テラーノベル
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自室に入り、ドアを閉めた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
健一のあんなにマヌケな顔を見たのは、何年ぶりだろう。
「……ふふ」
自然と笑みがこぼれる。
でも、これで満足してはいけない。外見を整えるのは
あくまで復讐のための「武装」に過ぎないのだから。
翌朝、私はさらに気合を入れて身支度を整えた。
20代の頃に愛用していたが、結婚して「派手すぎるから」と封印していた、タイトな膝丈のスカート。
それに、昨日新調したばかりのハイヒール。
カツカツと床を鳴らす音が、私の決意を鼓舞する。
キッチンへ向かうと、そこにはコンビニのゴミを散らかし、不機嫌そうにコーヒーを啜る健一がいた。
「おい、奈緒。昨日のあれ、なんだよ。急に金使いやがって」
健一は私を睨みつけたが、その目は昨日のような軽蔑ではなく、どこか戸惑いが混じっている。
視線が私の脚から、整えられたデコルテへと這うように動く。
「金使いって? 私の貯金を使っただけよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「……ふん、どうせ男でもできたんだろ。ババアがやけになって恥ずかしい」
健一は吐き捨てるように言ったが、明らかに動揺している。
「女として終わってる」とまで言った相手が
自分に媚びることなく、むしろ自分を置いてどんどん綺麗になっていく。
それが彼のプライドを逆なでしているのが手にとるようにわかる。
「勝手に想像してればいいわ。じゃあ、行ってくるわね」
「あ?どこ行くんだよ」
背後で健一が叫んでいるのを無視して、私は家を出た。
向かう先は、昨夜タブレットで特定した愛人の勤め先
健一の会社が入っているビルの、一階にあるカフェだ。
(敵を知らなきゃ、完璧な罠は仕掛けられない)
カフェのテラス席で、私はサングラスをずらし、ビルの入り口を観察した。
しばらくすると、一人の若い女性が談笑しながら出てくるのが見えた。
フリルのついたブラウスに、短いスカート。
甘ったるい香りが漂ってきそうな、二十代前半の女。
名前は確か、里奈
(……あの子ね)
彼女はスマホを見ながら、幸せそうに微笑んでいる。
その画面に映っているのは、おそらく健一とのやり取りだろう。
自分は「本妻」に勝っているという全能感。
若さという武器で、他人の家庭を壊していることへの背徳的な悦び。
隠しきれない優越感が、その安っぽい笑顔から透けて見えた。
「若くて可愛い。……でも、それだけね」
私はコーヒーを一口飲み、冷徹に彼女を分析した。
健一のような浅はかな男を虜にするには十分だが
私という大人の女が本気で仕掛ける仮面劇に、彼女が耐えられるかしら。
その時、里奈が誰かに電話をかけ始めた。
「あ、健一さん? お疲れ様です♡ 今日の夜……えっ、無理? なんで? 奥さんが……?」
里奈の顔が、一瞬で不機嫌に歪む。
健一が私に気を取られて、デートを断ったのだ。
(そう、それでいい。まずは少しずつ、あなたの日常をかき乱してあげる)
私はサングラスを直し、席を立った。
すれ違いざま、私はわざと里奈の視線に入るように、ゆっくりと、優雅に歩いた。
里奈がハッとして、私の背中を二度見するのがわかった。
彼女の目に宿ったのは、明らかな「警戒心」と「敗北感」。
30歳の私が、24歳の彼女を「女」としてのオーラで圧倒した瞬間だった。
帰宅すると、家の中には妙な緊張感が漂っていた。
リビングにいた健一が、私の姿を見るなり立ち上がる。
「……奈緒。お前、今日一日どこ行ってたんだよ」
その声には、執着に似た色が混じり始めていた。
私は何も答えず、ただ艶やかな唇を少しだけ吊り上げて、彼を見つめ返した。
毒を回すのは、まだこれから。
あなたの愛する「若さ」も「家庭」も、私が一つずつ、丁寧に壊してあげる。
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