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麻里奈さんとの再会は、私に虚無感を与えた。
彼女の背中がバックヤードのドアの向こうに消えた瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がった。子供を抱いた細い腕、腫れぼったい目、震える唇——すべてが、私の復讐の結果だった。佐々川家は崩れ、拓也は消息不明、財閥の名は汚され、麻里奈さんは「穢れた母」として小さな町で息を潜めて生きている。彼女の髪は以前より短く、肩に掛かる部分がわずかに乱れていた。かつての艶やかな黒髪は、どこか色褪せ、風に揺れるたび乾いた音を立てるようだった。
私は作業台に戻り、ルーペを手に取った。
新しいサファイアが、傷跡から静かに光を放つ。『Reborn Eternal』のリングは、今や世界中で称賛され、オーダーが殺到している。Lueurのショーケースで輝き、新ブランドの象徴として人々の胸を打つ。雑誌の表紙を飾り、著名なコレクターが所有を誇り、SNSでは「光そのもの」とまで称される。なのに、私の胸の奥深くに刺さった棘は、癒えていない。むしろ、世間の賞賛が多ければ多いほど、その棘は鋭さを増す。
復讐は完璧だった。
動画は拡散され、世論は佐々川家を裁き、拓也と麻里奈の「永遠」は灰になった。私はステージに立ち、花束を受け取り、拍手喝采を浴びた。倉橋は私の隣で微笑み、「君の光は、もう誰も止められない」と囁いた。あの瞬間、私は確かに勝利の味を舌の上で転がしたはずだ。
それでも、夜になると、静寂の中で棘が疼く。ホテルのスイートルームのベッドに横たわっても、シャンデリアの光がどれだけ豪奢でも、暗闇は私の内側にだけやってくる。
「あのとき、動画をアップしなければ……」
麻里奈の震える声が、耳に残る。
「ありがとう……悠真が、普通に生きていけるように」
彼女は感謝した。私の光が、彼女の闇を照らしたと。
でも、私は何を生み出したのか。
復讐は、佐々川家を壊し、麻里奈を孤独な母にした。拓也は消え、泰造は死に、財閥は崩壊した。残されたのは、幼い息子と、母親の背中に刻まれた無数の視線だけだ。
私は勝利したはずなのに、勝った実感がない。勝利とは、こんなにも軽いものだったのか。こんなにも、冷たいものだったのか。
私はルーペを外し、作業台に額を押しつけた。サファイアの冷たい感触が、額に伝わる。
「私の光は……本当に、光だったの?」
涙が一滴、作業台に落ちた。サファイアの傷跡に触れ、光が屈折する。深い青が、静かに揺れる。私はゆっくり息を吐いた。息が白く、バックヤードの冷えた空気に溶けていく。棘は、まだ抜けない。でも、抜けないからこそ、私は作り続ける。傷を隠さず、光に変えるデザインを——そして今は、光に変えられない傷を、そのまま形にするデザインを。
私はサファイアではなく、ブラックダイヤモンドとオニキスを手にした。漆黒の石は、今もなお刺さり続ける虚無という名の棘を表現した。ブラックダイヤモンドは光を吸い込み、反射せず、ただ深く沈む。どんな角度から光を当てても、輝きは返ってこない。オニキスは冷たく、鏡のように私の瞳を映す。
リングは細く、シンプルで、装飾は最小限。メビウスの輪のように永遠に続くものではなく、心の奥底に閉じ込め、愛おしむためのものだ。永遠などと呼ぶには、あまりに重く、あまりに静かだ。
作業台の上で、ルーペ越しに石を眺める。ブラックダイヤモンドの表面に、微かな内包物が浮かぶ。それは私の傷跡と同じ。光を入れず、ただ存在するだけ。オニキスは完璧に黒く、指に嵌めると肌の温もりを吸い取るように冷たい。私はリングを左薬指に嵌めた。サイズはぴったりで、クルクル回らない。重みだけが、静かにそこにある。脈打つたびに、金属と石がわずかに私の体温を奪う。『Silent Thorn』——静かな棘。
このコレクションは、発表しない。ショーケースに並べることもない。私のためだけに、永遠に閉じ込めておくものだ。倉橋には、まだ見せていない。彼の温かな視線に、この黒は耐えられないかもしれないから。あるいは、彼の優しさが、私の黒を溶かしてしまうかもしれないから。私はまだ、そのリスクを負えない。
私はリングを外さず、作業台の灯りを落とした。バックヤードは暗くなり、窓から差し込む街灯だけが、オニキスに鈍く反射する。虚無は、癒えない。癒えることを、望んでいないのかもしれない。でも、それでいい。
私はコーヒーカップを手に、バルコニーへ出た。夜風が頰を撫で、ブルースターチスの鉢が静かに揺れている。月光がブラックダイヤモンドに当たり、ほのかに黒く輝く。光を拒むはずの石が、月だけにはわずかに応える。その微かな輝きが、なぜか愛おしかった。私は微笑んだ。この棘は、私だけのもの。誰にも触れさせない。愛おしむために、胸の奥にしまっておく。
私の永遠は、もう光ではない。ただ、静かに、深く、黒く在るだけだ。それでも、指に嵌めたリングの冷たさが、私をここに繋ぎ止めている。私はもう一度、夜空を見上げた。星は遠く、黙って、私の黒を眺めていた。