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「スピリタス様、スパルーニャより急使が」
「わかっておる。」
「デルトナでの勝利は聞いておる。」
「こちらも、まもなく終わる。」
「待たせておけ。」
スピリタスはキュレニアの反乱を鎮め終え、
次はいよいよライナー王へスパルーニャ遠征を進言する時だと考えていた。
「……それが。」
「なんだ。」
部下は唇を噛みしめ、深く頭を下げた。
「バエルス川にて、ハスドルバル軍と交戦。」
「チャールズ・パーカー将軍。」
「ジョージ・パーカー将軍。」
「両将軍とも……戦死されました。」
「……!」
幕舎から音が消えた。
スピリタスは報告書を見つめたまま動かない。
「……そうか。」
幼くして、スピリタスは父を戦争で失った。
パーカー兄弟もまた、父を失っている。
三人は幼い頃から兄弟のように育ち、
互いに支え合って今日まで歩んできた。
アグリに見いだされ、
若きライナー王に仕えることがなければ、
自分たち一族はどんな人生を歩んでいただろう。
脳裏に浮かぶのは、
幼い日に笑い合った従兄弟たちの姿だった。
「……仇は、私が討つ。」
静かに呟くと、スピリタスは顔を上げる。
「ライナー王に急使を」
「スパルーニャ討伐軍の総指揮を、この私にお任せ願いたい。」
万人が羨むキュレニア総督の地位を自ら返上し、
彼は再び戦場へ向かう決意を固めた。
ハスドルバルは、正面からではグラン軍を押し返せないと悟っていた。
そこで彼が選んだのは、剣ではなく金だった。
グラン支配下の有力者たちへ莫大な財をばらまき、
一人、また一人と寝返らせていく。
戦場に翻っていたグランの旗は、
気が付けば次々と敵の旗へと変わっていた。
若く理想に燃えていたパーカー兄弟には、
目の前で起きている現実が信じられなかった。
昨日まで肩を並べて戦っていた者たちが、
今日には剣を向けてくる。
チャールズ・パーカーは孤立し、討ち死にした。
ジョージ・パーカーもまた、別の戦場で包囲され、その生涯を閉じた。
#シェイプシフター
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#戦国時代
眠狂四郎
284
#戦国時代
眠狂四郎
196
#軍師
眠狂四郎
153
スパルーニャで散ったのは、二人の将だけではない。
グランが掲げてきた「力ではなく信義で人を従える」という理想もまた、
この日、大きく揺らいだ。
ハスドルバルの前に、道は開かれた。
兄バルカに続き、
もう一人の魔人が、グラン本土へ歩みを進めようとしていた。
ライナー王の盾、ファービーは再任以来、
十二軍団だった兵力を二十軍団まで増強していた。
敗戦で失われた騎兵の再建も着実に進み、
グラン軍は少しずつ牙を取り戻しつつある。
バルカを討つ日も、もはや遠くはない。
ファービー自身も南ナガグツへの出兵を計画し、
決戦の準備を進めていた。
その時だった。
「スピリタスから書簡が届いております。」
「……ふむ。」
書簡に目を通したファービーは、小さく息をつく。
(スパルーニャ討伐か。)
(悪くない。)
(だが――。)
彼の視線は壁に掛けられた軍勢配置図へ移った。
(兵がない。)
二十軍団まで再建したとはいえ、
本土でバルカを封じながら、
さらに海を越える遠征軍を編成する余力はない。
(さて……どうするか。)
スピリタスから届いた返信は、ファービーの予想とは少し違うものだった。
援軍を求めるものではない。
武器でも、軍資金でもない。
ただ一つ――。
シラクスにおける徴兵権を認めてほしい。
それだけだった。
「ふむ。」
書状を読み終えたファービーは、椅子に深く腰を沈めた。
兵が足りない。
ならば送ってくれ、と言うのが普通の将である。
だが、この男は違った。
兵がいないのなら、自分で集めるという。
しかもシラクスは、つい先日までグランと戦っていた土地だ。
(マルスといい、スピリタスといい……)
ファービーは思わず苦笑した。
(まるで戦争のために生まれてきた男だな。)
だが、これは一将軍の判断だけで許可できる話ではない。
征服したばかりの土地で兵を募り、その兵を率いて異国へ攻め込もうというのだ。
下手をすれば、新たな反乱の火種にもなりかねない。
ファービーは書状を机の上へ置いた。
「スピリタスを王都へ呼ぶ。」
側近が顔を上げる。
