コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「大和、お前、そんなちっせいぇことばっか言ってたら、さなえに愛想尽かされるぞ」と、陸さんが二本目のビールを開ける。
「うっせぇ!」
「つーか、有川。知ってるか知らねーけど、麻衣はお前より年上だぞ?」
「へっ?!」
今度は、有川さんが間抜けな声を出した。
ただでさえ実年齢よりもずっと若く見られる麻衣なのに、鶴本くんと一緒に居たらなおさら。
「マジで!?」と、有川さんがまじまじと麻衣を見つめる。
「さすがに『ちゃん』は恥ずかしいから、呼び捨てでどうぞ」と、麻衣が少し恥ずかしそうに言った。
「マジか……。絶対、年下だと思ってた」
「よく言われます」
「そう言えば、なんでこのメンバー? サークルったっけ?」
「うん。O大学ルーズサークル」
「なにするサークル?」と聞いたのは、鶴本くん。
「色々。私たちの代は大和が部長でね? キャンプしたり、スキーしたり、大学祭でお好み焼き作ったり、面白そうなことは何でもやるの」
「へぇ」と、鶴本くんと有川さんが同時に発した。
「とにかく、思いつくこと何でもやったよな。ルーズなんて格好つけても、ようはダラダラとテキトーに遊んでただけでさ。今思えば、よくサークルとして認められてたよな」
「確かに!」
「また行きたいな、キャンプ」と、龍也が言った。
「いいな。またやるか? スマホ禁止キャンプ」と、陸さん。
「やったね、そんなの」と、麻衣。
「着いたらいきなり回収されたんだよね」と、私が言った。
「けど、次の日に解禁した瞬間に彼女に電話したの、大和だったよな」
「そうそう! あの時付き合ってた年上の彼女から鬼のような着歴があって、大和、真っ青な顔してた」
大和さんの引きつった作り笑いを、今も鮮明に覚えている。それを思い出すと、笑えた。
「あきらも彼氏にメッセ、送ってたよな?」
「そうだっけ?」と、とぼけて返す。
「そうだよ。んで、龍也がいじけた顔でそれを見てた。さっさと奪っちまえばいいのにって、思ったんだよな」
「あの頃の私たちは、こんな未来、想像も出来なかったよね」と、麻衣が笑った。
確かに……。
少しだけ思い出に浸っていると、麻衣がきつく閉じた唇を震わせているのに気づいた。
当然、鶴本くんも。
「麻衣?」
鶴本くんの声に反応した麻衣の瞳から、涙が零れる。
「麻衣? どうしたの?」
私はテーブルの上のティッシュを三枚くらい箱から引き抜くと、鶴本くんに渡した。
「うーーー……」
「麻衣?」
鶴本くんの差し出したティッシュではなくて、彼のシャツで麻衣が涙を拭く。
鶴本くんが心配そうに麻衣を見下ろす。
「どうしたの?」
「バラバラになるの……寂しい……」
麻衣の呟きに、私と龍也、陸さんが顔を見合わせた。
「みんなと一緒に……いたい」
「麻衣……」
「鶴本くんと釧路に遊びに来てよ、麻衣さん。観光案内できるように、あきらとリサーチしておくから!」と、龍也が少しテンション高めに言った。
「うん。待ってるよ、麻衣。それに! ちょくちょく帰って来るから」
「うん……」
「あ! おいっ! なに、麻衣を泣かせてんだよ!」
いつの間にかダイニングに移動していた大和さんが、麻衣の異変に気付いた。
「麻衣、どうした?」
「俺と離れるのが寂しいってさ」と、陸さん。
「限定しないでください!」と、鶴本くん。
「俺がいるぞ、麻衣!」と、大和さん。
「お前はどうでもいいんだよ」
「なんでだよ!」
男どものくだらない掛け合いに、麻衣が肩を震わせた。笑っているようだ。
「なんなのよ、もうっ――」
「ちょっと、大和! 静かにして!! 麻衣ちゃん、大丈夫?」
さなえが大和さんを押し退けて、麻衣の肩に触れる。
「そんなに泣くんなら、イギリスに連れてくぞ、麻衣」
冗談っぽく言っているけれど、陸さんの目は真剣で、しかも、鶴本くんを見据えている。
麻衣が鼻をすすりながら、顔を上げた。
「行かない……」
「だったら、泣くな」
「だって……寂しいもん……」
「じゃあ、行くのやめっかな」と、陸さんが言った。
何でもないことのように、ビールを飲む。
「麻衣を泣かせてまで行かなくてもなぁ」
「なに、言ってんのよ! ダメだよ!!」
「じゃあ、笑って送り出してくれよ」
陸さんが手を伸ばし、麻衣の頭を撫でた。
「うん……」
「麻衣ちゃん、寂しいのはみんなおんなじだからね?」
「そうだよ、麻衣。OLCが大事なのは、みんな同じだよ?」
「前に、地球滅亡の時に誰と居たいかって聞いたじゃない?」と、千尋が言った。
振り向いた麻衣の顔は涙でぐちゃぐちゃ。鶴本くんのシャツは麻衣の涙と化粧で、さらにぐちゃぐちゃ。
「私、あの時は答えなかったじゃない? だから、今、言うね。私も……みんなと居たい」
「千尋……」
「比呂と、生まれてくる子供と、みんなと、一緒がいい」
そう言って微笑んだ千尋が、別人のように見えた。
こんなに穏やかな表情を見たのは、初めてかもしれない。
「一緒に、居よう」
麻衣が大きく頭を頷くと、大粒の涙が彼女のスカートに落ちた。
「ほら、もう涙拭いて。私とさなえはいつでも会えるんだし」
「うー……」
ティッシュを渡すと、麻衣は豪快に鼻をかんだ。
私まで、涙を誘われる。
「私も! いつでも帰って来るから」
千尋とさなえも涙目で、みんなでティッシュを引き抜いて、涙を拭う。
「いや、いつでもはヤメテ」と、龍也が言った。
「ホントにいつでも帰って来そうだから」
「龍也はいつまでもあきらに頭が上がんなそうだな?」と、陸さんが呆れ顔で言った。
「惚れた弱みだな」と、大和さんが笑う。
龍也が苦笑いをしてこめかみを掻いた。
こうしてみんなで笑い合える時間が、ずっと続けばいいと思った。
十年後も二十年後も、ずっと。
心から、そう思った。