テラーノベル
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それから一週間が経過し、停学中だった飯田も普通に登校してくるようになったものの
特に絡んでくることも無くなった。
たった一週間停学処分をくらったぐらいで
変わるほど人間が器用にできている
とは思えないし
僕になにかすると、また沼塚があのときのように突っかかってくるかもしれないから面倒
といった理由だろう。
まあ、それは僕にとって好都合だったし。
平和なのが1番だ
沼塚にも絡む様子は無いし少し安堵した。
そして今は、と言うと。
「ねね、奥村って生物基礎得意?」
「え、生物なら、まあ、ほかの教科よりはできるけど…」
朝のHR終了後、学習係が生物担当の先生から頼まれたテスト対策プリントを配っていて
自席に着くなり先に自席に着いていた沼塚が僕の机に肘を着いて
ガチ恋距離でそんなことを聞いてきたので
ポロッと素直に答えると
「じゃ、じゃあ…!今週、放課後とかちょっと残って教えてくれない?」
「えっ、なんで僕?暗記が得意ってだけで教えるの上手いとかもないし…」
「お願い!帰りになんか奢るから!」
そう言って眉を八の字にして両手を合わせて頼んでくる沼塚
そんなに懇願されると断るわけにもいかなくて
「僕でいいなら…教えるけど」
「ほんと!?ありがと!」
嬉しそうに笑顔を見せる沼塚に思わず顔が熱くなるのを感じて
少しその感覚が不思議に感じていると
「じゃ、じゃあ…今日から放課後勉強ってこと……?」
と聞くと、コクコクと頷かれるので
テスト範囲をもう一度確認してノートにまとめないといけないなと思う。
そしてその日の昼休み
前の席の沼塚が僕の方に振り返って
「奥村~弁当食べ」よ、という声を遮って
教室の入口の方から聞き覚えのある女の子の
「朔~弁当食べよー!」という声が響いて聞こえた。
それに続いて女の子の方に目線をやって
「おー、茜?」という沼塚。
(…あ、確か沼塚のことが好きな子、だったっけ)
すると、彼女は教室に入って来て
沼塚を見つけるなり
女の子らしい可愛いキャラクターが散りばめられたランチバッグを両手に抱えて駆け寄ってきて
横の僕にも視線を向けて
「えっと、確か朔とよく一緒にいる…」と言ってきたので
流れで「お、奥村です」とつい敬語で返してしまう。
それに返答するように名前を名乗る彼女に
「茜さんだよね?」と言うと「あ、知られてる?」と目を見開いて聞かれるので
咄嗟に「新谷たちから、少し」と答えれば、彼女は察したのか
ニコッと笑って「そかそか~、気軽にあかねって呼んで!よろしくね」と言うので
少し緊張しながらも「うん、よろしく」と言うと
「てか、茜、昼なんだけど今日は奥村と食べようかと思っててさ」と沼塚が切り出すので
「……ちょっと沼塚!」と、茜に背を向けて耳打ちをする。
「え、なに?」
「せっかく誘ってくれてるんだよ?二人で食べてきなよ!」
「えー、奥村の弁当つまみ食いしたかったのに」
「いやそれが狙いなら尚更茜ちゃんのところ行って」
そんな会話に茜が後ろから「二人ともなに話してるの?」と聞いてくるので
僕は慌てて彼女の方を向いて口を開く。
「……えっと……僕、最近いつも沼塚と昼食べてて……だから今日は幼馴染同士二人で食べたらどうかなって」
すると茜は少し照れくさそうに笑って