「元老院へ、ですか?」
「ああ。」
ファービーは小さく頷いた。
「自分の口で説明させよう。」
シラクスの民を兵とし、その兵を率いて海を渡る。
いったい、何を考えているのか。
そして――。
どこまで先を見ているのか。
ファービー自身、この若者の話を聞いてみたくなっていた。
スピリタスは元老院の中央に立つと、居並ぶ議員たちをゆっくりと見渡した。
「元老院の皆様。」
「我が従兄弟、パーカー兄弟はスパルーニャの地で、
名誉ある戦いを続けておりました。」
その言葉に、議場が静まる。
遠く離れた異国の地で戦い続けた兄弟の名を、知らぬ者はいなかった。
「どうか私にも、その栄誉ある戦いの機会をお与えください。」
スピリタスは胸を張った。
「私が先頭に立ち、スパルーニャへ攻め込みます。」
すぐさま議席から声が飛んだ。
「待て!」
「攻め込むと言うが、どこにそんな兵がある!」
もっともな疑問だった。
バルカとの戦いは、すでに何年にも及んでいる。
カンナルでは数万の兵を失い、
南ナガグツでは今もファービーの軍が戦い続けている。
これ以上、どこから新たな軍をひねり出すというのか。
だが、スピリタスは動じなかった。
「私は、一つ提案したい。」
議場を見渡してから、言葉を続ける。
「シラクスです。」
ざわめきが広がった。
「先の戦いで財産を失い、奴隷となった者たちが大勢います。」
「彼らに、もう一度市民として生きる機会を与えるのです。」
「我らと共に戦い、その働きをもって自由と市民権を取り戻す。」
「その者たちをもって、一軍を組織します。」
議場が騒然となった。
「馬鹿な!」
「つい先日まで我らと戦っていた者たちだぞ!」
「そんな者たちに武器を持たせるというのか!」
別の議員が立ち上がった。
「そもそも、そんなことができるのか!」
スピリタスは、その男をまっすぐ見た。
「できるか、ではありません。」
一瞬、議場が静まった。
「やるのです。」
その声には、迷いがなかった。
「バルカは今、南ナガグツに封じ込められています。」
「奴には、もはや大軍を生み出す力はない。」
「しかし――まだ一つだけ、望みが残っている。」
スピリタスは地図の前へ歩み寄った。
「弟ハスドルバル。」
「そして、彼が率いるスパルーニャ軍です。」
その指が、スパルーニャからアルペスへと動く。
「この軍がバルカと合流すれば、戦争は再び振り出しに戻る。」
誰も言葉を挟まなかった。
「ならば、来るのを待つ必要などありません。」
「こちらから行けばいい。」
議員の一人が声を上げた。
「ハスドルバルを討つというのか?」
「無論。」
スピリタスは即答した。
だが、その指はハスドルバルのいる場所では止まらなかった。
さらに南へ――。
スパルーニャの中心へと動いていく。
「ですが、それだけではありません。」
指が止まった。
敵国の首都。
スパル・ノヴァ。
「私はその軍をもって――」
スピリタスは振り返った。
「敵の首都、スパル・ノヴァを急襲いたします。」
議場から音が消えた。
彼らが考えていたのは、バルカをどう食い止めるかだった。
ハスドルバルを、どうやって兄のもとへ行かせないかだった。
だが、この若者だけが違う。
敵の援軍を防ぐのではない。
敵将を追い払うのでもない。
戦争を支える土地そのものを奪おうとしている。
ファービーは腕を組んだまま、黙ってスピリタスを見つめていた。
(……なるほど。)
(こいつはハスドルバルを止めに行くのではなく)
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
(戦争そのものを、終わらせに行くつもりなのだ。)
コメント
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いやあ、第70話、めちゃくちゃ熱かったです…!パーカー兄弟の戦死、あの静かな報せの運び方が効いてましたね。スピリタスが「仇は私が討つ」と呟くまでの一瞬の間、幼い日の思い出が脳裏をよぎる構成がグッと来ました。そして元老院での演説!「やるのです」の一言に迷いがなくて、もう痺れましたね。シラクスの奴隷たちに市民権と引き換えに兵になれ、と言う発想も、ただの復讐じゃなくて戦争そのものを終わらせに行く覚悟が感じられて、ファービーが苦笑した気持ち、すごく分かります。スパル・ノヴァ急襲、本当にやるんでしょうか…続きが待ち遠しいです!