「守満《もりみつ》、母上も、守恵子《もりえこ》も、父の香りで、正気に戻ったが、これは、一大事だぞ?」
「はい、誠に申し訳ございません。私が、軽はずみに、あの様な、素性の知れない者を招き入れ……」
「……家令《しつじ》は、どうした。なぜ、家令に相談しなかった?」
「と、申しますと?」
守満は、父の言う事がわからないとばかりに、首をかしげている。
「うーむ、この、屋敷の乱れ具合よ。これでは、琵琶法師の、標的になるはずだ。さて、紗奈や、ここは童子検非違使《どうじけびいし》の出番ではないのか?」
「は、はい?」
泣きはらした顔を、上野は、上げ、もしや、と、守近を見る。
「あ、あの!守近様!一体全体、どこ、から、ご存知なのですかっ!」
「ん?何処から?そうだねぇ、秋時《あきとき》が、西の門で下男と、こそこそ、話して、守恵子の房《へや》へ、向かっていた頃、美丈夫が、紗奈と、言い争っている内に、髭モジャの声になり、追って、琵琶法師がやって来て、ドタバタやってるうちに、紗奈の鼻緒は切れるわ、常春《つねはる》が、増えるわ、かと、思えば、逃げたはずの、琵琶法師が、東の対屋で、琵琶を演じるが、聞く女房達は、何故か、顔が引きつっていて、琵琶法師は、別人だと、バレてしまっているのか、ソワソワし、その内、守恵子の房に、皆は集まり、タマが、放り投げられ、虎になるわ、秋時が、ペラペラ、ありもしない事をしゃべるわ。めでたくも、童子検非違使が再結成された。ぐらいの、ところ、からかな?あっ、その後、徳子《なりこ》姫が、愛らしゅうなられましたけど?なにか?」
って、あなた、全部知ってんじゃないですか!どこで、見てたんですか!と、思わず、突っかかりそうになる上野だったが、ふと、
「守近様?秋時が、というのは、どういうことでしょう?」
「それは、私も気になります。どうして、あの方、ああも、都合よく現れたのか。そもそも、ご出仕は、どうされておられるのか……」
晴康《はるやす》も、上野を追うように言う。
と、守近は、
「あれ?知らなかったのかい?あやつは、お役御免になったんだけど」
えええーーーー!!!
一同は、驚き叫んだ。
「まあ、それで、私《わたくし》のご機嫌取りを?守近様経由で、何か、職を得ようとしていたのかしら?」
「うーん、どうだろう?徳子姫の房付《へやつ》き女房と、こそこそ、耳打ちしてたりしていたからなあ」
「あらまっ!逢い引き?合瀬?なにか、約束していたのかしら?」
「あの、父上、そこまで、掴んでおられるのなら、何も、童子検非違使などと……」
守満が、遠慮ぎみに言う。
ここにいる者で、一番、何が起こっているのかを把握しているのは、守近ではないか。ならば、まわりくどい事をせず、守近が、指揮をとればよいのでは?
そう、言いたかったが、やはり、失態を見せている以上、そして、父には、そう、高飛車な態度は取れない。
「あっ!そういえば、タマが、大学寮から借りてきた、書物をかじってしまったねぇ、常春や?」
あっ、と、常春は、声を挙げた。今までの、バタバタで、大事な事を、忘れていた。
「そこで、大納言守近が、かじった事にして……、それを止められなかった罪の、謹慎を兼ね、当家の、家令《しつじ》になってくれないか?」
それは……と、常春が言い渋る。
「兄様!そうなされませ!結局、守近様は、いえ、大納言様は、この度のこと、全てご存知、そして、どうなるのかも、ご承知なのです。それなのに、童子検非違使などと、我らを利用しようとしておられる。つまり、もう、逃げられないのです。さすが、大納言ともなれば、たいした策士、と、いうことなのでしょうか」
妹の、言う事にも、一理あると、常春は、思う。これだけ、掴んでいるということは、何かが、起こるということ、そして、それを防ぐための、策の内に、皆は、練り込まれているのだ。
「分かりました。しかし、それでは、今の家令様は……」
「なあーに、逃げ出すか、捕まるか、そうだろ?其処な美丈夫《びじょうふ》よ?」
「はい、其処な美丈夫《びなん》も、そう思います。もちろん、家令だけではなく、女房達も……」
あのね、美丈夫《びなん》、美丈夫と、自分で、認めなさんな!と、上野は、晴康を見るが、
「ちょっと待ってください!逃げ出すか、捕まるかって、それ、何が、起こるのですか?!」
ただ事ではない、二人の会話に、上野は、引き付けられた。
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