第3話:幻の森
次の土曜日、彼らは再び眠りに落ちた。
目を開けた瞬間、そこは湿り気の濃いジャングル。天蓋のように葉が重なり、陽光は細い筋になって差し込む。湿った土の匂い、絡みつく蚊の羽音。砂漠とは正反対の戦場だった。
「……また別の場所か」
遠藤 蓮は額の汗を拭い、視線を巡らせた。
仲間たちも周囲に姿を見せる。
相原 凛は茶色のショートボブを湿気で張りつかせながら、水色のシャツの袖をきつく結び直していた。
高城 翔はTシャツを脱ぎ、鍛え上げた上半身を剥き出しにして、両拳を固める。
真田 玲央は丸眼鏡に曇りを拭き取りつつ、低い声で「視界が悪い。罠に気をつけろ」と呟いた。
森下 瑠衣はスポーツウェアを泥で汚し、ジャングルの獣のように身をかがめていた。
そのとき、女の声がした。
「森は……嘘をつくの」
木々の間から現れたのは霧島 静。
長い黒髪を腰まで垂らし、紫のワンピースをまとった女。微笑む口元と、異様に澄んだ瞳が不気味に輝いていた。
次の瞬間――森が変貌した。
樹々の影が人の形をとり、幾人もの“偽物の参加者”が歩き出す。枝葉が刃に変わり、幻の虫が耳元で羽音を響かせる。
「くそっ、どれが本物だ!」
翔が拳を振るう。だが殴り抜けた相手は幻影で、霧散するたびに土埃が舞った。
蓮の視界に、凛が背後から襲われる光景が映った。
「凛、避けろ!」
しかし刃のような幻影が彼女の腕を裂いた。鮮血が飛び散り、凛は呻き声を上げて倒れ込む。
「凛!」
蓮が駆け寄ると、凛は震える手で自らの腕を抑え、必死に応急処置を始めていた。
シャツを裂き、布をきつく縛り、血を止める。茶色の髪が額に張りつき、歯を食いしばる表情は決意に満ちていた。
「まだ動ける……みんなを、守る……」
霧島の幻覚は止まらない。
玲央が叫ぶ。「本物は一人だけだ! 残像に惑わされるな!」
その言葉に応じ、瑠衣が低く走る。軽やかな跳躍――本物の霧島の影に蹴りを叩き込んだ。
「っ!」
霧島はよろめき、幻影が一斉に崩れ落ちる。森の静けさが戻ると、彼女は紫の裾を翻し、唇を吊り上げた。
「いいわ……次は、もっと深い悪夢を見せてあげる」
血に濡れた凛の腕が震え、仲間の心臓は鼓動を早めていた。
森の中、誰もが理解する――ここからが本当の地獄だと。
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