターをオフにした。


(は?どうしてここに……?まさかとは思うが…テオに会いたすぎて、家を特定したのか?いや、それとも……)


冷や汗が背中を伝う。


もし、ここに俺がいるということがバレればどうなることか……。


ここは居留守を使うしかないか


そんなことを悶々と考えていると


突然、背中に温かい感触が広がり、首に回された腕が俺を優しく引き寄せた。


「なにしてん、誰?」


テオの声が、耳元で響いた。



「や、やばいですテオ、なぜか俺の元妻が来ていて…!」


俺は半ばパニックになりながら、テオを振り返った。


「は?どーいうことだよ」


テオの顔には、困惑の色が浮かんでいる。


「ちょっと来てください、奥で話しましょう」


俺はそう言って、慌ててテオの手を引いて寝室に連れて行った。


リビングから玄関が見えるため、ちひろに気づかれないようにするためだ。


寝室のドアを閉め、少し落ち着きを取り戻すと


テオが腕を組みながら問い詰めてきた。


「で、なんでお前の妻が俺の家に来てんだよ?まさか教えたのか?」


「それは断じて無いです!絶対に教えてません!」


「でも、この際だから言ってしまうと…」


「なんだよ」


「彼女、テオの強烈なファンだったので……もしかしたら、特定された可能性も……っ」


俺がそこまで言いかけたとき、ピロンっとLINEの通知音が鳴った。


俺のスマホだ。


画面を覗くと、それはタイムリーにも


今さっき玄関の前に立っていたちひろからだった。


『東京都港区南青山5丁目12-18 パレ・ドゥ・リュミエール702号室』


『翼、いまここ住んでるんだよね?ね、開けて。寄り戻したいの』


ストーカーかよとツッコミたくなるような、あまりにも詳細な住所と


厚かましい文面が書かれていた。


俺は、そのメッセージに絶句した。


すると、俺の顔色で全てを察したのか


急にテオが俺のスマホを取り上げてきたかと思うと


「きめぇやつはブロックしとけ」と言って、迷いなくちひろの連絡先をブロックしてから


それを俺に返してくれた。


その素早い判断と行動に、俺はただ呆然とするしかなかった。


「で、ですね。テオになにかあっても危ないですし……」


俺が、テオに迷惑がかかることを心配してそう言うと


テオは少し不機嫌そうな顔をしながら言った。


「少しは自分の身を心配しろアホ」


「そ、そうは言われても……」


俺は、自分のことよりも、彼の安全を優先してしまう。


それが、長年彼の専属カメラマンとして


彼の美しさを記録してきた俺の、染み付いた習性だった。


「つか、なんで別れたんだよ?彼女って、同棲してたベータだろ?」


テオの問いに、俺は少し顔を曇らせた。


「そ、それは……俺がオメガになったのが理由っていうか、いやまあそれ以前に不倫もされてたんですけど、

ははっ……」


自嘲気味に笑いながらそう言うと、テオの眉間に深い皺が刻まれた。


「クズ女じゃねぇか」


「はは……本当ですよ。俺と付き合ってたのは、テオと繋がるためだったとも言われて、もう呆れましたよ、あのときは」


俺が苦笑いしながらそう言うと、テオはすかさず言った。


「俺と繋がるため、だと?」


彼の声には、怒りの色が混じっていた。


つい口が滑ってしまったが、言わない方が良かっただろうか。


「テオの大ファンでしたから、俺がテオの専属カメラマンだと知って近づいてきたらしくて」


「…へぇ」


「俺が好きだったわけでもないみたいで……俺はそれに利用されてたってだけです」


俺が自嘲気味に笑いながらそう言うと、テオは鬼の形相で俺の肩を掴んできた。


その力強さに、俺は少しだけ怯んだ。


「お前、よくそれで俺に笑ってられるな」


「え?なんでですか?」


「なんでって……お前俺と繋がるためにその女に利用されたんだぞ?」


「まあ、そうですね……でも、俺はテオのカメラマンですよ!何年もその美しさを間近で見てきたんですから」


ふっと息を吐くように笑いながら、俺はテオに向けて馬鹿正直に言った。


「たとえ妻に裏切られても、俺がオメガになっても、どんなに辛くても……」


「テオだけは、ずっと変わらず綺麗で、俺の憧れですから。憎むなんてありえないです」


俺がまっすぐに彼の目を見てそう言うと


テオは驚いた顔をしてから


「そうか」とだけ言って、片手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。


その手つきは、先ほどとは違いどこか優しさを帯びていた。


そして、テオはなにかを思いついたように口を開いた。


「なら、せっかくだ。お前を八神天旺の正式な番として世間に発表すんのはどうだ?」


「へ……?世間に?!」


「そうしたら、お前のそのストーカー行為も少しは改善されんだろ」


俺の頭の中は、真っ白になった。


世間に発表?テオの番として?


