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◇◇◇
幾度もの剣戟が交わされてきた。
大地はその余波で荒れ果て、衝撃が乾いた風となり、戦士たちの頬を撫でる。
そして何度も繰り返されたように――今もまた、2つの剣が交わった。
「戦いとは心が躍るものだ。この高揚、キサマも感じているだろう!」
「誰が!」
鍔迫り合いを拒絶したコウカはその身を稲妻で包み、瞬時に敵の背後へと回り込むと、その手に持った剣を振り下ろした。
しかしその斬撃は、黒い剣によって受け止められるという結果に終わる。
再び顔を向き合わせることとなった爆剣帝ロドルフォの顔に笑みが浮かび上がる。
「拒絶するか。だがオレには分かるぞ、キサマの本質は狂犬だ」
「わたしが狂犬? グッ……!?」
呆気に取られてしまっていたコウカは、爆発魔法の衝撃が上乗せされた斬撃によって弾き飛ばされる。
そして、未だ体勢を立て直せていないコウカに向かってロドルフォは間髪入れずに急接近し、追撃を図った。
「いくら口では否定しようとも、キサマも戦いが好きで好きで堪らないのだろう? だからこうして戦っている。今もキサマは楽しんでいるはずだ、この戦いをな。その事実こそが己が本質と受け止め、その欲求に身を委ねてしまえばよいものを!」
言葉を捲し立てながらの攻勢に、息をつく間もなかったコウカも次第に順応し始める。
「勝手なことを!」
猛攻を躱した勢いによる反撃の一撃を敵の懐へと突き立てるが、その剣は当然のように受け止められてしまった。
仕切り直すように両者が構えを維持しながら睨み合う。
「……確かにわたしは戦いが好きです。競い合うことが大好きです。……でもわたしの中にあるのはそれだけじゃない」
地面を蹴り、加速したコウカの剣とロドルフォの剣が激しい衝突を起こす。
「わたしには共に生きたいと願う家族がいる!」
「家族だと……そんな存在にいったい何の意味がある! 溢れんばかりの闘争本能に蓋をし、手綱を握らせるだけの関係などキサマを腐らせる毒に過ぎん!」
「違う!」
ロドルフォの胴体を蹴りつけたコウカはそこを起点として、一気に加速しながら再接近を図る。
「わたしが今戦っているのも、強くなりたいと心の底から願ったのも――あの子たちがいてくれたからだ!」
離脱と再接近を繰り返しながらコウカはロドルフォを攻め立てる。
「わたしは決して自分の本心に蓋をしているわけでも、手綱を握らせているわけでもない! 家族というものはそんな軽薄なものじゃない! それがあなたには……!」
自分を支えてくれる家族という存在がいかに大きな存在かを説くも、相手には微塵も理解されていないことを口惜しく感じていたコウカであったが、その理由を考えたときにある1つの結論へと至る。
「そうか、あなたは戦いの中でしか自分の存在を……意味を認められていないんだ。だから……!」
「フン……ああ、そうだとも。キサマが言うようにオレは戦いの中でしか生きられん存在だ。太平の世に馴染めん爪弾き者だ。……だがそれが何だというんだ。そうやってキサマもオレを憐れだと嗤うのか……迎合できん愚か者だと嘲るのかッ!」
激昂し、怒りの形相のまま振るわれたロドルフォの剣をコウカは正面から受け止めた。
「――嘲るわけがない」
「何?」
彼の赤黒い目をまっすぐ見つめるコウカ。
その視線が一瞬だけ交差したのち、互いに飛び退いて距離を取る。
「あなたの生き様を嗤うことなんて絶対にしない。戦うことがあなたにとって意味のある生き方なら、たとえ選択肢がなくともあなたが自分で選んだ道だというのなら、わたしはその生き方を尊重するだけです」
かつて自分の生き方を見失ってしまっていたコウカ。
そして何よりも生きる意味を大切にしていた彼女にとっては明確な――見方によっては純粋と言ってもいい意味を見出した彼の生き方は尊重こそすれ、嘲ることなどありえなかった。
