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瑠衣にとって激動だった二〇二四年が幕を閉じ、新しい一年がスタートした。
元日、瑠衣は侑と一緒に近所の花森神社へ初詣に行き、芸事の神にお参りした時、侑が意思確認なのか、瑠衣にこんな事を質問してきた。
「…………九條。また楽器を吹く気になったか?」
「…………はい。でも先生、私、まる四年吹いてないので、お手柔らかにお願いします」
そう答えた瑠衣に、侑は唇を微かに緩めながらフッと笑う。
「…………まぁもう音大生ではないからな。リビングの隣にある防音室で、合間に少しずつ練習していけばいい」
そんな会話を交わしながら自宅へ戻った。
侑の自宅に身を寄せてから一ヶ月が過ぎ、瑠衣は侑が仕事で外出している時は掃除や洗濯、食事の支度など家事全般を熟している。
まだ東新宿の地理に疎い彼女は、ある程度の家事が済んだら自宅周辺の散歩をし、どんなお店があるのかチェックする。
近くの大きなホールは、時々コンサートなどが催され、先日は国民的某RPGゲーム八作目のオーケストラコンサートの公演があり、その流れなのか、エストスクエア内のコンセプトショップは大混雑し、自宅周辺にも人で賑わっていた事を思い出す。
娼館にいた頃、スマホを持つ事を許されなかったが、最近になって、何かあった時のために侑が瑠衣にスマホを持たせるようになり、大学卒業以来のスマホに、彼女は破顔させて喜んだ。
「…………お前の楽器をどうするかだな」
朝食を食べ終わる頃、コーヒーを手にしていた侑が、不意に遠くに目を遣りながら独りごちた。
「九條。大学時代はどこのメーカーを使ってたんだ?」
「V.B社ですね。銀のやつ」
「なるほどな。V.B社のラッパは何本か持ってるが、俺の吹き癖も付いているだろうから、お前には吹きにくいかもしれんな。御茶ノ水の中倉本店に買いに行くか」
「ありがとうございます。…………っていうか、買いに行くかって普通に言っちゃうのが凄過ぎ」
ボソリと漏れた言葉に、侑が横目で鋭い視線を這わす。
「さて、支度して出掛けるぞ」
彼が食器をキッチンへ運ぶと、瑠衣も後に続き、洗い物を済ませて御茶ノ水へ向かった。