そんなこと、安易に言っていいことじゃない。


「おう、つーか元々お前とは政略番の契約を交わしてる。だからそのうち世間には『番』としてお前を公表するつもりだった」


その言葉は、俺の知らないところでとんでもないことが決まっていたことを示していた。


「簡単に言いますけど、カメラマンの俺が人気俳優テオの番だなんて知ったら、どんなヘイトが飛んでくるか分かったもんじゃないですよ?!炎上どころじゃ済まないですよ!」


「考えすぎなんだよお前は。とにかく俺に任せとけ」


テオは自信満々にそう言った。


俺は、彼がなぜそこまで自信を持って言えるのか理解できずに困惑していると


テオはズボンのポケットから自身のスマートフォンを取り出して、何か操作をし始めた。


すると、いきなり俺の肩を抱いてきたかと思えば


持っていたスマホを横にしてインカメラにすると


俺とテオの体がピタリとくっついたまま、パシャっと俺とのツーショット写真を撮ってきた。


そのあまりの行動の早さに、俺は反応する間もなかった。


「よし」


テオは満足そうにそう言うと、Twitterを開いて慣れた手つきで


今撮った写真と共に、たった一言


「俺の嫁」とツイートしてみせた。


「は?!ちょっ、なにやってるんですか?!」


俺は慌ててテオのスマホを覗き込んだ。


「よ、嫁って!まだテオのマネージャーに確認すら取ってないのにこんな勝手な……絶対後で成瀬さんに叱られますよ?!」


「いいから黙って見とけ」


テオは俺の制止を全く聞かず、涼しい顔をしている。


“俺の嫁” そんな短い文と共に乗せられたツーショットツイートは、みるみるうちに拡散され


2時間後には10万リツイートを突破していた。


コメント欄は阿鼻叫喚の嵐だ


俺は、自分の未来が真っ暗になるような予感に

全身から冷や汗が噴き出した。


そして、案の定


ピリリリ、と、耳障りな電子音が静かな部屋に響き渡った。


テオのスマートフォンが、テオの手のひらの上で震えている。


画面に表示されたのは「成瀬」の文字


その瞬間、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。


予感はしていた。


いや、確信していたと言ってもいい。


あの衝撃的なツイートの後


この連絡が来ないわけがないと。


「ほらすぐ電話掛かってきたじゃないですか?!これ絶対怒られますよ!」


俺はほとんど悲鳴に近い声で、テオに詰め寄った。


顔には焦りが滲み出ていたはずだ。


しかし、テオはそんな俺の狼狽をどこ吹く風とばかりにいつもの不敵な笑みを浮かべていた。


その表情は、まるでこれから始まる嵐など


取るに足らない小雨だとでも言いたげで、俺の言葉を軽く受け流すように応答した。


ゆっくりと、まるで時間を引き延ばすかのように耳に当てたその仕草に


俺はただ固唾を飲んで見守ることしかできなかった。


◇◆◇


「ちょっとテオ?!あのツイートはどういうことなの!番がいたなんて私聞いてないわよ?!」


電話に出た途端、受話器越しに怒声が響き渡った。


それはまるで、遠く離れた場所からでも肌を刺すような鋭い氷の刃のようだった。


テオのマネージャーである成瀬さんの声だ。


普段は冷静沈着で、どんなトラブルもスマートに捌く彼女が


ここまで感情を露わにするのは珍しい。


それほどまでに、テオの行動は常識外れだったということなのだろう。


俺は、テオの隣にいるだけでその怒りの波動に押し潰されそうになった。


「別に俺はアイドルじゃねぇんだからさ、結婚とか番ができたって報告したぐらいでそこまで燃えはしねぇだろ?」


テオの声はいつも通り冷静で、まるで他人事のように聞こえた。


その声には、成瀬さんの怒りに対する一切の動揺も焦りも感じられない。


むしろ、どこか面白がっているようなそんな余裕さえ漂っていた。


その態度が、さらに成瀬さんの火に油を注いでいるのが


電話口から漏れる声のトーンで分かった。


俺は、テオの肝の据わり具合に感心すると同時に


この状況をどう収拾するつもりなのか、ひたすら不安でたまらなかった。


「でもね!ファンにとっては大打撃なのよ?!そもそもファンが望むのはいつだって独身王子でしょ!」