「奥村くん優し!いいの?」と僕の方を向いて言うので僕は思わず視線を逸らすように頷く。
すると彼女は嬉しそうに笑ってから
「じゃー遠慮なく!」と言って、沼塚の手を掴んで引っ張るが
沼塚は驚いたことに
「じゃ、3人で食べれば良くない?」と
あっけらかんとした顔で言うでは無いか。
「え!?いやいや…それはさすがに!」
(沼塚ってば、本当に女の子と恋愛する気ないって感じ…茜ちゃん可愛いし、誰でも好きになりそうなのに、幼馴染だからなのかな……)
慌てて言う僕に沼塚は至って真面目な顔で
「なんで?いいじゃん3人で」と言うので
茜は少し考えるような素振りを見せてから
「朔がそう言うなら…奥村くんもそれでいい?」と口角を上げて可愛く首を傾げて言うから
二人が言うならいいのかな、と思い
僕は大丈夫だよ、と答えた。
内心、女の子とこんな間近で話すのが久しぶりで
それが悪意もない者だから
変に気を使って、沼塚のことが好きなら恋のキューピットみたいなことをしようと思ったが
それは沼塚の一言で打ち砕かれた。
一瞬残念そうな表情を見せた茜ちゃんに
(笑ってるけど、絶対僕邪魔だよね…)
と、少しの申し訳なさを感じた。
そんなこんなで3人で隣の空き教室まで移動し
机を対面するような形で二つくっつけ
その横にもう一つ机をくっつけると
沼塚と茜が対面するように座り、
僕がその横に座った。
二人を横目に僕は自分の弁当箱の蓋を開けた。
同じく茜も弁当箱を机に広げるなり
目の前で焼きそばパンの袋を開けてそれを頬張る沼塚を見て
「え、朔ってば焼きそばパンだけじゃなくたまごサンドとエクレアまで買ってるじゃん!?デブ活してんねー」と言う。
沼塚は「食べ盛りの男の子なんですー」と返して、
不意に茜の弁当箱に目線をやったあと再び口を開く。
「てか茜ってば今日卵焼き多っ、そんなに好きだったっけ?」
沼塚の言葉に気になって茜の弁当箱に視線を落とすと、確かに卵焼きが六切れほど入っているのが分かった。
「こ、これはちょっと作りすぎただけだし…!」
言いながら恥ずかしげに頬を赤らめて卵焼きを手で隠す。
「ふーん、あ。じゃあひとつくんない?」
「えっ、いい、けど…そんなお腹すいてるの…?」
「なんか最近食欲やばいんだよね、茜のも食べたい」
「…そ、そうなんだ、別にいいよ?」
(すごい、茜ちゃんが沼塚に恋してるの分かりやすいなぁ……)
二人の会話に耳を傾ける。
「それに茜って昔っから料理下手だけど卵焼きだけは美味しいし?何個でも行ける」
「なっ……朔はいっつも一言多いのよ!」
そう言って椅子から立ち上がって前のめりになった茜が沼塚の両頬を両手で掴んで引っ張る。
それに沼塚は「いひゃいいひゃい」と言いながら
頬を掴む手を引き剥がそうとしていて
距離感の近さを目の当たりして思わず固まってしまった。
(沼塚って、こんな一面もあるのか…)
僕の知る限り、沼塚がこんなふざけたり、物理的にも口調的にも距離感が近いのはあまり見たことがない。
でも今目の前で笑う沼塚は本当に楽しそうで
その笑顔に思わずドキッとしてしまう。
いつもの太陽みたいな笑顔とは違って
無邪気な笑顔。
すると茜が「全く…」と言って手を離す。
ぷりっとした表情で椅子に座り直すと
「茜、最近まじで力強くない?と、とりあえずこん中入れてよ」
と、沼塚が焼きそばパンが巻かれていたラップを机に広げて言う。
