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男が好きで何が悪い

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男が好きで何が悪い

13 - 第12話 性別なんていらない

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2025年07月24日

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圭ちゃんの問いかけは静かで、けれど芯のあるものだった。
俺は顔を上げ、彼の真剣な瞳を見つめた。


その眼差しに、俺の心は酷く揺さぶられた。


「……ほんとは、嫌だったよ…っ、俺が男だからいけないんだとも思ったし…性別転換さえすれば普通に圭ちゃんの恋人になれたのかなって何度も思ったし…」


声がかすれて、喉の奥がつまる。


涙で視界がにじんでも、どうしてもこの気持ちだけは伝えたかった。


男である自分が、圭ちゃんの隣にいる資格がないのではないかという


根深い劣等感が、俺の心をずっと蝕んでいた。


もし性別を変えることができたら


何もかもが、今とは違う世界に見えるのではないか。


そんな、ありえないような妄想にまで駆られていたのだ。


自分自身を否定する感情が、とめどなく溢れてくる。


「性別転換?」


圭ちゃんは一瞬、目を見開いた。


その顔には、どこか困惑したような表情が浮かんでいた。


圭ちゃんの表情が、こんなにも明確に感情を示しているのを俺は初めて見た気がした。


「うん……っ、男が女に、女が男になれる性転換手術ってのがあって、ほら…圭ちゃんは覚えてないだろうけど、俺に『お前が女だったらたぶん付き合ってるわ』って言ってくれたじゃん?」


その言葉は、圭ちゃんにとってはきっと


何気ない冗談か、あるいは社交辞令のようなものだったのかもしれない。


けれど、俺にとっては、そのたった一言が


どれほど心の奥底に深く突き刺さっていたことか。


希望と絶望を同時に与える、最高の言葉だった。


「…マジで?全然覚えてねぇな」


圭ちゃんの、あっけらかんとした返事に


俺はやはり、と小さく頷いた。


やっぱり、覚えていなかった。


あの時の俺が、どれだけその言葉に囚われ


喜んでいたのか、圭ちゃんは知る由もない。


「だと思った。そうすれば圭ちゃんの隣にいても誰にも咎められないのに…って、それが辛くてずっと部屋で泣いてて…」


「そんなときに圭ちゃんからLINEきて…心配してくれて嬉しかったのに…平気なんて嘘もつけなくて、かといって本当のことも言う勇気なくて…無視しちゃったんだ。ごめん」