成瀬さんの声は、怒りの中に微かな悲鳴すら混じっているように聞こえた。


長年テオの活動を支えてきた彼女にとって、今回の件がいかに衝撃的であったか


その言葉の端々から伝わってくる。


ファンが抱く理想のイメージと


テオが突きつけた現実との乖離


その板挟みになっている彼女の苦悩が、痛いほど理解できた。


テオは、深く、そして長い溜息をついた。


その溜息は、成瀬さんの言葉に対する諦めなのか


それとも自身の状況への不満なのか、俺には判別できなかった。


「独身王子ってな…大体な、人気が上がるにつれてよく知りもしねぇモデルやアイドルから言い寄られて面倒だったんだよ。」


「いちいち相手するのも時間の無駄だし、下手に期待させてもトラブルの元だろ?」


テオの口から語られる言葉は、彼なりの合理的な思考に基づいているようだった。


しかし、その合理性が、世間一般の常識とはかけ離れていることを彼は理解しているのだろうか。


彼の視線は、遠くの壁の一点を見つめており


まるでこの電話の向こうにいる成瀬さんや


世間の喧騒など、彼の思考の邪魔にはならないとでも言いたげだった。


テオの顔には、どこか満足げな表情すら浮かんでいた。


自分の行動が、いかに周囲に波紋を広げているかなど彼にとっては些細なことなのだろう。


彼の視点では、これはむしろ


煩わしい人間関係から解放されるための、賢明な一手なのだ。


そのあまりにも自分本位な思考回路に


俺は呆れを通り越して、もはや畏敬の念すら抱きそうになった。


「もう、屁理屈ばっか並べて…」


「とにかく!今週末に予定してるイベントで説明してもらうわ。ファンクラブの子たちは混乱してるだろうし、あなた自身の口からきちんと話して、納得させることね」


成瀬さんの声は、もはや怒りというよりも


疲労の色が濃かった。


それでも、プロとして、テオのマネージャーとして、彼女は最後まで責任を果たそうとしている。


その姿勢に、俺は頭が下がる思いだった。


「ああ、わかったよ。」


テオの返事は、あまりにもあっさりとしていた。


まるで、今までの激しいやり取りが嘘だったかのように


何の感情も込められていない、軽い口調だった。


その拍子抜けするほどの返答に、電話の向こうで成瀬さんが深いため息をつく音がはっきりと聞こえた。


その溜息には、諦めと、そしてわずかな安堵が混じっているようだった。


「相手が一般とかじゃなく、長年共にしてきたカメラマンの白鳥くんだからまだいいけど」


「八神天旺の嫁ってだけで注目浴びてるんだから、不要不急の外出はなるべく避けるように伝えてちょうだい。トラブルがあっても困るから」


成瀬さんの言葉が、俺の耳に直接突き刺さった。


「ああ、今横にいるから伝えとく」


テオの軽い返事が、さらに俺の心を深く抉った。


そのやり取りを聞いた瞬間


俺の全身を、得体の知れない不安が胸を締め付けるように駆け巡った。


それは、まるで冷たい蛇が心臓を巻き付くような


抗いようのない恐怖だった。


八神天旺の番


その言葉が持つ意味の重さ


そしてそれが俺にもたらすであろう変化の大きさに今更ながら気付かされたのだ。


俺の日常は、もう二度と元には戻らない。


その事実が、鉛のように重くのしかかった。


テオは成瀬さんとの通話を終えると、


まるで何事もなかったかのように俺の方へ視線を向けた。


その瞳は、いつものように澄んでいて


何の翳りもない。


俺の心の動揺など、微塵も感じ取っていないようだった。


「つーわけで、今週末のイベントで番の報告するから準備しとけ」


「え?じ、準備ってどうすれば……っていうか、絶対いろいろ聞かれますよね?どっちから告ったとか」


「そんなん俺からプロポーズされたって言っときゃいいんだよ」


「なるほど?」


「とにかく俺がフォローしてやるからドンと俺の隣で構えてろ」


「は、はい……」


俺は呆然としながらも、か細い声で返事をした。


目の前のテオは、いつものように飄々としていて


これから訪れるであろう嵐の予兆など、微塵も感じていないようだった。


その対照的な姿が、俺にはあまりにも現実離れして見えた。


レンズには写せない恋

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