たとえそれが自分と相容れないものだったとしてもだ。
だが、同時に理解できないこともある。
「でも、戦う道を選んだのだとしても……どうしてよりによってこんな戦いなんです……どうしてあなたみたいな人が邪族として戦い続けるんです! 人間の中にも戦うことが好きな人なんて大勢います。平和な世の中にもきっとあなたの居場所はあるはず!」
戦うことは殺し合うことに限らない。
彼女を含め、ただ純粋に戦いを好む者が競合を楽しめる機会など往々にしてある。彼女たちの闘争心を満たす手段は平和な世界にも数多く存在しているのだ。
「今からでも遅くはない、あなたはきっとわたしたちと一緒に歩める人だ。戦うならこの先、一緒に掴み取った未来の世界で思う存分戦えばいいんです! もしその未来で自分の居場所が見つけられないというのならわたしたちも探します、存在しないというのなら作ってみせます! だから……っ!」
戦いを狂おしいほどに愛する者であっても、未来の為に肩を並べることができる。
コウカはそんな可能性を彼に見出している。
しかし自分と同じ未来を見られるからといって、相手が同じ未来を見ようとするともまた、限らないのだ。
「未来など必要ない! オレが望むのは身命を擲った先にある戦いの極致。ヌルく、腐りきったものなどではない。オレにとっては今あるキサマとの戦いに全力で臨むことこそが本望。そこで果てることになろうとも、それもまた本望なのだ!」
「あなたはどこまで……!」
2人の道は決して交わることはない。
生きてきた環境も求める先にあるものも違い過ぎたのだ。彼女たちの願いの先にある世界は決して同じものになるはずもない。
爆発魔法による急加速を起点とした猛攻がコウカを襲う。
(なんて気迫……!)
一度、戦う以外の可能性を見出してしまっていたコウカはその勢いに圧され気味だった。
しかし――。
「でも、わたしだって未来を……あの子たちと一緒に歩んでいくと約束したんだ。だから! 《アンプリファイア》――オーバードライヴ!」
眷属スキルを最大出力で解放したことにより、彼女の認知能力は飛躍的に高まる。
「あなたが譲れないというのならッ!」
彼女の信条にある譲れない想いによって霊器“ライングランツ”が曇りなき輝きを放つ。
――それはこれまでで一番激しい攻防だった。
拳や脚といった使えるものを全て交えた応酬によって大地は削り取られ、行き場を失くした衝突の余波が荒れ狂う嵐となって、戦場に渦巻いている。
無作為に撒き散らされる雷光と爆発によって視覚や聴覚にも凄まじい刺激が送られ続ける中、戦いの勢いは唯々増していく。
ここにはその戦いを邪魔するものはない。互いに持てる全力を出し切って戦うだけだ。
やがて戦いは終わりの兆しを見せ、最終局面を迎えつつあった。
死闘の最中、大地に向けて深く突き刺されたロドルフォの剣が赤黒い光を灯す。そして次の瞬間、地面が激しく揺れて凄まじい地殻変動が起こった。
そんな中であっても両者ともに視線だけは宿敵を捉え続けている。
稲妻を纏い、宿敵に向かって自らの体を蹴り出したコウカをロドルフォは獰猛な笑みを以て迎えた。
――その瞬間、全ての音が置き去りにされる。
限界を超えた先にあったのは純粋な剣戟。
「オレの――」
「勝つのは――」
大きな転換点。
己に振り下ろされる剣をコウカは睨み続けていた。今の彼女にはその軌道すらもはっきりと知覚できている。
そんな彼女が選び取った選択は――未来を願い、目を背けないことだ。
「勝ちだ!」
「わたしだ!」
体を僅かに捩ったコウカの左腕が宙を舞う。
だが右手で保持されているライングランツの剣身は依然として煌めきを増し続けている。
それは果たして、一瞬か永遠か、当人たちにも判別できない。そんな刻の果てに――閃光が瞬いた。
最後に残ったのは静寂。
未来を望んだ者は駆け抜けた先で未来への確かな一歩を踏み出し、未来を望まぬ者もまたその生の果てに確かな極みを見た。
