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膳に、いく皿かの料理を乗せ、月子が居間に現れた。
その後ろから、お咲も膳を持って、ご機嫌な様子で着いて来る。
「お咲!落とすなよ!月子ちゃんも、無理するな。歩けんのだろ?!」
中村が慌てて立ち上がると、月子から膳を受け取った。
「ああ!そ、そうだった!月子、まだ、足が完全じゃないだろう!」
岩崎も、立ち上がる。
「大丈夫ですよ、これぐらいのお運びなら」
朗らかに月子は言った。
「へぇ、うまそうだなぁ」
受け取った膳を見て、中村が嬉しげに言う。
「あっ、中村様。そちらは、旦那様のお食事で……」
お咲が運んで来たのが、中村の食事らしいが、差をつけられたと中村は、ぷうと頬を膨らませる。
「えー?月子ちゃん、岩崎をひいきするって、どうゆうことだよー!」
「え、え、あの、それは、旦那様は、お体が大きいのと、そ、それと、お髭が邪魔をするので……」
「はあ?!髭?!」
月子の答えに中村は、すっとんきょうな声をあげ、お咲から膳を受けとろうとしていた岩崎は、動きを止めて口髭を触った。
「え、あ、あの、その、お汁粉が、お髭に……」
「汁粉?!」
中村が、ますます不審な顔をした。
岩崎は、よく食べるので中村の物よりも料理を多めに盛り付けた。そして、髭を汚してはいけないので、汁物は省いたと月子が白状する。
言われて、中村は、料理の量を見比べ、そして、岩崎の髭を見た。
「量は確かに違う。というか、汁粉って、なんだぁ?!髭とどう関係あるんだよ?」
中村の雄叫びに、岩崎はちらりと月子へ視線を移す。
「い、いや、月子、別にそこまで気を使わなくても……汁粉は汁粉だからして……。中村、その膳はお前が食べろ」
岩崎は、中村へ言うとお咲から膳を受け取り腰を下ろす。
中村は納得いかない顔をしつつも同じく腰を下ろして、膳を凝視した。
「……赤飯、カブのなます、青菜の胡麻和え、茄子の煮浸し……なんか、旨そうじゃないの!!茄子の上に、辛子がちょこんと乗っかってるのが、また技が効いてて、たまらんなぁー!岩崎!食べよう!!」
中村は、手を合わせると、箸を取り茄子を口にした。
「うめぇーー!!」
顔をほころばせ、中村が叫ぶ。
「……あの、お赤飯は昨日の祝い膳の残りで……申し訳ありません。ちゃんと蒸し直しましたから食べられると思います」
昔ながらの、土間に座り込み、火吹き竹で火を起こす竈《かまど》しか使ったことがなく、岩崎の家にある瓦斯《ガス》の火加減になれていないので、たいした料理ができなかったと月子は申し訳なさそうに言った。
「何いってんの!月子ちゃん!うめぇーーよ!うめぇーー!!岩崎も、早く食え!!」
赤飯をかき込みながら、青菜に茄子になますにと、箸を付けていく中村を横目に岩崎は微動だともしない。
「あの、旦那様……お気に召さなかったでしょうか……」
顔を曇らせる月子へ岩崎は、険しい顔を向けた。
「月子。自分の膳はどうした?!」
半ば怒鳴られる形になり、月子は、小さくなりながら、台所──、奥向きでお咲と済ませるつもりだと答えた。
「そんな、遠慮はするなっ!赤飯は、あまり、残っていなかったろう?!私達だけに出しているのではないのか?!」
岩崎の追求に、中村も箸を止めて月子を見る。
「そりゃだめだ!月子ちゃん!おれは、突然押し掛けて来ただけだ!すまん!気を使わせすぎた!!」
箸を置いた中村は、月子へ向かって深々と頭を下げる。
その様子に、月子は、さらに小さくなった。岩崎の言う様、お咲に食べさせると月子の赤飯はない。しかし、おかずがある。それで、十分だと思っていたのを岩崎に読まれてしまった。
気まずい空気が流れかけた時、
「月子、私の膳を中村へ包んでやってくれないか?中村の下宿は、賄いが付いてないのだ」
お前の夕飯にしろと、岩崎は中村へ言った。
「……私達は、外へ食べに行けばいい。演奏会の事情が変わった。ゆっくりできるのは、今日までだから……」
申し訳なさそうに言う岩崎の脇で、中村が更に頭を下げる。
賄いのない下宿では、確かに食べるものに困るだろうと月子も岩崎の言いたいことを理解し、承知したと中村へ向けて微笑んだ。
「わちゃー!そんな可愛い顔向けられたら、照れるなぁ!って言うか、月子ちゃん!岩崎が嫉妬するぞっ!」
中村は、岩崎の心遣いへの照れ隠しからか、おどけて見せるが何か思い出し、そうそう!と叫ぶ。
「月子ちゃん!さっき、何、笑ってたんだ?お咲が唄ってたようだったけど?」
「あっ、そ、それは、お咲ちゃんが……」
月子は、笑い声が居間にまで届いていた事に恥ずかしさを覚えて俯く。
すると、
「お咲がお手伝いしながら、唄った!かあちゃんに教えてもらった、桃太郎、唄ったーー!」
お咲が、嬉しそうに言った。