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第53話:映画館のアンズイ
夜の街、光に包まれた「協賛映画館」。
入口には「協賛シアター 幸福度ポイント安心イチ」と書かれた看板が輝いている。
水色のシャツにベージュのハーフパンツ姿のまひろは、ポップコーンを抱えて入場ゲートに立った。
隣にはラベンダー色のワンピースを着た少女ユナ。肩までの黒髪を揺らし、手に小さなドリンクを持っている。
ゲートの端末が光を放つ。
まひろは声に出しながら入力した。
「ハジメル」
↓
「エイガ ニマイ」
↓
「オワリ」
ピッと音が鳴り、画面に【アンズイ完了】の表示。
ゲートが開き、ふたりは客席へと進んでいった。
上映前、巨大スクリーンに緑色の光が流れる。
明るい音楽と共に「安心CM」が始まった。
画面の中で笑顔の家族が手を取り合い、声を揃える。
「呼び出しカナルーンで入口をひらき、アンズイで安心!」
館内の観客たちも同じように声を揃える。
「アンズイで安心〜!」
ユナはふんわり笑い、隣のまひろを見た。
「え〜♡ やっぱり映画はアンズイがないと始まらないよねぇ」
まひろは小さく頷いた。
「でも……映画を観る前に、必ず“安心”を言わされるのって変な気もする」
スクリーンの裏では、赤いランプを灯した監視カメラが全客席を記録していた。
誰がどこで「アンズイ」と唱えたか、すべてネット軍の記録に残る。
暗い部屋でその映像を眺める緑のフーディ姿のゼイド。
無数の観客が一斉に口を動かす映像を前に、小さく呟いた。
「アンズイ……終止符であり、縛り。
映画館ですら“安心”の枷になる」
スクリーンの光が客席を照らし、笑顔と唱和が続いていた。