「見事な……剣だ。ああ、最高の――」
「あなたも……ロドルフォ」
コウカの背後で何かが崩れ落ちる音が聞こえる。だが決して振り返ることはしない。
彼女を閉じ込めていた結界が崩壊するまでのごく短い時間、コウカはただ目を瞑っていた。
やがて結界が崩れ落ちる音が聞こえてくると同時に彼女は目を開き、ある一点をまっすぐ見据える。
(みんな……)
彼女は駆け抜ける。
愛する者たちとの未来を掴むために。
◇◇◇
「喰らえ、【ガイア・シェル】!」
ダンゴが岩塊に鉄槌を叩きつけ、その破片を打ち飛ばす。
そうして衝撃で砂埃が周囲一帯に立ち込めたため、一時的に視界不良となっていた。
――だがその砂埃をかき分けるようにして、巨大な鋼の腕が少女へと伸ばされる。
「くっ!」
今にも掴まんとするその腕を拒絶するダンゴは手に持った鉄槌を渾身の力で振るい、その腕に打ち付けた。
さしもの鋼剛帝といえど、彼女の全力を込めた攻撃を受ければ、ただでは済まないはずであった。
しかし――。
「ガーハッハッハッハッハ、どうしたのだ! 吾輩の体が無敵であることを証明すると言ったには言ったが、傷ひとつ付けられんのでは流石に張り合いがないではないか!」
「まだまだ!」
衝撃で砂埃が吹き飛ばされ、再び対峙することとなった両者。
全くの無傷であるバルドリックを見ても揺るがない意志を瞳に灯したダンゴは跳躍する。
「潰れろーッ!」
眷属スキル《グランディオーソ》を使用し、硬度に加えて質量を増加させたダンゴのハンマーが上から振り下ろされる。
しかし、当の鋼剛帝は潰れるどころか容易にその攻撃を掌で受け止めてみせた。
「威勢はよいが、啖呵も切っておいたところでそれではなぁ!」
「まだだって言っているだろ!」
ダンゴはここで地魔法を行使する。
鋼剛帝の足元が崩れ、その体がみるみるうちに地中へと沈んでいく。
「ぬおっ!?」
「潰れないなら、沈んじゃえ!」
無敵の体を自称する鋼剛帝バルドリックの体は相当な質量を誇る。
その自重に加え、ダンゴの全体重を上乗せされている状態では最早復帰は不可能――そのはずだった。
物事はそう簡単に行くものではなかったのだ。沈みかけたその巨体はすぐに止まり、逆に浮かび上がっていく。
否、地面が隆起を始めているのだ。
バルドリックの豪快な笑い声が響き渡る。
「そう簡単に沈むとでも思うたか。常に地魔法で足元を支えとる吾輩にとってはこの程度、朝飯前である。そうでもせんと軟弱な地面程度では吾輩の体を支えられんからなぁ!」
相手が地魔法の使い手でなければ、この攻撃で一気に優位になる可能性が高かった。
だが何とも巡り合わせが悪い。
「それになぁ……ほれ!」
「なっ――うわぁ!?」
ダンゴの体が後方へと軽く投げ飛ばされる。スキルで質量を増加させているのにもかかわらずだ。
「これでも避けてみせい」
バルドリックがその巨大な拳を地面に叩きつけると、衝撃で隆起した地面が伝導していくように盛り上がりながら伸びていく。
その標的は地面に体を打ち付けられ、未だ起き上がれていないダンゴだ。
慌てて起き上がったダンゴは、隆起した地面に飲み込まれないように横方向へと走り抜ける。
そうして逃げる最中、岩塊を生成して今度はそのまま敵に向かって打ち出した。
その飛来する岩塊を避ける素振りも見せなかったため見事標的に命中するが、仰け反りもせずにそこから無傷のゴーレムが顔を出すだけだった。
「逃げるくらいなら向かってこんか。全く以ておもろくないな……それではデータも取れんし、吾輩が無敵であるという証明にも足りぬ。先程以上の全力をもっと見せてみせい。それを吾輩が打ち砕いてくれよう」
「さっきから“無敵”の証明とか……そうやって面白がって実験でもしてるつもりなのか、キミは! ボクの盾を直してくれたのも、自分が楽しむためだったのか!」
ダンゴはこの邪族と対峙した時から、少しだけ心に引っ掛かりを覚えていた。
