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王都アストリアにある名門――王立ルーン魔法学院。
その薬学科の講義室で、一人の少女が胸を張っていた。
「ですから先生、ニンニクは強い抗菌作用がありますし、タマネギには血流改善効果があります。ショウガは体温維持、キャベツは胃の保護に優れていて――」
「黙りなさい、リーナ」
教壇に立つ老教授が杖を叩いた。
「野菜は食料だ。薬草ではない」
教室に笑いが広がる。
「ですが、実際に効果が――」
「効果? 民間療法の間違いだろう。薬学とは魔力を含んだ薬草を扱う高等学問だ。畑の作物など論外」
少女――リーナ・フェルミアは唇を噛んだ。
彼女は平民出身だった。
高価な薬草を買えない貧民街では、母が野菜や香草を使って人々を治していた。熱にはネギのスープ。腹痛にはキャベツ。咳にはハチミツとダイコン。
それで助かる人を、リーナは何度も見てきた。
だからこそ薬学を学びたかった。
誰でも使える治療法を広めるために。
「最終確認だ、リーナ・フェルミア」
教授が冷たく告げる。
「君は『野菜は薬草より優れている』という主張を撤回するか?」
リーナは顔を上げた。
「……優れているとは言ってません」
「では?」
「野菜は、薬草より“薬草”です」
教室が静まり返る。
「誰でも育てられて、毎日使えて、安くて、食べられて、身体を整えられる。病気になる前に人を守れるんです」
「……もういい」
教授は吐き捨てた。
「学院の名誉のため、君を薬学科から除名する」
その瞬間。
リーナの学生証が砕け散った。
彼女は学院を追い出された。
◇
「はぁ……」
王都の石畳を歩きながら、リーナは財布を確認した。
銅貨三枚。
宿に二日泊まれば終わりだ。
「……働かなきゃ」
そうして彼女が辿り着いたのは、冒険者たちが集まる蒼狼の冒険者ギルドだった。
酒臭い。
騒がしい。
筋肉だらけ。
学院とは真逆の世界である。
「おい嬢ちゃん、依頼か?」
受付嬢が聞く。
「薬師として働きたいです」
「薬師ぃ?」
周囲の冒険者たちが笑った。
「そんな細腕で?」
「回復薬でも作るのか?」
「はい」
「へぇ、どんな薬草を使える?」
リーナは真顔で答えた。
「キャベツです」
沈黙。
次の瞬間、爆笑が起きた。
「ぶははははっ!」
「キャベツ薬師だってよ!」
「サラダでも作るのか!?」
だが受付嬢だけは困った顔をした。
「……実は今、困ってる依頼があるの。受ける?」
◇
依頼内容は単純だった。
下級冒険者パーティ《赤牙》の戦士が胃痛で動けない。
しかし治療用薬草は高騰しており、回復薬も不足していた。
「腹が……痛ぇ……」
宿でうずくまる大男。
顔色が悪い。
リーナは机を見る。
酒。
脂っこい肉。
刺激物。
「完全に胃が荒れてます」
「治せんのか?」
「材料をください」
「薬草屋なら閉まってるぞ」
「八百屋でいいです」
「……は?」
◇
十分後。
リーナは鍋を火にかけていた。
「キャベツを刻んで……少量の塩。あと温める」
「それだけか?」
「はい」
「薬草は?」
「使いません」
「効くわけ――」
「食べてください」
戦士は半信半疑でスープを飲む。
数分後。
「……あれ?」
男が目を瞬かせた。
「痛みが……引いてる?」
周囲がざわつく。
「キャベツには胃粘膜を保護する力があります。暴飲暴食には特に有効です」
「ま、マジかよ……」
翌日。
《赤牙》は無事に依頼を達成した。
そして噂は一気に広がった。
“野菜で治す薬師がいる”と。
◇
「熱だ! 子供が熱を出した!」
「ではネギとショウガを」
「傷が膿んでる!」
「ニンニク湿布を作ります」
「最近疲れが抜けねぇ!」
「タマネギを食べてください」
最初は馬鹿にしていた冒険者たちも、次第に態度を変えていった。
「おい、キャベツ薬師!」
「リーナだよ!」
「すまんすまん!」
ギルド酒場では、今日も彼女が鍋を振るっている。
薬草より安い。
副作用が少ない。
しかも美味い。
冒険者たちの間では、彼女の野菜料理は“食べる回復薬”と呼ばれ始めていた。
そんなある日。
ギルドの扉が乱暴に開いた。
「大変だ!」
飛び込んできた冒険者が叫ぶ。
「第三鉱山で毒胞子が発生した! 薬草師たちの解毒薬が効かねぇ!」
空気が凍る。
毒胞子病。
肺を侵し、高熱と咳で死に至る病だ。
高級薬草でも治療が難しい。
「患者は何人?」
「二十人以上だ!」
リーナは少し考え――立ち上がった。
「ダイコン、ハチミツ、タマネギを用意してください」
「……え?」
「あと大量のスープです」
「そ、それで治るのか?」
リーナは静かに答えた。
「治します」
◇
鉱山は地獄だった。
咳。
熱。
呼吸困難。
薬草師たちは疲弊しきっていた。
「もう無理だ……」
「薬草の効力が弱い……」
そこへリーナが入ってくる。
「患者全員に温かいスープを配ってください」
「君は?」
「野菜薬師です」
「は?」
「ダイコンは喉を守ります。タマネギは炎症を抑えます。温かい水分は呼吸を助ける」
彼女は次々に処置していく。
すると――。
「せ、咳が止まった……!」
「呼吸が楽だ!」
「熱が下がってるぞ!」
薬草師たちが目を見開く。
「そんな……野菜で?」
リーナは汗を拭った。
「薬草は特別な力を持っています。でも、野菜は毎日人を支えてるんです」
彼女は静かに言った。
「病気になってから治すだけが薬じゃない」
「健康を保つことも薬なんです」
◇
数日後。
王都では“奇跡の野菜薬師”の噂で持ちきりになった。
そして――。
「リーナ・フェルミア」
彼女の前に現れたのは、かつて自分を追放した学院の教授だった。
「……復学を認めよう」
周囲がざわつく。
だがリーナは首を横に振った。
「お断りします」
「なっ……!?」
「私はもう見つけたので」
彼女は笑った。
冒険者たちが笑い合うギルド。
温かなスープの匂い。
誰でも食べられる薬。
「私の学ぶ場所は、ここです」
その瞬間。
ギルド中から歓声が上がった。
「さすがキャベツ薬師!」
「今日はニンニク肉炒めだー!」
「薬師なのに飯が美味すぎる!」
「だからリーナだってば!」
笑い声の中。
少女は今日も鍋を振るう。
薬草より身近で。
薬草より優しく。
そして誰かを救えるものを信じながら。
――野菜は薬草より薬草です。
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