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ウィーンへ到着した侑は、その足で両親の遺体が安置されている警察署へ出向き、身元の確認をした。
遺体を日本に連れて帰る事も考えたが、両親の友人は、オーストリアや近隣諸国に多い。
何よりも両親は、音楽に溢れたオーストリアという国が好きだった。
ならば、この地で骨を埋める方がいいのではないか、と思う。
ひょっとしたら、それは侑のエゴかもしれないが……。
ウィーン郊外の小さな寺院で葬儀を済ませ、遺体は寺院内の墓地に埋葬された。
気が張っていたせいか、涙が出そうになっても、流す事はなかった。
(俺、本当に一人になったんだな……)
様々な手続き済ませながらも、孤独感に苛まれていた侑だったが、両親が亡くなってから恋人のレナが彼を支えてくれている。
『レナ。キミも知っていると思うが、俺は今J響に所属していて、立川音大でも指導している。だが、両親が亡くなり、こんな状態だ。四月になったら俺もこっちへ戻る。音楽の活動拠点もこっちに移す。それまで、キミには迷惑を掛けてしまうが、待っていてくれないか?』
『もちろんよ。日本で最後までしっかり仕事をしてきて。私も今はドイツだけど、あなたを支えたいから、オーストリアに移住するわ』
侑はレナを残し、日本へ帰国した。
帰国した翌日、時差ボケに悩まされながらも、侑は、立川音大の事務局に三月いっぱいで退職する事、同じくJ響の事務局にも、三月いっぱいで退団する旨を伝え、手続きを済ませる。
多くの方々にお悔やみの言葉と、退団、退職を惜しむ声も頂いた。
オーストリアへ戻っても、父と母の件で、まだまだやらないとならない事は沢山あるのだ。
侑は、日本での残りの仕事を、気合いを入れて熟(こな)す。
立川音大での仕事最終日。
この日はレッスンで、一番最後に教える門下生は、あの九條瑠衣だ。
彼女は、大学時代の侑の演奏を見て、トランペット奏者になりたいと言っていたのを不意に思い出す。
もがき続けながらも、自分の音楽を模索し続けた大学時代の侑。
両親が亡くなり、日本に戻る事は、ひょっとしたらもうないかもしれない。
ならば、苦しい時代を共に歩んできたトランペットを、弟子に託すのがいいのではないか。
侑は大学に向かう前に、東新宿の自宅で、彼が大学時代に愛用していたV.B社製のトランペットを取り出した。
(出来の悪いアイツへの、せめてもの餞別だ)
彼は愛車の黒いSUV車に楽器ケースを二つ積み込むと、立川音大へ向けてアクセルを踏んだ。