テラーノベル
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翌朝。
目を覚ましてから、昨日の少女のことを考えている自分に気づいた。
名前も知らない。
何歳なのかも知らない。
ただ、黒い髪が夏風に揺れていたことだけは、妙にはっきりと覚えている。
「……もう一回、会えたりしないかな」
独り言を呟いて、自分で少し笑った。
そんな都合よく会えるわけがない。
そう思いながら朝食を食べ、昼前に家を出た。
今日は図書館へ行くことにした。
田舎の図書館は、都会のものよりずっと小さかった。
人も少なく、窓から入る風が心地いい。
静かな館内を歩きながら、何を読もうかと本棚を眺めていた。
そのときだった。
見覚えのある黒髪が、視界の端を横切った。
「……え?」
思わず足が止まる。
昨日の少女だった。
窓際の席に座り、一冊の本を読んでいる。
偶然だ。
そう思った。
けれど、気づけば俺は彼女の近くまで歩いていた。
そして、彼女が手にしている本の表紙を見た瞬間、さらに足が止まった。
俺が好きな小説家の作品だった。
何度も読み返した、大好きな一冊。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「その小説家、いいですよね」
少女が顔を上げる。
一瞬、驚いたような顔をした。
そして――
「……うん。好き」
小さく笑った。
その笑顔を見た瞬間、昨日とは違う意味で、また心臓が跳ねた。
「この人の作品、ほとんど読んでて」
「私も」
「じゃあ、もしかして――」
そこから先は、時間を忘れていた。
好きな作品。
好きな登場人物。
結末についての考察。
気づけば、自己紹介すらしていなかった。
ただ、本の話をしていた。
それが不思議なくらい楽しかった。
窓から差し込む光が少しずつ赤くなっていく。
少女が時計を見る。
「……もう帰らなきゃ」
「え?」
「日が暮れるから」
少女は本を閉じて立ち上がった。
俺も立ち上がる。
このまま帰したくない。
そう思った。
でも、何を言えばいいのか分からない。
少女が背を向ける。
その瞬間、俺は咄嗟に手を伸ばした。
「待って」
少女の手を取る。
彼女が振り返った。
自分でも驚くほど、心臓が速くなっていた。
「……君の名前は?」
#溺愛
星キラリ

4,822
大根おろし
42
#再会
イツカ
1,072
#もしも神様が居るなら
赤虎 鉄馬
136
少しの沈黙。
少女は俺を見つめて、それからほんの少しだけ笑った。
「――依鈴」依鈴
初めて聞いた、彼女の名前。
その名前を、俺は心の中で何度も繰り返した。
少女は俺の手からそっと離れると、綺麗な黒髪をさらりと揺らして、図書館を出ていった。
夕暮れの光の中に、その背中が小さくなっていく。
俺はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
名前を知っただけなのに。
昨日より、ずっと彼女が近くに感じた。
――この夏、あと何回会えるだろう。
そんなことを考えながら、俺は窓の外を眺めていた。
コメント
1件
うわあ…図書館で偶然再会、しかも好きな小説家が同じって、運命感じちゃいますね🥀 「依鈴」って名前、すごく綺麗で彼女にぴったり…! 時間を忘れて本の話に夢中になる二人の空気感が、すごく優しくて、読んでてこっちまで温かい気持ちになりました。 夏の終わりに、もう少しだけこの二人を見ていたいって思わせる、素敵な話でした〜🌙