「ほんと、仕方ないんだから」
と、どこか嬉しそうに顔を綻ばせながら
茜は箸で掴んだ卵焼きを弁当箱から取り出すと
そのラップの上に3つほど卵焼きを置いてあげる。
「さんきゅ!」
そんな会話をしている二人は傍から見れば完全にカップルで
「これで付き合ってないってマジですか?」と
ついツッコミをいれたくなってしまう。
そんな青春の1ページのような光景に目線を外せず固まっていると
「ってごめん奥村くん、うるさかったよね?」
「へっ?あ…いや、全然」
ぼーっと二人の様子を見ていたら突然茜が話しかけてきたのでちょっと声が裏返った。
「てか、奥村くんの弁当美味しそ…自分で作ってるとか?」
「いつもは母さんだけど、今日は仕事でバタバタしてたから…僕が」
素直にそう答えるが、茜の視線と言葉に
恋愛経験の無さと中学時代のトラウマが未だにあってなのか緊張してしまう。
しかし、それに食いつくように
「え、今日の奥村が作ったんだ?」と沼塚までもが聞いてくる。
僕のお弁当はメインがブリの照り焼きで
副菜にミニトマトと水菜のサラダ
甘めの卵焼きに
特製の豚肉としらたきの甘辛炒めが入っている至って普通のものだけど……
そんなことを考えていると横で沼塚が
「色とりどりで如何にも栄養考えられてんのすご」
と僕のお弁当をまじまじと見ながら絶賛してくるので
「…沼塚もたまには作れば?レンチンするだけでも全然パパっと作れるし」と、言い返す。
すると「でも俺が作ったら絶対茶色ばっかなりそうだし、朝早く起きてレンチンするのも面倒だしなー」なんて真顔で言うので
僕は少し呆れながら
「ずっと焼きそばパンばっかじゃ飽きてくるでしょ」と言う。
「奥村、俺の分も作ってくれたりしない?」
「いや、しないから」
「そ、即答?!」
「そういうのは彼女さんとかにしてもらいなよ」
「俺絶賛独身なんだけど~」
「独身なことを絶賛してる人初めて見た」
すると茜がそんな僕らを見てふふっと笑ってから口を開く。
「ふふっ、二人ってなんか猫と犬みたいね」
「「え?」」
僕と沼塚が声を揃えると茜は続けて言う。
「なんか奥村くんは猫っぽいし、朔は犬っぽいなって」
「……それ、前に樹くんにも言われた」
「え、まじ?なんて?」
沼塚が首を傾げるので僕はすかさず言う。
「…久保曰く〝今までそっぽ向いてた猫が懐いたみたい〟だってさ」
「あ~たしかに…最初は話しかけても逃げられてばっかだったし!でもま、趣味が合うって知ってからはちょっと縮まった気するね」
「うわ、朔のことだししつこく追いかけて奥村くん困らせたんじゃない?」
「そ、そんなこと!…いや、ある、か」
「ちょっ、そこは否定してよ奥村!」
「だって実際しつこかったし」
「ふふっ、でも確かに趣味が合うって大事だよね。朔と私なんか合いすぎて逆にキモイぐらいだもん」
「いやそれ、むしろ怖いまであるよ?なぜか趣味とか好きなもの合うの女子の中じゃ茜だけだし」
「へ、へぇ…そうなの?」
無邪気に話す奥村と、それに照れたように笑う茜を見ていると、本当にお似合いだなと感じる。
なんだかそういうオーラがする。
というのも彼女はまさに男子が一度は気になってしまうであろうような女の子で
スタイルもいいし顔立ちも可愛らしい
(……イケメンと美少女、しかも幼馴染同士で会話も弾むとか、いま、僕邪魔すぎない……?)
