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消化不十分なところはある。でも、全て終わったんだろうなって確証が俺は、良かったと、その場で胸をなで下ろすことしか出来なかった。
きっと、あの校舎で撮られた写真は出回らない。レオ君が、絶対にそんなことさせない、見たいな顔で去って行ったこともあって、それは信じようと思っている。
静かさがもどった公園のベンチで、俺はゆず君とあずゆみ君二人に飲み物を奢られてしまい、それを横に置いて、二人をみていた。
あずゆみ君は、殴り足りないと拳を握っていたが、ゆず君も口を尖らせて、不満ありありといった様子で遠くの街灯を見つめていた。
「あ、あの、二人ともありがとう。何か、色々あったけど、元気でたよ」
「ほんと、現金ですよね。紡さん。今回一番の被害者は紡さんなのに、殴っても怒られなかったと思いますよ」
「俺もそう思います。朝音先輩、ああいうときは殴っていいと思います」
なんて、二人は暴力に訴えればいい、みたいなことを言ってくる。そんなこと、俺には出来ないなあ、なんて思いながら、二人に貰った飲み物を鞄にしまい込んだ。
ちぎり君には色々やられたけど、本気で怒っている、何てことはなかったし、確かに悲しくはあったけど、彼のあれが異常性癖であるならば、こちらが口を出すことは彼の全てを否定することになりそうで出来ない。彼の個性、そこを肯定してあげないと、なんて。きっと、またお人好しとか、優し過ぎるとかいわれてしまうだろうな、っていうのはあるけど。でも、これが朝音紡だって、俺は俺を肯定する。
皆違って、皆良い、何て言いきれる世界じゃないのも分かってる。けど、嫌いになりきれなかった俺は、俺だって思ってる。
「すんません、朝音先輩。俺、ちょっと用事があるので、行きますね。役に立てたかどうか分かりませんけど、後は、二人で」
と、あずゆみ君は立ち上がって、俺に背を向けた。
力になるってその言葉を有言実行した彼は、本当にたくましいと思う。彼の背中を見て、助けられたな、守られたなって所はあった。先輩としての威厳とか、俺の心とか。彼は、きっとそんな大層なことしていないなんていうかも知れないけれど、俺にとっては、本当にありがたいことだった。先輩として、情けないけど、誇りに思う。
「鈴ヶ嶺梓弓だったよな」
走り去っていく、あずゆみ君を止めたのは、ゆず君だった。あずゆみ君はピタリと足を止めて、「そうだが、何だ」と、少し不機嫌そうな顔で言う。
「んにゃぁ、高校時代同じクラスだったなあって思って。そんだけだけど、ありがと。今回は感謝する」
「……先輩のこと大事にしろよ」
「いわれなくても、そうします~梓弓君も、大事にしなよ。天才漫画家先生のこと」
「……っ、知ってたのか」
「思い出しただけ。聞いたことある苗字だったしね」
と、二人にしか分からない会話を繰り広げられ、俺はそれをただぼうっと聞いていることしか出来なかった。それから、話はすんだのか、ぺこりと頭を下げて去って行くあずゆみ君。彼も、彼の大切な人の所に向かうのだろう。ちぎり君の事もあるし、心は安まらないはずだから。
そうして、俺とゆず君だけが取り残されて、夜の静けさが、俺達に染みてくる。
何から話せば良いのか分からなくなって、鞄の中に入れていたジュースがじんわりとシミを作っていく。
「ゆず君」
「紡さん」
声が重なってしまって、また、気まずい空気が流れてしまう。上手くいかないなあ、なんて思っていれば、ゆず君が俺の右手をギュッと握った。熱くて、そして震えている手を見て、俺は顔を上げる。
前に一度見た、何ものでも無いゆず君。俳優の祈夜柚じゃない、素のゆず君がそこにいる。
凄く幼くて、泣きそうで、自分の言葉が上手く言語化できない、そのもどかしさに苦しむ顔がそこにある。抱きしめたくなる衝動を抑えて、俺は手を握り返した。
「すみませんでした。紡さん」
「何で謝るの」
「僕、これが最善策だと思ったんです。あの瑞姫契って奴に、あの校舎でやったときの写真送られてきて、僕自身はどうでも良いんですけど、紡さんに何か迷惑かけたらって。そう考えたら、距離置いて、別れた方が良いんじゃないかなって思いました」
「うん……」
「ダメですよね。結局色んな人に助けられちゃって、僕だけじゃ何も出来なかった。凄く悔しいですし、格好悪いです」
と、ゆず君はズビッと鼻を啜った。そんなことないっていてあげたかった。自分を責めないで欲しかった。
でも、全て肯定するのもダメだって、分かっていたから、俺は言葉を飲み込んだ。
「僕、凄く好きなんです。紡さんのこと。人生初めての恋なんです。だから、勝手が分からない」
俺もそうだ。
ゆず君が初恋。男の子なんて好きになるはずないって思ってた。でも、ゆず君と一緒にいるうちにだんだん好きになって。俳優じゃない祈夜柚に惹かれた。勿論、俳優のゆず君も格好いいけれど。小悪魔みたいに笑って、俺をからかってくるゆず君も、真剣なかおをして迫ってくるゆず君も、俺を抱いているときのゆず君も全部好きだ。
「別れるっていった手前、こんなこと言って良いか分かんないですけど、すっごい自分勝手って分かってるんですけど。聞いて欲しいです」
「うん、俺も聞いて欲しいことがある」
ゆず君がもし『お願い』っていったらどうしよう、なんて少し怯えながらも、俺は自分の子の体質についても聞いて貰おうと思った。でも、まずは、ゆず君の言葉を聞こうと。
ゆず君はゆっくりと口を開き、夜空よりも美しい宵色の瞳をキラキラと星のように輝かせた。
「別れたくないです。好きです。紡さん……もう一度、僕と付合って下さい」
真剣な告白、愛に胸が熱くなる。
恋って、辛い。
けど、大好きって気持ちがこっちも止らない。
「俺も、好きだよ。大好きだよ、ゆず君」