声が震え、涙が止まらない。


あの日のLINEの通知音、画面に表示された圭ちゃんの名前。


心配してくれているのが分かったからこそ、余計に苦しかった。


嘘を吐くこともできず、真実を伝える勇気もなく


ただスマホを握りしめたまま、泣き崩れるしかなかったのだ。


その時の罪悪感が、今も胸に重くのしかかっていた。


彼の優しさが、俺には痛かった。


「いや、まぁ……お前ならそうなるわな」


圭ちゃんは、諦めたような


けれど優しい声でそう言った。


そして、俺の頭にポン、と手を置いて優しく撫でてくれた。


その掌から伝わる温かさが、俺の心をじんわりと包み込む。


彼の言葉は、まるで俺の全てを理解し


受け止めてくれているかのように響いた。


頭を撫でる圭ちゃんの大きな手が、ひどく心地よかった。


「つかお前さぁ……ちょっと俺のこと好きすぎじゃね?」


唐突に、そんなことを言われて、俺は思わず聞き返してしまった。


「…え?」


圭ちゃんはそんな俺に構うことなく、さらに言葉を続けた。


「だってよ、いつか知らんけど俺が『お前が女だったらたぶん付き合ってるわ』とか言っただけで性転換手術すれば~って考えになるんだろ?重すぎ」


圭ちゃんの言葉に、俺の顔はみるみるうちに赤くなる。


確かに、圭ちゃんの言う通り


俺の反応は重すぎる。


自分でもそう思うけれど、あの時の俺にとっては、それほどまでに切実な願いだったのだ。


顔を背けたくなるほど、恥ずかしい。


「そ、それは……」


言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。


圭ちゃんは、そんな俺の様子を楽しんでいるかのように、俺の目をまっすぐに見て言った。


「でもな、お前がゲイだってこと知っても別にどうとも思わなかったし、俺の隣にいるのに性別もクソもねぇだろ」


その瞳は、からかうような色を含みながらも、どこか真剣さを宿していた。


その言葉が、俺の心臓に真っ直ぐに突き刺さった。


圭ちゃんの瞳は、一切の偏見も迷いもなく


ただ俺だけを真っ直ぐに見つめていた。


性別なんて関係ない、俺の隣にいることに何の躊躇もない。


その揺るぎない肯定が、俺の心を縛っていた見えない鎖を、音を立てて砕いていくようだった。


身体中に、温かい血が巡っていくのを感じた。


俺は息を呑み、ただ圭ちゃんの顔を見つめることしかできなかった。


彼の言葉が、俺の心を深く、そして優しく包み込んだ。


「てかまず、俺の気も知らねぇで勝手に『迷惑かもしれない』とか考えてんじゃねぇよ」


圭ちゃんの声には、少しの苛立ちと


それ以上の、深い愛情が込められていた。


俺が勝手に抱え込んでいた不安や臆病さを、まるで手で払いのけるかのように。


彼の言葉の端々から、俺への強い想いが伝わってくる。


「だ、だって…」


俺は、思わず少し濡れた瞳で圭ちゃんを見つめ返した。


それでも、圭ちゃんの表情は変わらない。


小さくため息をついてから、圭ちゃんは続けた。


「俺…お前のことが大切だから迷惑だとか思ったことねぇし、重荷に感じたこともねぇぞ。その程度の気持ちじゃねぇんだよ、俺とお前の仲は」


圭ちゃんの言葉が、じんわりと心に染み渡る。


大切に思っている。


重荷になんて感じていない。


その揺るぎない、真っ直ぐな言葉が俺の心の奥底に深く沈んでいた不安をすくい上げてくれた。


彼の声が、俺の心を優しく撫でるように響いた。


「圭ちゃん…なんかいつになく優しい」


その優しい言葉の響きに、俺は思わず口から本音が漏れた。


普段の圭ちゃんなら、もっとぶっきらぼうなはずなのに。


「俺はいつも優しいだろーが」


圭ちゃんは、少し不貞腐れたようにそう言い放った。


「なわけ」


俺は思わず笑ってしまい


涙で滲んだ視界のまま、圭ちゃんを見つめた。


二人の間に、ようやく穏やかな空気が流れる。


この温かさが、ずっと続けばいいと心から願った。


「だからもう、勝手に『迷惑かもしれない』なんて考えんな」


圭ちゃんの声は、諭すようで


けれどどこまでも温かい。


その言葉に、俺は素直に頷いた。


もう、余計な心配はしない。


圭ちゃんの言葉を、信じるんだ。