自分は完全なるモブだな、と
お弁当を黙々と食べ、二人の会話を聞きながらそう思った。
「あ、もうこんな時間か…そろそろ戻んなきゃ」
茜が黒板の右上の丸い時計を見て言う。
それにつられて僕も時計の針を確認すると
もう昼休み終了5分前の時間になっていた。
「そろそろ戻ろっか」と沼塚が言うと
茜と僕はほぼ同時に頷いて空き教室を出た。
3人で廊下に出た途端
校内放送で
「1年B組の学級委員、は至急職員室まで」
と呼び出しがかかり
「あ……俺だ、ちょっと行ってくる!」
沼塚はそう言うと足早にその場を去っていった。
「奥村くん先に戻ろ?」
ぼーっとしている僕に彼女はそう言い
「あ、うん」と二人で歩き出す。
彼女の教室と僕らの教室は一番端から1番目と2番目なので、そこまで横並びで歩いていく。
すると、急に彼女は立ち止まって言った。
「さっきさ、もしかして2人きりにしようとしてくれてた?」
思わぬ言葉に僕の足を止めて振り返り
「えっ、と…余計なお世話だったらごめん。樹くんたちから、ずっと沼塚に片想いしてるって聞いてたから…」
「す、ストップ!余計とかじゃないけど、あんま大きな声で言わないで、ここの廊下響くんだから…」
茜は顔を少し赤らめていて
その目には少し潤った膜が張っているように見える。
そんな様子を見て僕はすぐさまごめんっと言うと
「あっ…このこと、沼塚には内緒にしててね?」
「う、うん、もちろん」
そんな会話を交わした後に茜は僕の横を通り過ぎて自分の教室に入って行った。
(…恋、か…最後に人を好きだって思ったのっていつだったっけな…)
(思い出せないってことは多分だいぶ小さい頃なんだろうな)
そんなことを考えつつ僕も自分の教室に戻った。
その日の放課後───…
生徒が帰った教室の角で沼塚と二人
電気をつけて
互いの机を向き合うようにくっつけて座ると
教科書やノートを開いてテスト範囲の確認をする。
「生物の範囲多すぎ」
言いながら範囲表と睨めっこする沼塚に
うだうだ言わないでやるよっと言って
今日の朝配られた生物基礎のテスト対策プリントを取り出す。
「これやっとけば赤点は取らないって先生も言ってたし」
「赤点っていうか、教室に30位までテストの順位表貼られるじゃん?あれで10位以内入らないとでさ」
「えっ、てことは…親が勉強に厳しいとか?」
「いや、前のテストの結果が微妙でさ、父親が〝次の期末で前回より高い点を残せなかったら強制的に塾に通わせるからな〟とか言い出したんだよ」
「ああ、そういう……え…でも前回…沼塚ってたしか15位ぐらいだったよね?」
「まあ、うん。うちの親ってそーいうとこ拘り強いからさ。」
「そ、それは、きついね」
「でしょ?だから今回は本当に死ぬ気でやんなきゃと思って」
「でも沼塚ってそんなに生物苦手だっけ…?」
「んー、そういうんじゃないけど
なんかやる気湧かなくて、誰かとやったら捗るかなって思って」
「そ、そっか」
と、それらしく返事をしつつ内心は嬉しかった。
僕が頼られているという事実が
友達に必要とされている、ということが嬉しいのだ。
別に特別頭が良いわけでもないのに、僕を頼ってくれるのは悪い気はしなかった。
文句をブツブツ言いつつも二人で勉強を進める。
「奥村、ここなんだけど」
「えっと、そこは…」
僕の言葉で素直に「あーなるほどね」と返事をする沼塚は物覚えが良さそうで
本当に僕必要だったかな、なんて思う。
それから1時間ほど勉強を続けていた
(友達と二人で居残って勉強って、面倒くさいと思ったけど、案外悪くないかも。なんなら、少し楽しい)
そんなことを考えつつ、沼塚に
「とりあえず採点して?間違ってるとこだけ教えて」