それはかつて鋼剛帝バルドリックが武具職人ルドックとして活動していた頃の記憶に起因するものだ。
「良いデータが取れそうであったからな。それに吾輩の技術で、スクラップ以下のモノがどのように変化するかというのにも興味があったしなぁ」
「ボクは……キミがあの盾を直してくれて嬉しかったんだ!」
彼女には無邪気に喜んでいたその頃が、つい先日の出来事であったかのように思い出すことができる。
「それなのにキミは……人の武器を作ってあげていたのも、そのデータのためだったっていうの!?」
「然り。吾輩の肉体を完成させるには大量のデータが必要であるからなぁ。何よりもそのデータを集めるのは非常におもろいものではないか。己がより無敵になっていく感覚は甘美なものであるがゆえに」
「そんなことで色んな人の想いを踏みにじってきたのか……! ゴーレムで人を殺したのも、その人たちが積み上げてきたものを壊したのも……!」
怒りのままにダンゴは邪悪なゴーレムへと近付き、その得物を振るう。
「ふむぅ……少しは楽しませてくれよるようになったではないか」
「全部お前の身勝手な理由のせいで!」
ダンゴの強い怒りに呼応するかの如く、彼女の精霊としての力が荒れ狂うように増幅される。その力で僅かにバルドリックの剛腕が押され始めた。
するとバルドリックは不意に力を抜いて両腕を広げながら、豪快に声を上げて笑いはじめた。
「よい力だ。その力を一度、吾輩の肉体にぶつけてみせぃ!」
その言葉に乗ったわけではないが、自ら無防備を晒す敵に攻撃しない理由にはならなかった。
そしてダンゴは再び、ハンマーの形をした己の霊器を全力で胴体の中心に向かって打ち込んだ。
ハンマーは胴体部にめり込み、ごく僅かに接地面を陥没させる。その衝撃で霊器“イノサンテスペランス”も少し歪むが、すぐに元の形へと戻った。
「おぉ! すんごいぞ、吾輩の体に傷をつけるとは……まだまだ吾輩も無敵になれるという証だ!」
だがそのような攻撃を受けてもそのゴーレムが表したのは喜びの感情だ。
そんな敵のとったリアクションにダンゴは怒りを激化させる。
「どうして、そうやって他人を平然とバカにできるんだ!」
「もっと良いデータを取りたいが……むぅ」
「いい加減にしろよ!」
攻撃を片手間に防ぎながら、目の前の事象とは全く別のことに思考を回しているバルドリックにダンゴの我慢も限界だった。
彼女は自分の足元を隆起させてから跳躍すると、敵の真上から襲い掛かる。
「【ガイア・メテオ】!」
まずは超巨大な岩塊を生成し、それをただ1体のゴーレムを圧し潰すために落下させる。
「その衝撃……良いデータになるぞ!」
バルドリックは纏う雰囲気に歓喜を滲ませる。
次の瞬間には彼の内側で魔力が爆発的に高まり、溢れ出した魔力が周囲の土を巻き上げる。
そして打ち上げられた拳は岩塊をいとも容易く粉砕してしまった。
「まだだっ!」
さらに爆発する感情によって質量と硬度を乗せた一撃が黒いゴーレムへと迫る。
「これはおもろそうではないか!」
構え直したバルドリックは迫る鉄槌を鋼の剛腕で迎え撃つ。
互いの信頼する得物同士が接触時に凄まじい火花を撒き散らし、周囲の岩片をその余波で吹き飛ばした。
だが――ここでイノサンテスペランスに大きな罅が浮かび上がる。
「あ――」
砕ける瞬間は呆気ないものだ。
伝播した罅は一瞬でその内部に浸透し、蝕んでいった。
そして最大の盾であった得物を失ったダンゴの体に剛腕が打ち付けられる。
己の体にスキルによる強化を施していたとはいえ、それを打ち砕くほどの強打だ。ダンゴの意識も激しく揺さぶられる。
「――むぅ……限界であるか。これ以上のデータは見込めんようだ」
気付いた時にはダンゴは地面に仰向けとなって宙を見上げていた。
視界の端には豪快な音を立てながら少しずつ近づいてくる黒い巨体が映る。
(何やってんだ、ボク……)
脱力しきった手で何の気なしに地面をなぞる。