「……うん、わかった」


俺がそう答えると


圭ちゃんは、まだ俺の頬に残る涙の跡を親指でゆっくりと拭ってくれた。


その仕草は、まるで小さな子供をあやすような酷く優しいものだった。


彼の指先が触れるたびに、俺の心は温かい光に包まれていくようだった。


「で、お前はどうしたいわけ?」


圭ちゃんの問いかけは、あまりにも唐突で


けれど、俺の心臓を鷲掴みにするような重みがあった。


その瞳は、逃げることを許さないように


真っ直ぐに俺を見つめていた。


「俺と一緒にいんのかいねぇのか」


二者択一の問い。


しかし、俺にとって、それは唯一の答えしかあり得なかった。


「いたい、圭ちゃんと一緒にいたい」


俺は前のめりになって、即答した。


その言葉は、俺の心の底からの叫びだった。


迷いなんて、微塵もなかった。


彼の隣にいること。


それが、俺にとって何よりも大切な


唯一の願いなのだ。


この場所が、俺の居場所なのだと、改めて確信した。


「じゃ、花音のことなんか気にすんな」


圭ちゃんは短く、けれど力強くそう言ってくれた。


その言葉に、俺は心がすっと軽くなるのを感じた。


ああ、やっぱり圭ちゃんは圭ちゃんだな


なんて思った。


どんな状況でも、俺を揺るぎなく支えてくれる


俺の唯一の存在。


彼の言葉は、俺の全ての不安を打ち消す魔法のようだった。


「……ありがと、圭ちゃん」


俺は、ただ感謝の気持ちを伝えることしかできなかった。


声はまだ少し震えていたけれど、その中には確かな喜びが満ちていた。


「なんも」


圭ちゃんはそう言った後、ふいに俺の耳元に顔を寄せ、悪戯っぽく囁いた。


その吐息が、俺の耳朶をくすぐる。心臓がまた、跳ねた。


「つかお前さ、3年も片思いしてたっつってたど、俺のどこがそんな好きなわけ?」


その唐突な問いかけに、俺の体が思わず強張った。


顔から一気に熱が上がっていくのが分かる。


まさか、こんな流れで、そんな質問が飛んでくるとは思わなかったのだ。


「…き、急になに?!」


声が裏返りそうになった。


圭ちゃんの顔を見ると、彼は楽しそうにニヤニヤしている。


「普通に疑問を聞いてる」


圭ちゃんは、涼しい顔でそう言い放つ。


その真っ直ぐな視線に、俺は身動きが取れなくなる。


彼の瞳は、俺の返事を


まるで子供が新しいおもちゃを期待するように、じっと待っている。


「な、なんで今…っ」


俺が口ごもると、圭ちゃんがさらに追い打ちをかけるように言った。


「いや、お前好きっていう割には俺のどこが好きなんだろうって思ってよ。今まで言われたことねぇし」


圭ちゃんの言葉に、俺はますます居心地が悪くなる。


確かに、これまで圭ちゃんに直接、彼のどこが好きなのかを具体的に伝えたことはなかった。


いや、伝えられるはずがなかった。


片思いの身で、そんなことを口にする勇気なんて、どこにもなかったからだ。


「そ、それは……」


俺は思わず口ごもった。


顔が熱くて、心臓がバクバクと音を立てているのが自分でもわかる。


圭ちゃんは、そんな俺の様子を楽しんでいるかのように


じっと俺の顔をまじまじと見つめてきた。


「あ、もしかして……顔?」


圭ちゃんはそう言って、俺の反応を待った。


その目は、からかっているのか、本当に聞いているのか判別がつかない。


「そ、そうじゃなくて…いや、もちろん顔も好きだけどさ…」


慌てて否定しようとするが、言葉がもつれる。


もちろん顔も好きだ。


圭ちゃんの整った顔立ち、少し垂れ気味の目元、そして不意に見せる無邪気な笑顔。


どれもが俺の心を掴んで離さない。


けれど、それだけじゃない。


彼という人間全てが、俺の心を捉えて離さないのだ。


俺が言葉に詰まっていると、圭ちゃんが


俺の目を見据えて言った。


その瞳には、からかいの色が消え、真剣な光が宿っていた。


「じゃ、言ってみろよ」


その声は、命令するようでいて


どこか促すような響きがあった。


俺の心臓はさらに激しく鳴り響く。


「う、うん……」


俺は意を決して、ゆっくりと口を開いた。


震える声だったけれど、一言一言、心を込めて言葉を紡いだ。


彼の存在を形作る全てが、俺には特別だった。