とプリントを手渡されたので、解答欄を赤ペンで採点していく。
すると、驚くことに間違っているところがなくて
「これなら大丈夫じゃない?」と顔を上げると
頬杖をついてぼーっとしている沼塚と目が合った。
「ど、どしたの」
「ん?奥村のこと見てるだけ」
「……やっぱ沼塚って変なやつ」
「よく言われる、にしても奥村って綺麗な字書くよね」
「…僕より自分の手動かしなよ、集中して」
沼塚にいつもの調子でそう言うと
「集中切れた、休憩」と笑いながら言う。
「まだ30分しかやってないじゃん……」
「だって奥村の教え方上手いし、なんか眠くなってくんだよね」
「それで点数取れなかったら元も子もないからね?」
「大丈夫、俺本番強い天才だから」
そんな会話をしつつ伸びをする沼塚に
「やらないなら僕帰るけど」と試しに言うと
「やるやる!その代わりさ、10位以内に入れたら奥村に頭撫でて欲しいな」
「はっ?」
条件反射と言っていいほどに短くそう返すと
沼塚は目をキラキラと輝かせながら
「頑張ってる人にはご褒美あげなきゃじゃん」
なんて言ってくる。
「え……男に頭撫でられるって、虚しくない?」
率直にそう聞くとぷっと笑われて
「ご褒美にお菓子とか強請られるより頭撫でるだけで済むのお得だと思わない?」
「いや、まずなんで僕が沼塚にご褒美あげる前提なの、絶対しないから」
「奥村のケチー」
そう言って口を尖らせる沼塚に「はいはい」と適当な返事をして、結局僕たちは最終下校時間まで教室に残り
勉強を終えて机を元の位置に戻すと教室の電気を消して互いに鞄を持って昇降口へと向かった。
その翌日もまた沼塚に頼まれ
一緒に勉強をしようとのことだったが、職員会議があるため教室に残れないということで
「じゃあどっか…そうだ、駅前の|バーキン《バーガーキング》でやらない?」
と沼塚が提案してきたので、そこでハンバーガーを食べつつ勉強をすることにした。
小樽駅の中に入るなり右奥に進むと、|BURGER KING《バーガーキング》という看板が探すまでもなく見えて、二人で自動ドアを通過して店内に入り
レジに行く前に机に置かれているメニューと睨めっこをする。
「俺はテリヤキバーガーにしよっかな。奥村はどーする?」
「えっと……」
(僕、あんまりこういう店来ないから何頼んだらいいか分かんないな……)
「あ、これとかどう?チーズバーガー」
そう言って沼塚は僕の前にメニュー表を差し出してくる。
「じ、じゃあそれにしよっかな」
「オッケー、んじゃ並ぼ」
そう言って一列にレジに並んで注文を済ませた。
それから2分後くらいに商品を受け取り
二人掛けの席に向かい合って座ると早速バーガーの包み紙をめくる。
先に沼塚がハンバーガーに齧り付いたので
それに続くように僕も顎あたりまでマスクを下ろして、チーズバーガーを一口ぱくりと口にする。
途端、口の中にほのかな薫香を感じた。
その美味しさに僕は目を丸くした。
ついもう一口とかぶりつくと、今度は肉厚なパティのジューシーさが口いっぱいに広がって
思わず口元を押さえながら咀嚼して飲み込む。
(…えっ、うま…待って、え?好き…今度からお昼ここで買おうかな)
そんなことを思いながら食べていると
視線を感じて顔を上げると
沼塚がコーラの入ったストローをズーズーと鳴らしながら僕を見つめてきていて
「な、なに?」と言うと
「奥村って美味しそうに食うよね」
と予想外の言葉が返ってきて。
「そ…そう…?別に普通だと思うけど」
「いつも美味しそうな食べ方するなーって思って」
「…ねえ、もしかしていつも見てないよね?」
「さあ?どうでしょ?」
「…も、もういいからあんまこっち見ないで」