(まだまだこれからなのに……)
指の先で感じているのは土ではない、ボロボロになって肌触りの悪くなった布だ。
それが自分の身に着けているマントだと気付いたダンゴは、やや朦朧とする意識の中で意味もなくそれを見下ろそうと首を動かした。
そこで不意に慣れない肌触りを首元に感じた。
首に巻かれているものを手で触り、そこにあるマフラーを見たダンゴの意識が急速に覚醒を始める。
「データ取りはもうよいか。早速実験したいものであるしなぁ」
そんな彼女の意識は、突如として凄まじい圧迫感が襲いかかってきたために完全に覚醒せざるを得なかった。
呻き声を漏らすダンゴの体をバルドリックの巨大な手が握り込み、圧し潰そうとしているのだ。
(違うだろ……ボクがボクらしさを見失ってどうするんだよ)
苦しみながらもダンゴは自らの内側に意識を巡らせる。
依然として彼に対する怒りの感情を持ちながらも、表面的な怒りではなく更に奥深くにある己の原点ともいえる場所に意識を集中させていた。
(ボクは何のために戦っているんだ。ボクが本当に守りたいものは――)
彼女の瞳が澄んだ色を灯す。
既にダンゴの心を支配していた怒りは、その表面上には存在せず、さらに純粋で無垢ともいえる感情の原点に近い想いが表面に表れている。
そんな彼女が体に力を込め、握り潰そうとする手を押し開いていく。
「なんと……!?」
自分を拘束する5本の指を一気に押し退けたダンゴはバルドリックの体を押し出した。
彼の鋼の肉体が僅かによろける。
「このような力が……これはおもろいデータとなるぞぉ!」
こんな状況においても変わらぬ様子の彼に対して、ダンゴはすでに執り成す気もなかった。
「絶対に取りこぼしたりなんかしない。大切なものくらい、この手で守ってみせる!」
彼女は小さな手を見下ろした後に拳を握り込む。そして腕を前方へと突き出した。
「そうだろう! だったらボクのこの心に応えてみせろッ、イノサンテスペランス!」
彼女の両腕を包み込むように、一度は砕け散ったイノサンテスペランスが再誕を果たす。
そして一回りも二回りも大きくなって再生成された得物の感触を確かめたダンゴは敵をその眼で見据えると、マントとマフラーを靡かせた。
彼女の純粋で強い想いを受けて引き上げられた精霊の力により、眷属スキル《グランディオーソ》はさらにその効力を増している。
「ボクたちは希望だ――」
振るわれた2つの拳が激突する。
鋼剛帝バルドリックは己の肉体が負けることなど微塵も考えてなどいない。だがそれはダンゴも同じだった。
一瞬、拮抗してみせた両者であったが――それはすぐに崩れ去る。
罅割れた黒い剛腕が崩れ落ちていく。
「何だとぉ!?」
「――そしてボクは!」
驚愕するバルドリックの胴体に向かって、今度は反対側の拳を打ち込む。
その攻撃をまともに受けた敵の巨体が大きく傾いた。
「希望を守り続ける最強の――盾なんだぁぁ!」
手を休めることなく胴体部への殴打を続けていくと局所的な衝撃を受け続けた装甲は拉げていき、遂には鋼の装甲に守られていたはずの心臓部までもが露になる。
ダンゴの攻勢は止まらない。彼女はその場で両腕を掲げ、その腕を包み込んでいたイノサンテスペランスの形状をさらに変化させた。
そうして彼女の両手に収まっていたのは巨大な鉄槌だ。
雄叫びを上げる彼女は、体勢を崩した敵の真上から凄まじい質量を乗せた一撃を叩き込む。
「【ガイア・インパクト――」
心臓部を守るように、辛うじて残った腕でそれを受け止めたバルドリックの体が地面へと沈み始める。
そしてそれを後押しするかの如く、ダンゴは極限まで圧縮させた己の魔力を術式から解放した。
「バカなぁっ!?」
「――マキシマムブレイカー】!」
鋼鉄の肉体の内側で暴れ回り、蹂躙していくのは膨大な魔力。
鋼剛帝バルドリックは最後まで自らの敗北を認められなかった。
彼が決して己が無敵などではなかったことを知るのは、死が訪れる寸前であった。