テラーノベル
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健一が愛人と会うために意気揚々と出かけていった翌朝。
私はいつものように早起きして朝食を作る必要がないことに気づき
ベッドの中でゆっくりと目を開けた。
昨夜、彼が言い放った「女として終わってる」という言葉。
それが、私の中に眠っていたプライドに火をつけた。
(終わってなんかいない。私が私を諦めていただけよ)
私はクローゼットの奥から、数年間放置していた全身鏡を引き出した。
そこに映るのは、色褪せたスウェットに包まれた私。
でも、鏡の中の自分をじっと見つめ直すと、健一の言葉が的外れであることに気づく。
「……スタイルだけは、崩れてない」
家事に追われ、自分の食事を適当に済ませ
掃除や買い物で動き回っていたおかげか、体型だけは20代の頃と変わらず引き締まっていた。
皮肉にも、彼のための献身が、私に「最高の武器」を残してくれていたのだ。
私はその場で、健一との共有口座から自分の口座へ、当面の「美容資金」を移した。
彼が不倫相手に貢いでいる金額に比べれば、これくらい端金だ。
「まずは、この『生活感』を脱ぎ捨てる」
私はその足で、市内でも指折りの高級美容院を予約した。
かつて通っていた場所だが、結婚してからは
「一回一万円以上なんて贅沢」と、駅前の安いカット専門店で済ませていた場所だ。
「いらっしゃいませ。……本日はいかがなさいますか?」
鏡の前に座る私に、美容師が怪訝そうな顔をする。
無理もない。
ボサボサの髪に、300円のヘアゴム。
でも、私は迷わず告げた。
「一番似合う形にしてください。それから、髪質改善のトリートメントも。お金はいくらかかっても構いません」
◆◇◆◇
数時間後───
ハサミの音とともに、健一のために縛り、妥協し続けた過去の髪が床に落ちていく。
丁寧に塗り込まれた薬剤が、パサついた髪に艶を戻していく。
鏡の中に現れたのは、光を反射して天使の輪が躍る、凛とした女性だった。
髪型を変えるだけで、隠れていたフェイスラインの美しさが際立つ。
「……え、お客様……すごくお綺麗ですね?」
美容師の言葉はお世辞ではなかった。
彼の瞳には、明らかに「女」を見る熱が宿っている。
次に私が向かったのは、百貨店の化粧品売り場だ。
「お客様の肌、透明感がすごいですよ。少しケアするだけで輝きますよ」
カウンターでプロにフルメイクを施されると、鏡の中の私は劇的に変化した。
疲れで見えなくなっていた大きな瞳、形の良い唇。
「家政婦」という仮面の下で眠っていた「奈緒」が、ゆっくりと目を覚ましていく。
仕上げに、今の自分に相応しい上質なワンピースを一着購入した。
試着室の鏡に映る私は、もう、あの惨めなサレ妻ではない。
「ただいま」
夕方、帰宅したリビングで健一と鉢合わせた。
彼はスマホを弄りながら「飯は?」と聞きかけ、そのまま固まった。
「……は?お前、まさか俺の言葉真に受けたのかよ。必死で笑うわ」
目を見開き、私を凝視する健一。
驚愕と、わずかな動揺。
私は冷ややかな笑みを浮かべ、彼の横を素通りした。
「今日から別々だって言ったのは、あなたでしょ」
香水の残り香だけを残して自室へ向かう。
背後で健一が呆然としているのが分かった。
これが、最初のステップ。
まずはあなたの「当たり前」を壊し
私という存在を「未知の女」へと書き換えていく。
リベンジの序曲は、まだ始まったばかりだ。
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#大人ロマンス
#サレ妻
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