「…あ、待って奥村、ちょっとこっち向いて」
「え?」
「口元にチーズついてる」
「えっ、ど、どこ」
「そっちじゃなくて、こっち」
そう言った途端、沼塚は席を立って身を乗り出して僕の口元に手を伸ばす。
そして口元についていたチーズソースを指先で拭うとそれをペロリと舐めて。
「取れたよ」と言って机に座り直し
「?!…なっ、なにして」
それに動揺する僕とは打って変わって何事も無かったかのように「奥村、頬赤いよ…?」と聞いてくる沼塚。
(っ……び、びっくりした。)
「き、急に触れてくるからびっくりして…!しかも舐めるし」
「ははっ、ごめんごめん、妹にやるくせでつい…」
「え…?あっ、あぁ、そういえば…妹さんいるんだっけ」
「うん、小さい頃から仕事で飛び回ってる両親に代わって面倒見てきたしそれが今も抜けなくてさ」
「小さい頃からって…妹さんいま何歳なの?」
「今は中学生、2年に上がったとこ」
「え、反抗期とか、そういうのないの?喧嘩とか」
「ない、かな?昔から常に一緒だったからか、凄い物分り良くて、俺が遅くなるときとかは料理作って待っててくれるぐらいだし」
「中学生でそんな、しっかりしててすごいね……料理は自分で勉強したとか…?」
「最初は俺が教えた感じかな、ていっても俺が1回卵焼きの作り方教えたら、そこから料理にハマったみたいで、自分で調べてやってくれてるんだよね」
「沼塚って、面倒見良さそうだもんね」
「え?そう?」
「そうでしょ、学級委員もやって、普通に人望もあって、妹の面倒も見て…って、頼れる兄って感じする」
「へへ、ほんと?」
言いながら、沼塚は照れくさそうに頬をポリポリと指で掻く。
「…でも、じゃあ今までほぼ妹さんと二人暮しって感じなの…?」
「まあね、うちの親海外出張が多くてさ、受験も控えてるからテスト勉強とかも見たりしてるから」
「朝は妹の方が出るの早いから、俺が先に起きて作って、夜ご飯はいつも妹が作ってくれるって感じ」
「そう、なんだ。大変だね……その、やっぱり寂しいとか、感じるの?」
「んー…もう慣れたけどね、両親が仕事で飛び回ってんのは物心ついた時から日常茶飯事だったし」
「俺には妹がいるから全然寂しくないっていうか、1人じゃないからさ」
そう、はにかむように微笑む沼塚。
「……そっか」
(…沼塚って本当にすごい…)
(もしかして、それで家で勉強する暇がないから僕に頼んでるのかな……だとしたら、僕にできることは協力してあげたいな)
そんなことを考えていると
「って、なんか自分語りしすぎたかも」
っと笑う沼塚の顔は、やけに大人びて見えた。
それから2時間ほど勉強をして、そろそろ帰ろうかと席を立つと、
荷物を鞄にしまい始める沼塚を見て僕も急いで帰る支度をする。
途中まで一緒に帰ろうと2人で店を出てから
小樽駅前の改札前で沼塚が僕を見送ってくれるので、一度背を向けたものの、僕はふと立ち止まり、振り返って口を開いた。
「沼塚さ」
「ん?」
「…来週のテスト、頑張ろうね」
そう言うと彼は少し驚いたように目を丸くして
「うん」と笑顔で答えてくれた。
「じゃあ…また来週」と言うと彼は手を振ってくれて、僕もそれに答えるように右手を少し上げる。
そして背を向けて歩き出す。
改札を抜けてホームに向かう階段を上がりながら
(あんなに沼塚が頑張ってるなら、僕も頑張らなきゃ)
なんて思いを抱くのだった。
そこから2週間後───…
期末テストも無事終わり
結果から言うと僕は27位で
沼塚は7位という好成績を納めた。
テストが出席番号順に返却されると、
沼塚は僕の席まで答案用紙を持ってやってきて
「奥村!10位内入れたのすごくない?!
