グラウンドを見下ろす丘に、一人、腰掛けていると、こちらを気にしている蓮と目が合った。彼はボールを蹴る足を止めて、嬉しそうに手を振ってきた。
蓮のことを好きで、ずっと一緒にいた小学生時代。蓮は、早起きが苦手で、朝練の時には頼まれて何度もモーニングコールをしたのを亮平は思い出す。
大事な公式戦の朝に、いくら電話を鳴らしても起きずに、慌てて家まで走って、起こしに行ったこともあった。
部屋に入ると、蓮は、ベッドに座って、腕組みをして、亮平を待っていた。
「あれ?蓮、起きてたの?」
「亮平、ちょっと来て」
まだ亮平より背も低くて、声も高い、子供らしい蓮が、隣に座った自分にぎゅっと抱きつくと、耳元で言った。
「俺に元気を分けて?」
「は?」
高鳴る胸がうるさい。
この頃、亮平は、蓮を初恋の相手だと気づき始めていて、思春期という心と身体とのアンバランスさをかなり持て余していた。そのせいで、すごくどきどきした。
「どうしても会いたくなって、電話無視しちゃった。ごめん」
「………後で応援に行くよ?」
「うん。でも、みんなの前でこうやって、ぎゅってできないでしょ?」
蓮の温かい身体が、ホッカイロみたいに亮平をあたため、心も一緒に温かくする。
元気を分けてもらってるのは、どちらかというと自分の方だと、亮平は思った。でも、そんなこと、口が裂けても恥ずかしくて言えない。
ゆっくりと身体を離すと、蓮はニカッと笑う。
「亮平、見てて。俺、絶対にゴール決めるから」
「うん」
当時の蓮は、初心者にしては上手い方だったけれど、身体がそこまで大きくなくて、チームにも入ったばかりの補欠だった。毎日暗くなるまでボールを蹴って、誰よりも努力していたが、試合に出してもらえて、ましてやゴールをするだなんて夢のまた夢だ。
それでもその時の蓮のまっすぐな瞳と、ゴール宣言は、強い力が込もっていて、思わず信じてしまうような不思議な予感が、亮平には感じられた。
後半30分。
0-0のじりじりするような展開。
レギュラーの6年生が、相手ディフェンダーに倒されて、足を痛めた。
監督に指名され、緊張した面持ちで初めてのピッチに立った当時4年生の蓮は、自分の頬を両手でビシッと叩くと、二回りも大きなディフェンダーに怯むことなく立ち向かっていく。
ルーズボールを脚に引っ掛け、巧みにそれを操りながら、ゴールの見える位置でそのディフェンダーと真っ向から対峙した。
「………!!」
……蓮の周りだけ、時が止まったかと思った。
蓮は、自分に立ち向かってくる、大柄なディフェンダーのタックルを身軽にひらりと躱すと、身体全体を捩るようにして、ゴールの隅に向かい、渾身のミドルシュートを放ったのだ。
うわぁぁぁぁぁ!!!
大歓声とともに、一斉に立ち上がる観客たち。翔太も横で、立ち上がっている。康二は、大きな声でやりよった!と叫び、あれ、うちの息子やねん!!と興奮しながらしきりにシャッターを切っていた。
反対に、ぼうっとしたまま、立ち上がれないでいる亮平。
あまりに見事なミドルシュートに身体が震えて、力が入らなかった。
蓮の放ったボールがゴールネットを揺らした瞬間、大袈裟じゃなく、本当に心臓が止まるかと思った。
蓮に恋をした思い出の中で、最も強烈な瞬間はあの時だ。
今でもあの蓮の残像は、亮平の瞼の裏に色濃く焼き付いている。
その試合を皮切りに、上級生に混じって、スタメンとして活躍する蓮の姿がたびたび見られるようになった。
上達し、身体が大きくなるにつれ、活躍の場は、さらに増えていったが、亮平の心に残る蓮の鮮やかな印象は、あの、ちびっ子だった蓮が、上級生に勝った瞬間だった。
ホイッスルが鳴り、選手が散り散りに分かれていく。休憩に入ったのだと分かったのは、蓮が亮平のところへと駆けて来たからだ。
「今日は見ていってくれんの」
「ん。いつまでも見れるかわからないから」
「え?」
「……なんでもない」
亮平は誤魔化すように笑うと、蓮はまっすぐな目で亮平を見たまま、腕を掴んだ。
「試合が終わったら…」
「?」
「話があるから、待ってて」
グラウンドの方から、蓮を呼ぶ声がする。フォーメーションの確認がしたいからと、マネージャーが声を掛けている。蓮は、そちらに手を振ると、名残惜しそうに亮平を見た。
「高校に行ったって、俺は亮平から離れないから。亮平も俺から離れないで」
「わかった」
夕陽に照らされて、微笑む亮平に、ホッとしたように蓮も白い歯で笑いかける。胸ポケットにしまったままの白紙の進路調査表を、亮平は服の上からぐっと握っていた。
コメント
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どうか2人が上手くいきますように!!!!🖤💚

みちへ。 私、ちゃんと書けてる?不安になって来た💦💦