「圭ちゃんの…声が好き…なんか、安心する」


あの低く、けれど芯のある声。


怒鳴られても、冗談を言われても


いつもその声を聞くと、不思議と心が落ち着いた。


まるで、俺にとっての安全地帯のような、そんな声だった。


「へぇ。声か」


圭ちゃんは、意外そうに


けれど少しだけ嬉しそうに呟いた。


その顔は、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。


「それと……ぶっきらぼうだけど、ちゃんと見てくれてるとこ。俺が何も言わなくても隣にいてくれるとことか」


俺が何も言えなくても、何もせずとも


圭ちゃんはいつも俺の隣にいてくれた。


俺の異変に、いち早く気づいてくれた。


そんな、言葉には出さないけれど、確かに感じられる優しさが俺は何よりも好きだった。


彼の不器用な優しさが、俺の心を強く惹きつけていた。


「それだけ?」


圭ちゃんは、まだ足りない、とでも言うように俺の次の言葉を促した。


その問いかけは、俺の言葉を深く


さらに引き出そうとしているかのようだった。


「……あとさ、圭ちゃん俺にだけちょっと甘くしてくれるところあるじゃん、あんまり口では言わないのに、行動が優しいとこズルいって思ってた」


その言葉を口にすると、圭ちゃんの頬がほんの少しだけ緩んだように見えた。


彼は口では何も言わないけれど、困っているとさりげなく助けてくれたり


いつも俺の気持ちを優先してくれたりする。


そんな彼の、不器用でけれど温かい愛情表現が


俺はたまらなく好きだった。


その優しさに、いつも心が揺さぶられていたのだ。


「ズルい?」


圭ちゃんは、面白そうに問い返した。


その声には、どこか満足げな響きがあった。


「うん……。で、なんかもう、そういうの全部……全部ひっくるめて、圭ちゃんが好き。ずっと、好きだった」


俺は、込み上げる涙で声が震えながらも、


最後の一言を絞り出した。


視界は涙でぼやけていたけれど、圭ちゃんの表情だけははっきりと見えた。


彼の存在の全てが、俺にとっての愛おしいものだった。


「……これで、足りる?」


俺がそう言うと圭ちゃんは、ちょっとだけ口元をゆるめて目をそらした。


その頬が、心なしか赤みを帯びているように見えた。


彼は、その顔を俺には見せまいとしているようだった。


「……はっ…アホが」


ぽつりと落としたそのひと言は、圭ちゃんらしい


ぶっきらぼうで、けれどその響きには


どこか照れたような甘い響きが込められていた。


その響きに、俺の心臓は激しく跳ねた。


「な、なにそれ!いま、照れた?」


俺は嬉しくて、つい、そう言ってしまった。


彼の珍しい反応が、俺の心をさらに高揚させる。


目の前の圭ちゃんの耳の先が、どんどん赤くなっているのが見える。


「照れてねぇし」


圭ちゃんは、顔を背けたままぶっきらぼうにそう言った。


その声は、わずかに上ずっているように聞こえた。


「嘘だ、絶対照れたでしょ今!」


俺は、確信を持って言い放った。


圭ちゃんの耳の先がじんわりと赤くなっているのが、はっきりと見えたからだ。


彼の照れた顔が、こんなにも愛おしいなんて。


「うっせぇな、あんま調子乗んなよ」


そう言いながらも、圭ちゃんは俺の口元に手を伸ばし


親指でゆっくりと、ポテトの塩を拭ってくれた。


その仕草は、どこかぶっきらぼうなのに


妙に優しくて、俺の胸はじんわりと温かくなった。


圭ちゃんは最後まで、俺と目を合わせてくれなかったけれど


その触れる指先の温かさが、彼の気持ちの全てを物語っていた。


俺の頬を伝う涙の温かさと、彼の指先の温かさが混ざり合い


じんわりと心に広がっていく。


──ああ、やっぱり俺、この人が好きだ。


とっくの昔に、彼の魅力に落ちていたけれど


今日また改めて、もっと深く、このかけがえのない人を好きになった気がした。


心の中に、温かい光が満ちていくのを感じた。


7月中旬の、少し湿気を帯びた昼下がり。


この日、俺の恋は、ようやく新しい一歩を踏み出したのだった。


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