奥村のお陰だよ」
と嬉しそうに言う。
「いや、沼塚が頑張ったからだよ」
「てことで奥村、ん」
「え、なに?」
「10位以内入ったら頭撫でてって言ったじゃん」
「えっ、無理無理、言葉で褒めたしいいでしょ」
「えぇ…」
そんな会話をした翌日
学校に着いて
いつも通り沼塚が僕に話しかけてきたかと思えば、その表情は今日の天気のように曇っていた。
いつもと違う沼塚の様子が気がかりで
訳を聞くと
彼は少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「…いやー、昨日主張先の父さんから電話来て、順位、10位以内の7位に入れたこと教えたら、まあ説教されてさ」
「え?」
(なんで怒られたんだろう)
と疑問に思っていると、彼は続けるように口を開く
「…〝その程度で喜ぶなよ、お前はもっと上を目指せるはずだ〟って」
「もっと上……?」
「…いい大学とかいい会社に入れたいから、そうやって期待されるんだと思う。それがプレッシャーにもなるし俺は嫌なんだよね、うちの親学歴にうるさいから」
「あぁ…たしかに、期待されすぎると、そうなるのは分かる……沼塚は、いい大学とかに入るために勉強してるの…?」
「違うかな。最初はただ、父さんに〝お前は頭が良いから〟って褒められて、それが嬉しかったからでさ…でも、大人になるにつれて褒められることって少なくなっていくじゃん?」
「だからもっともっと頑張らないと、父さんの眼中から簡単に消えちゃうんだよね」
あはは、と笑う沼塚。
僕は気付くと、そんな沼塚の頭をポンポンと撫でていた。
「え?お、奥村……?」
そんな僕に少し驚いた様子でこちらを見上げる沼塚に、僕は咄嗟に口走った。
「…沼塚は、頑張ってると思う……から、ご褒美、これでいい…でしょ」
「っ……」
すると、沼塚は僕の言葉に驚いたような表情を浮かべて。
「……奥村…ふふっ、ありがと」
と少し照れくさそうに笑うのだった。
その笑顔に、僕は思わずドキッとする。
「じゃあ、俺もお返し」
「え?」
そう言うと沼塚は僕の頭に右手を乗せて、ポンっと優しく撫でながら言う。
「奥村もさ、いつも頑張ってるじゃん」
「や、やめ……ここ教室…!それに、僕なんか、何も…」
「俺はさ、奥村のこと凄いと思ってるよ。いつも真面目に勉強してて偉いし、病気も頑張って克服しようとしてるし」
「そ……そんなこと」
「だからもっと自信持っていいと思うよ?」
「わ、わかった、から…急に褒め倒さないで…」
「ははっ、照れてる?」
そう言って彼は僕の頭から手を離して笑う。
僕はそんな沼塚に少しドギマギしながら
その顔を見られたくなくて、思わず俯いてしまう。
(な、なんだこれ……)
すると沼塚に「なんで顔隠すの」と詰め寄られて
「なんでもない…!今、顔見られたくない」
「なんで?いいじゃん、減るもんじゃないんだしさ」
「僕が恥ずかしいの!」
そう言って沼の顔の前に手を突き出して視界を遮ると笑いながらも素直に従ってくれて。
(…沼塚と一緒にいるとほんっと調子狂う……)
「まあいいけど、テストも終わったし、今日放課後どっか行かない?」
「……え?あ……うん、いいけど」
「よし、決まり!」と嬉しそうに笑う沼塚。
(……っ)
僕はそんな笑顔の沼塚にまたなぜかドキッとして目線を合わせられなかった。
そして放課後───……
僕と沼塚は学校を出ると、駅に向かって歩き出す。
その途中にあるゲームセンターに入ると
沼塚は周囲の音ゲーやクレーンゲームに目もくれず、真っ直ぐプリクラ機に向かっていく。
(え、まさか……)
「まさか、プリクラ撮るとか言わないよね?」
「え?撮ろうよ」
「な、なんで……?」
「記念だよ、記念。男友達とネタプリ撮ってみたかったし」
「男同士で…?」
「いいじゃん、ほら行こ!」
「あ、ちょっ…!」
沼塚に半ば強引に手を引かれて
プリ機の前まで行くと
渋々小銭を200円ずつ入れて
2人で中に入ると上着や鞄を荷物置き場に置いて
機械の指示に従って指定の位置に立ってポーズを決める。
(なんか緊張する……)
「あっ奥村マスク外して、加工が反応しないから」
「えっ、あ、う…うん…」
(まあ、何回か外してるし、1回赤面は見られてるし……平気、かな)
言われるがままマスクを外すと沼塚は嬉しそうに
「奥村ってほんと綺麗な顔してるよね」
なんて笑う。
(な……っ)
そんな無邪気な笑顔の沼塚に僕は思わずドキッとしてまた目を逸らしてしまう。
すると
「今日、いつもより顔赤くなってない?」
と少し揶揄うように聞いてきて
「な、なっててない……!」
「え、でも本当に顔赤いけど」
「だ、大丈夫だから!」
そう言ってそっぽを向く僕を見て
「ほら奥村もっとこっち」
なんて言って肩を引き寄せる沼塚。
(近っ……?)
