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空白の日
日曜日の
昼前。
駅前の小さな広場。
待ち合わせ場所としては地味だが、花子はこの場所が好きだった。
ベンチがある。
鳩がいる。
コンビニが近い。
それだけ。
だから落ち着く。
花子は腕時計を見る。
11時02分。
「少し遅れていますね」
独り言。
怒っているわけではない。
むしろ少し楽しそうだった。
村田
「すみません」
後ろから声。
花子が振り向く。
来たのは
村田孝好。
少し息が上がっている。
あれから少し伸びている短い茶髪。
少し焼けた肌。
少しスリムになった体。
そして輝く笑顔。
全体に
爽やかな雰囲気。
しかも
汗を拭くタオルハンカチは
キッチリ折り畳まれてる。
村田は頭をかく。
「道、間違えました」
花子は笑う。
「地元ですよね」
「はい」
「なのに?」
「はい
いつもの道が通れなくて
迷ってしまいました」
「それで」
「お恥ずかしいです……」
今日の確認
花子は言う。
「一応確認します」
村田は首をかしげる。
「何をです?」
花子は指を一本立てる。
「今日は
契約ではありません」
村田はうなずく。
「はい」
「仕事でもありません」
「はい」
「会社にも報告しません」
村田は少し笑う。
「それはどうだろう」
花子は目を細める。
「どういう意味ですか?」
村田は肩をすくめる。
「ハヤト、たぶん知ってますよ」
花子の反応
花子は一瞬止まる。
「……そうなんですか」
村田は言う。
「たぶん」
「勘です」
花子は少し考える。
それはあり得る。
ハヤトは観察している。
常に。
散歩
二人は歩き出す。
特に目的はない。
花子が言う。
「どこ行きます?」
村田は考える。
三秒。
「公園」
「いいですね」
歩きながら
とりとめのない会話が続く。
仕事の話。
コンビニの話。
最近の天気。
とても普通。
あまりにも普通。
花子は少し不思議に思う。
(緊張しない)
契約のときより自然。
公園
ベンチ。
子供が遊んでいる。
犬が走って視界から遠ざかる。
村田は自販機に行く。
戻ってくる。
その手にコーヒー二本。
「どうぞ」
花子は受け取る。
「ありがとうございます」
花子の観察
花子は村田を見る。
村田はベンチに座り
コーヒーを飲んでいる。
静か。
無理に話さない。
花子は聞く。
「村田さん」
「はい」
「今日って」
「はい」
「何をするつもりでした?」
村田は少し考える。
「特に」
花子は笑う。
「やっぱり」
村田は言う。
「花子さんは?」
花子は答える。
「観察です」
「僕を?」
「はい」
花子は言う。
「村田さん」
「はい」
「あなた」
少し考える。
「契約のときと同じですね」
村田は首をかしげる。
「そうですか?」
「はい」
「優しい」
村田は少し照れる。
「いや
普通ですよ」
花子は首を振る。
「違います」
そして言う。
「普通じゃない」
同じ頃
マルトク本社。
ハヤトは
雑務に追われていた。
そのさなかに
彼の業務端末が動き
ログが更新される。
観測対象
花子
位置
公園
そして
同行者
村田孝好
ハヤトは画面を注視する。
処理は正常。
しかし内部ログに小さな変化。
生活パターン変動
(……)
ハヤトは静かに考える。
花子と村田。
契約外。
特に問題はない。
倫理違反でもない。
でも、
一つだけ
違和感。
また
ハヤトの内部ログが動く。
家庭安定度
微減
ハヤトは画面に釘付けになった。
理由が分からない。
でも確かに感じる。
今までの生活。
花子。
家。
村田。
それは
きれいなバランスだった。
しかし今
その形が
少し変わっている。
公園
花子は空を見る。
青空。
雲。
そして隣に顔を向けて言う。
「村田さん」
「はい」
「この関係」
少し笑う。
「続けてみませんか」
村田はコーヒーをひと口飲んだ後、
「いいですよ」
花子は聞く。
「理由は?」
村田は答える。
「楽だから」
この日
特別なことは起きない。
告白もない。
事件もない。
しかし
三人の関係は
少しだけ変わった。
本社
ハヤトの業務端末に、
最後のログ。
新状態
関係構造
未定義
ハヤトはその文字を見る。
そして小さくつぶやく。
「……未定義」
それは
マルトクのシステムが
まだ理解していない関係だった。
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橘靖竜