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思わず見惚れているうちに、小さなカクテルグラスに可愛い白桃色のカクテルがそそがれる。
そして、別のグラスにはゴージャスな黄金色のカクテルを。
わたしに白桃色のグラスを渡すと、課長は黄金色のグラスをそっと目の前にかかげた。
オレンジの灯りとあいまって、それは深みを増した魅惑の色に変わる。
課長の瞳と同じ、キャラメル色に。
やっぱり完璧だ。
いったいどれだけの女の人が、こうしてカクテルを作ってもらって、彼に心を奪われてしまったのかな…。
「じゃあ、今日の再会を祝って」
乾杯
とグラスを鳴らして、そっと一口。
美味しい…。
ストロベリーの甘さが口いっぱいに広がるほどに芳醇としているのに、あっさりしていてとても飲みやすい。
「どう?」
「とっても美味しいです。カクテルを作れるなんて、すごいですね」
「すごくなんかないよ。分量さえきちんと守れば、それなりに飲めるものは作れる。キミの料理に比べたら大したものじゃないさ」
「そんな…わたしの方こそたいしたもの作ってないですし」
「料理は誰かにならったの?」
「あ、はい。実家のおばあちゃんに。わたしの家、両親が共働きでお料理はいつもおばあちゃんが作ってくれてたんです。
やさしいけど厳しいおばあちゃんで、『女の子はまずは料理だ』って小さい頃から手伝いも兼ねて教えられました。おかげで一人暮らしをはじめた時も、困ることは全然なかったですけど」
「いいおばあちゃんだね。…そっか、だからか」
「?」
「おにぎりでも思ったけど、なんというかキミの作ったご飯って味の他に温かさを感じさせる気がするんだ。たぶん、「家庭の味」って言うんだろうね。俺にはけっこう新鮮なんだ。そういうのを知らずに育ったから」
どういう意味だろう。
怪訝に思うと、課長はテーブルにカクテルを置いて、思い出すように続けた。
「俺には家庭の味を作ってくれる親がいないんだ。母親の母国のアメリカで生まれて、何歳かまでは母とそこで暮らしていたんだけど、小さい頃に母が亡くなってね。日本に来たのは、そのあと父が引き取ってくれてからだったんだけど、暮らしたのは施設だった。だから家庭の味らしいものを食べたことが無いんだ」
淡々と語るけど、意外すぎる話だった。
天使のように可愛かったにちがいない子供の頃の課長。
美男美女のご両親に囲まれて、絵にかいたように幸せな家庭で育って…ってイメージが、おどろきとともに消えた。
施設にいたってことは…お父さんはどうしたんだろう。
けど、とても聞けそうにない。
ひょうひょうとしているけど、意外に苦労を知っているのかもしれないな。
「だからかな。キミの料理に感じる『温かさ』に惹かれてしまったのは。さっきも美味しかったな。家庭のオムライスって、あんなカンジだろ。お店のみたいにふわトロじゃなくてさ、ぺろんと一枚乗ってるだけの素朴な感じで。うれしかったな」
「そ、そんな風に言っていただけて、こっちこそうれしいです…!…わたし、取り柄ったらこれくらいしかないですし、ご存じの通り仕事はできないし、先輩からはグズ扱いされるし…ほんとにダメな社員だから…っでっ!!」
急に脳天にチョップを食らった。
「いたーい!もうちょっとでカクテルこぼすところでしたよー!」
「まだ新米のくせに、ダメな社員とか言うな」
「そう名付けたの課長ですよぉ」
「…あれは…からかっただけ。キミへの叱咤激励」
って言うけど棘しか感じない言葉でしたよ?
わたしだって頑張ろうとしていたのに、ダメダメって連呼したのはそっちでしたけど!
と、じっとりとした目でにらむと、課長は墓穴を掘ったかのように口を濁した。