その距離感に僕は、さらに頬に熱を帯びて。
1枚目を撮り終えると
顔の火照りを逃がすように手で仰ぐ。
続けて7枚ぐらいまで撮って撮影が終わると
荷物を持ってマスクをつけ、機械の指示に従って落書きブースに移動する。
ブース内では疾走感のある甘酸っぱい青春ソングが流れている。
そしてモニターに表示された二分割のツーショット写真をお互いに加工したり落書きしたりしていく。
「こんな感じどう…?」
「お?できた?…いいじゃん!猫かわよ」
「沼塚の方…あれ、意外とシンプル」
「シンプルイズベストってね。」
そんなこんなである程度の落書きを終えて、印刷が終わると、お互いで貰うプリを分けて
小腹が空いたので
近くのファーストフード店に寄り道をする事にした。
「はぁ〜遊んだね」
なんて言いながらバケットにかぶりつく沼塚を見て僕もポテトを摘まみながら答える。
「こういうの、いいね」
「こういうのって…?」
「友達と放課後まで残って勉強したり、テスト終わりにぱあっと遊んだり…なんか青春してる感じ?がする」
「あっ、ほんと?奥村、俺に付き合ってくれてるだけかと思ったけど、それならよかった」
そう言って沼塚は屈託のない笑顔を見せる。
(っ……)
そんな笑顔に、僕はまた心臓の鼓動が煩くなる
(なんだろうこれ……今まで経験したことがないような……なんか変な感じがして落ち着かない)
すると
「あ、そうだ……」
と思い出したように口を開く沼塚。
彼はズボンのポケットからiPhoneを取り出すと、次に鞄からゴソゴソと何かを取り出す。
そうしてテーブルの上に置かれたのは
ついさっき撮ったツーショットのプリクラで。
沼塚はスマホの透明なプラスチックのカバーを外すと、一枚、二人でピースをしているドアップのプリクラを真ん中に入れて
カバーを再びガチっと付ける。
「じゃーん、いいでしょ」
自慢でもするようにプリクラを入れたスマホの裏面を見せびらかしてそう言う沼塚だが
写真越しでも分かるほどにきめ細やかな手でピースをする沼塚は
隣で陰キャピースを自然としてしまう僕とは違い、とても輝いて見えた。
が、前のように別次元の人間だと壁を感じることはそんなになかった。
沼塚もなんだかんだ影で苦労してるということを知ったから、というのもあるかもしれないが
中学のとき男友達からの言葉や周囲からの拒絶の目がトリガーとなって以来
人間不信にはなったし
わざわざ放課後に遊びに行ったりするのも
煩わしいとも思っていたのに
さっきのゲーセンでも思いもよらず嬉々とした感情が湧き出てきて
女子だけの特権だと思っていたプリクラも、
悪くないな、なんて思っちゃって。
それは多分、沼塚がちょっと強引に僕を引っ張ってくれたり、僕がなんだかんだそれに流されて成立するやりとりだからだと思う。
ずっと自分は人と関わるのが嫌いだし苦手だと思い込んでいたけど
人が嫌いなだけで、人と関わるのは好きなのかもしれない。
なんて矛盾した考えを、僕は沼塚や、新谷や久保と関わるようになってからは抱くようになっていた。
とくに今目の前にいる沼塚の影響は強い。
そして、そんな僕の変化に一番驚いてるのは他でもない僕自身で。
(……沼塚が僕と友達になろうとしてくれなかったら、話しかけてくれなかったら、気遣ってくれなければ、こんな感情も知ることなかっただろうな)
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