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#戦国時代
眠狂四郎
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#戦国時代
眠狂四郎
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眠狂四郎
153
スパルーニャでは、ハスドルバルのほかにもマーゴ、
ビスコーネがそれぞれ大軍を率い、南部一帯を支配していた。
そして、その南岸に位置するのが首都スパル・ノヴァ。
海に面し、巨大な城壁と堅固な城塞に守られた、スパルーニャ最大の都市である。
この都市を落とさぬ限り、
スパルーニャにおける敵の力を根本から断つことはできない。
だが、そのためには兵が必要だった。
シラクス――。
広場に集められた男たちは、壇上へ現れた若者を冷たい目で見つめていた。
少し前まで、彼らはグランの敵だった。
戦いに敗れ、財産を奪われ、奴隷へと身を落とした者も少なくない。
その彼らの前に、スピリタスは一人で立った。
「諸君。」
無数の憎しみを正面から受け止めながら、口を開く。
「私は先のキュレニア総督、スピリタスである。」
誰も答えない。
「諸君も知っての通り、我がグランはバルカとの長い戦争を戦っている。」
なおも沈黙は続いた。
「そこで私は、諸君に栄誉ある機会を与えようと思う。」
その言葉に、何人かが眉をひそめた。
奴隷に何の栄誉がある。
そんな空気を察したのか、スピリタスはわずかに笑った。
「まず――」
一枚の書状を取り出した。
「今日、この時をもって、諸君の奴隷身分を解く。」
ざわめきが起こった。
「そして、グランの一級市民としての身分を与える。」
今度は、はっきりとした動揺が広がった。
だが、スピリタスはまだ終わらない。
「それから――」
合図を送る。
兵士たちがいくつもの箱を運び込み、男たちの前へ並べた。
蓋が開かれる。
朝の光を受け、大量の金貨が輝いた。
「これは持参金だ。」
男たちの目が、一斉に金貨へ向いた。
「武器を取り、私と共に海を渡れ。」
「そして――」
スピリタスは彼らを見渡した。
「あのバルカを、我らの手で討つ。」
ざわめきが大きくなる。
グラン人だけの戦争ではない。
シラクスを戦乱へ巻き込み、自分たちの人生を狂わせた戦争でもある。
「戦いが終われば――」
スピリタスの声が、再び広場を静めた。
「諸君の家族も、私が責任をもって買い戻そう。」
今度こそ、男たちの表情が変わった。
妻。
子。
親。
兄弟。
奴隷として売られ、離れ離れになった家族。
「家族と共に、このシラクスに残るもよし。」
「グラン王都へ行くもよし。」
「好きな土地で、好きな仕事をして暮らせばいい。」
スピリタスはそこで言葉を切った。
「もう誰の奴隷でもない。」
静寂が広場を包んだ。
最初に向けられていた憎しみの目は、もうなかった。
スピリタスは笑った。
「どうだ。」
「私と一緒に来るか?」
一瞬の沈黙。
やがて、一人の男が拳を突き上げた。
それに応えるように、もう一人。
さらに一人。
そして――。
歓声が爆発した。
その日。
敗者として鎖につながれていた男たちは、
自ら武器を取ることを選んだ。
スピリタスはこうして、
誰からも兵を与えられることなく、
自らの軍を作り上げた。
歓声が広場を埋め尽くす中、
スピリタスは傍らに立つ二人の男へ目を向けた。
一人はシラヌス。
元老院から派遣された監督役であり、スピリタスの行動を見届けるため、
この遠征に同行することになっていた。
シラヌスは熱狂する男たちを眺め、呆れたように肩をすくめた。
「ここまでやってしまったのだ。」
「もう君の好きにやるといい。」
スピリタスは小さく笑った。
そして、もう一人へ目を向ける。
艦隊司令ラエリウス。
パーカー兄弟と共に幾度も苦楽を共にしてきた、スピリタスの友人でもある。
「いよいよですね。」
「ああ。」
スピリタスは海の向こうへ目を向けた。
その先にあるのは、スパルーニャ。
そして――。
従兄弟たちが命を落とした地。
「パーカーたちが守ってくれた諜報網は、まだ生きている。」
二人の死によって、すべてが失われたわけではない。
彼らが築いた協力者たち。
街道。
港。
敵軍の動きを知らせる密偵。
そのすべてが、今度はスピリタスの目となり、耳となる。
「使えるものは、すべて使う。」
ラエリウスが笑った。
「では、出航の準備を。」
「ああ。」
スピリタスは静かに頷いた。
その表情から、笑みが消える。
「ハスドルバル――。」
拳が固く握られた。
「首を洗って待っておれ。」
これは、ただの遠征ではない。
パーカー兄弟が命を懸けて築き上げたものを受け継ぎ、
彼らが果たせなかった戦いを終わらせるための遠征だった。
スピリタスは、ついに海を渡る。
目指すはスパルーニャ。
敵首都――スパル・ノヴァ。
その頃、ハスドルバルもまた、次の一手を考えていた。
机上には、兄バルカから届いた書簡と、グラン本土の軍勢配置が広げられている。
ハスドルバルは何度も書簡を読み返した。
書かれている言葉だけではない。
その行間から、兄が何を考えているのかを読み取ろうとしていた。
(兄はいよいよ、グラン王都を落とすことを決意したのだ。)
長い戦いだった。
アルペスを越え、幾度もグラン軍を打ち破りながら、いまだ王都には届いていない。
理由は明白だった。
(兵が足らん。)
バルカの軍は強い。
だが、勝つたびに兵は減る。
遠征軍である以上、失った兵を容易に補充することもできない。
王都を落とすには、もう一つの軍が必要だった。
自分の軍が。
(何としても、兄のもとへ行く。)
ハスドルバルは顔を上げた。
幕舎には、スパルーニャ各地を守る将軍たちが集まっている。
マーゴ。
ビスコーネ。
そして各地の諸将。
彼らがいる限り、スパルーニャの支配は維持できる。
だが――。
ハスドルバルの目が細くなった。
(必要ならば……。)
この土地を守ることと、
兄の戦争を勝たせること。
二つを同時に成し遂げられないのなら、選ぶしかない。
(こいつらを犠牲にしてでも、私は行く。)
スパルーニャを失っても構わない。
味方の軍が壊滅しても構わない。
自分さえ軍を率いてアルペスを越え、兄バルカと合流できればいい。
それだけで戦争の流れは変わる。
ハスドルバルは地図の上に手を置いた。
その指先はスパルーニャから北へ。
アルペスを越え――。
グラン王都へと伸びていく。
「兄者。」
低い声が漏れた。
「必ず、この軍を届ける。」
その頃――。
海の向こうから、
スピリタスの艦隊がスパルーニャへ向かいつつあることを、
ハスドルバルはまだ知らなかった。
二人の男は、同じ時に決意していた。
スピリタスは、スパルーニャを奪うために。
ハスドルバルは、スパルーニャを捨てるために。
だが、ハスドルバルですら想像だにできなかった。
スピリタスが十日の航海ののち、
わずか一日でスパル・ノヴァを陥落させることを。
コメント
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第71話、読み終えました。スピリタスが奴隷たちに「もう誰の奴隷でもない」と告げ、家族の買い戻しまで約束する場面、震えました。憎しみの目が歓声に変わる流れが、本当に丁寧で……。一方ハスドルバルはスパルーニャを捨て駒にする覚悟。二人の決意が交差しながら、まさかスピリタスが一日で首都を落とすとは。パーカー兄弟の遺したものが、ここで生きているのが何より救いですね。次が待ち遠しいです。