「さむ……風邪引いたかな…」
家に帰っても、誰もいない。
今までは家に帰ると、母親がいて、笑顔で辰哉を出迎えてくれていた。
辰哉がどんなにめんどくさそうに返事をしても、食卓には、必ず夕飯の匂いもして…。今思えば、重い不自由なお腹を抱えながら、母親は家のことを全部してくれていたんだなと思う。これは、最近父子二人になって初めて気づいたことだ。涼太はまめに家のことをしてくれていたが、やはり日中は働いているため、行き届かないことも多少はあった。協力したくても、辰哉は家事などまるでわからない。随分と甘やかされてきたのだなと自分自身でも思う。
辰哉は、真っ暗な家に入り、玄関に鍵を置くと、そのまま暗い廊下を急ぎ足で進み、二階の自分の部屋へと篭った。
家にどうしても帰りたくない日は、ゲームセンターで時間を潰す。クレーンゲームはもはや、辰哉の特技でもあった。ぬいぐるみを取りすぎて処分に困り、部屋は景品のぬいぐるみでいっぱいだ。
ポケットに入れていたスマホが震えている。
「亮平…?」
沸き立つ心を抑えて、電話に出た。やはり寒気がするので毛布を無造作につかみ、制服のまま、ベッドに横になった。
『あ、ふっか?今、ちょっと話せる?』
愛しい人の声は心臓をどきどきさせた。
低く落ち着いた声。穏やかに喋る彼の声は耳に心地よく、辰哉の心の隙間を優しく埋めていく。
「で、亮平はどうしたいの?」
『わかんない…。俺だって、寂しいし』
辰哉は亮平からの電話に胸を躍らせたが、相談事は蓮とのことだった。
進路に悩み、突然現れた父親とのことで悩み、亮平は困ると、こうしていつも辰哉に相談を持ち掛ける。転校してきたばかりの頃と違って、二人の距離は間違いなく近づいていて、そのこと自体はとても嬉しい。でも、どう距離の縮め方を間違えたのか、辰哉は亮平に蓮の相談をするようにまでなっていた。
亮平は、そうとは気づかずに話に夢中だ。恋敵である蓮すら、辰哉を警戒してくれているというのに。
『ねえ、ふっか。蓮にきちんと話した方がいいかな?高校行かないって』
「………俺だったら、黙っていなくなられたらショックだなぁ」
俺だったら、の部分を少し強調して言ってみる。しかし、亮平はそうとは気づかずに話し続けた。
『やっぱり、そうだよねぇ。蓮に申し訳なくて』
「ん?申し訳ない?」
『うん。だって、蓮は俺がずっとこれからもそばにいると思ってるわけでしょ?普通に高校に行って、一緒に遊んだりしたいだろうし…。もし俺が働き出して、あんまり蓮との時間が取れなくなって、しかも最終的に東京に行っちゃったらやっぱり寂しがるかなって…』
「え?え?」
『それにさ、今後、ふっかと暮らす可能性もあるわけだし』
え?どうなってる?
辰哉は混乱した。かなり前に、勢いで願望を口走ったことを亮平は律儀に考えていてくれたのだろうか。
「あの…それって…?」
『あ。うん。もし、ふっかも家を出るならシェアハウス出来たらいいなって本気で思ってるんだけど。ふっか、東京もいいななんてちょっと言ってたから。俺もそれなら家賃助かるし』
「マジ!?」
思わず毛布を蹴り上げ、起き上がる。
鈍く痛む頭が、急な体勢変化に付いていけず、くらくらとしたが、そんなことどうでもよかった。
「超良い!!!俺、断然東京行く!二人で働いたらあっという間に金貯まるよ。絶対一緒に住もうぜ!!!」
『もう、急に大きな声出さないでよ…』
電話口で苦笑する亮平の声が耳に優しく響いた。
マジか。逆転大ホームランじゃないか。
蓮、悪く思うなよ。
『でも嬉しい。俺もふっかと一緒ならって、勇気出て来た』
「うん!」
ああ、亮平の顔が見たい。一緒にいたら、全力でハグするのに。
辰哉は明日会って将来のことを話そう、なんて少し大人ぶったことを言って、亮平を笑わせ、通話を切った。
蓮に恨まれるかもしれない。でも、恨むなら年の差を恨め。俺は亮平と同い年でクラスメイトなんだぞ…。
ぶるるっと寒さで震える身体に、毛布をまた纏った。 携帯が震え、涼太からのメッセージに目を落とす。
『今夜は遅くなりそうです。大丈夫ですか?』
「余裕!余裕!」
今はただ、この甘美な想いに浸っていたい…。
辰哉は、ぬくぬくとした布団の中で、いつまでも恋愛成就の予感に浸っていた。
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あまずっぺー!

どっちと結ばれるんだ一体…