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家族に忘れられてから1週間、私はまたネットカフェ生活になった。
シャワーとコインランドリーと自販機とWi-Fiがあるだけの小さな空間。
そこは、どこにも居場所がない“わたし”にとって、最後の避難所だった。
毎日、同じようにSNSを開いては閉じる。
「柊木ひより」の名前でバズっているのは、“あの子”だった。
(わたしは、どこにいた? わたしって……誰だった?)
──“証拠”を探さなきゃいけない気がした。
かつてのアカウント、メッセージ、日記、バックアップ。
でも、開けば開くほど、“あの子”に書き換えられていた。
写真も、文章も、言葉づかいすら、なぜか“自然”に見えてしまう。
(これ、私の言葉だった? それとも……)
指先が震えた。
“柊木ひより”という存在の全部が、“私じゃない誰か”になっていた。
コンビニの前を通りかかったとき、偶然、父とすれ違った。
向こうも一瞬立ち止まり、私を見た。
でも──その目は、完全に「他人」を見ていた。
「……あれ、すみません」
とだけ言って、通り過ぎていった。
家族ですら、私を知らない。
(この世界に、“私を知る人間”は、もういないのかもしれない)
翌日。意を決して、最後の希望を求めて学校に戻った。
校門をくぐると、生徒たちの視線が一斉に向く。
でも、その中に「知ってる」という目は一つもなかった。
教室に入っても、誰も声をかけない。
担任が出席を取り始めた。
「……じゃあ、ひよりちゃんは今日も別室かな」
「昨日、TV収録だったらしいですよ〜!」
「あの笑顔マジで無敵すぎるよな〜!」
笑いが起きる。
私のことを、誰も“私”と認識していなかった。
机の隅に、小さな名前の彫り跡があった。
かつて私が掘ったもの──でも、もうそこには違う名前が上書きされていた。
「誰……だったっけ、この人?」
ふと、前の席の女子が私を見てつぶやいた。
「なんか……似てる人、いたような?」
「え、でもあの子じゃないよ。ちがう顔だし」
──私は、ついに完全に「存在しない人」になった。
夕方、ひとりきりの帰り道。
スマホに、通知が届いた。
《“柊木ひより”の新着動画:100万回再生突破!》
タイトルは「笑ってよ、ひよりちゃん♡」
“私の顔”で、“私の声”で、他人が笑っていた。
わたしの記憶を、思い出を、名前を、
この世界のどこかで“誰か”がすべて奪っていった。
そして今、“私”は、どこにもいない。
──存在の痕跡がすべて消えた、
この世界で。