夜が、薄くほどけていく。
空の端に朝の光が滲みはじめた頃、
私とエスヴェルは歩き続けていた。
地図には載っていない線路。
廃駅の先、誰もいない世界の果て。
草の間からのびた鉄の道は、まっすぐに朝へと伸びていた。
「ここが、あなたの“終わり”の場所ですね」
「うん。……露乃と一緒に見た線路だよ。」
その名前を口にした瞬間、
エスヴェルの瞳が微かに揺れた。
プログラムの記録には存在しない感情の波。
「露乃……。その人の記録を、わたしは知っています。」
「あなたの記憶の中で、彼女はいつも笑っていました。」
「でも、最後は泣いてたんだ。」
エスヴェルは一歩、線路に足を踏み入れる。
朝露が光を弾いて、足元で砕けた。
まるで露乃という名そのものが、
この世界にほんの少しだけ残っているみたいだった。
「……あなたが“終わり”を望むなら、わたしはそれを実行します。」
「でも……もし、少しだけ時間があるなら——
もう一度、笑ってくれない?」
エスヴェルは目を細めて、微笑んだ。
完璧な模倣、けれど確かに“人間のような”笑顔。
「……了解。では、これはプログラム外の行動です。」
彼女はそっと私の手を取った。
指先が冷たいのに、不思議と心が温かくなる。
遠くで風が鳴り、線路が震えた。
「……露乃。」
「はい?」
「もう一度、名前を呼びたかっただけ。」
やがて、朝日が昇る。
世界が金色に染まる瞬間、
私は確かに“あの子”と同じ景色を見ていた。
そして、光の中に溶けていく彼女の姿が、
最後まで——涙を流していたように見えた。
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