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「お方様ーー!!」
上野は、徳子《なりこ》の姿を見ると、更に、声をあげて泣きだした。
「申し訳ございません!私のせいで!」
言って、上野は、徳子に向かって平伏する。これ以上ないほど、床に、頭を擦り付けて。
「母上、いえ、父上!上野は、悪うございません!出入りの琵琶法師の胡散臭さに気が付いて、撃退したのでございますから!」
守満《もりみつ》は、皆に、経緯《いきさつ》を語った。
盲目のはずの琵琶法師は、目が見えていた。上野が、髭モジャの声色を使い、男の振りをして、それ、を、見破った挙げ句、逃げる法師を、捕らえようと、押し倒す。しかし、相手は、振り切り、築地塀を乗り越え、逃げてしまったと──。
「その時、相手の匂いが、上野の衣に、染み付いたのでしょう。それは、唐下《からさ》がりの香の、匂いではないかと思われます」
「ふふふふ!まあ!お手柄だこと!ふふふふふふ!いやだ!これ!誰か、ふふふふふふ!止めてください!ふふふふ!!」
守恵子《もりえこ》が、変わらず、袖を口元に当てて、口調とは裏腹に、必死の形相で訴えている。
「あら、守恵子も?では、こちらへ、いらっしゃい。父上の元へ」
はっ?と、意味が掴めないと、一同は、固まるが、守近も、うんうん、と、頷いていた。
守恵子は、言われた通り、父の元へ近寄った。
とたんに、がっしと、体を引き寄せられて、気付いた時には、守恵子は、守近の胸元へ顔をうずめていた。
「……なるほど、さすがは、都で、一二を争うモテ男、と、呼ばれたお方、決め方が、違いますなあ」
何に、感心しているのか、晴康《はるやす》が、ほおーと、二人の姿に見入っている。
「あら、素敵。父上、なんて、素敵な香りなのでしょう。心が洗われる様な、そして、少しばかり、甘い香りだこと」
「おや、守恵子、父の香りを忘れてしまっていたのかい?小さな頃は、こうして、よく、しがみついていただろうに」
「あぁ、少し暖かくなりましたので、伽羅の配合を変えてみましたの」
すかさず、徳子が言った。
「だから、いつもと、香りが、異なりましたのね!父上?守恵子は、忘れていた訳ではありませんよ?父上が、香の変わり具合に、気が付いていかなかったのですわ……あーーー!!私!!!戻ってる!!!」
おおおーーーー!!!
と、皆も、その有り様に、声を挙げる。
「ど、どうゆうことだ!晴康!」
術を使ったのかと、常春《つねはる》は、晴康を見た。
一方、徳子は、不思議そうに帳の向こうで、自らに起こったことを語りだす。
「ああ!それがね、常春や!私《わたくし》なんだか、ぼんやりして、気が付けば、守恵子の座所で、守近様のお膝の上で……」
そこまで言って、徳子は、ぽっと頬を染めた。ふと、先ほど見せられた、昔の、徳子の姿に被る仕草に、皆の頬は揺るんだ。
「もう、皆で、からかっていますね!少しばかり、守近様の膝枕で、うたた寝してしまっただけなのに!なんだか、気持ちもしっかりして……」
言ってしまった、とばかりに徳子は、はっとすると、照れ隠しか、守近の袖へ顔を埋めた。
「いやあ、両手に華とは、このこと」
守近は、ハッハッハと、笑っていたが──、
「守満。琵琶法師とは、お前が、師匠として、招き入れた男のことだね?」
と、真顔で守満へ問うた。