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魔導書を奪った女が空の一点へと小さくなり、ガレイン半島の多くを占める灰色の山脈へと消えた。


「ど、ど、どうしよう!」ユカリは胸を掻き毟るような焦燥感に襲われる。「『我が奥義書』が。魔法少女の力が!」

「何者なんだろう? 追う? だとしてもまずは魔導書が戻ってくるのを待つしかないよ」とベルニージュが冷静に提案する。

「ち、違う! 戻って来ない! 奪われた!」


ユカリは唇の端を引き攣らせて無理に笑顔を作り、変身を試みるが、魔導書を所持していなければ変身できないことは過去に実証済みだ。焦りで笑みも強張り、更なる焦りを呼び寄せる。


「落ち着いてユカリ。こう言っちゃなんだけど魔導書を奪われたことなんて何度かあるでしょ?」とベルニージュが優しく説く。

「他の魔導書はそうだけど。『我が奥義書』を奪われたことなんて!」

「あるよ」とグリュエーが指摘する。「ネドマリア、に憑依したヒヌアラに奪われた」


ユカリは思い出す。もう一年以上前のことだ。確かに魔導書を奪われ、暫く戻って来なかった。


「その時は何で戻って来なかったの?」とベルニージュに問われ、ユカリは忘却の手前から当時の記憶を引き出す。

「私、『我が奥義書』の気配の位置までは把握できないから、魔導書が帰って来ない距離を保って隠れられたんだよ。今回とは違う。もう気配すら感じない」


ユカリはそうすれば魔導書が戻ってくるかのように女の消えた空を見つめる。


「なるほどね。ワタシたちの知らない別の条件があるってことか。でもまあ、こっちも奪えたから引き分けだよ」とベルニージュは言って、グリュエーから真っ白な本を受け取る。


価値が違う、とユカリは思ったが言えなかった。ただの魔導書と魔導書を集めるために頼ってきた魔法少女の魔導書では、ユカリにとっての重みが違う。

ベルニージュが白い本を開く。完成する前から既に冊子の形になっている魔導書は『我が奥義書』に続いて二冊目だ。ベルニージュがぺらぺらとめくるが全てのページが白紙だった。完成した後の魔導書とも違う、ユカリが見たことも触ったこともない、油を塗ったかのように艶めく紙のみが綴じられている。


「うーん。あの女の手がかりになりそうなものはないか」とベルニージュは些細なことかのようにさらっと呟く。

「と、とにかく!」一方でユカリは焦りを抑えられないでいた。「何とかしてあの人を追お……、え!?」


ユカリが空から視線を引き剥がすように勢いよく振り返ると、そこには極彩色の羽根で彩った服に白塗りの派手な化粧をした道化師らしき女が佇んでいた。このような広場であれば大道芸人など珍しくもないが、ユカリは目を剥いて凝視する。


「何?」ベルニージュは今にも発火しそうな警戒心を露わにする。

「……魔導書を持ってる」とユカリは端的に説明した。焦りのせいか、他の魔導書の気配に紛れたのか、これほど近くにいたのに気づかなかった。

「まあまあ、そう身構えないで」道化師は大袈裟な身振り手振りと共に剽軽な笑顔を見せる。「初めまして。あたしはお道化る者エリカヴォネ。宇宙一面白い大道芸人だよ」


三人はその名乗りを吟味するかのようにすぐに言葉を返せなかった。


「……そこまで豪語して大丈夫なんですか?」と思わずユカリは心配する。

「もちろん! あたしの伽句ギャグを聞けば誰もが腹をねじ切って死んでしまうんだから! って今はそんな話がしたいんじゃなくて、少しばかり話を聞きたいんだけど。ちょっと時間ある? あんたたち、彼女をどうしたいの?」

「彼女って?」とユカリはしらを切る。情報を引き出すためだ。

「最近巷で有名な魔法少女よ。さっき揉めてたでしょ?」とお道化る者エリカヴォネは世間話でもするように言った。「もしかして知らなかった? 好き者ファンや追っかけって訳でもないみたいだね」

「魔法少女は……」吐き出しかけた言葉を呑み込み、ユカリは憮然として返す。「私は奪われたものを取り返したいだけです」


「奪われたって何を?」道化師お道化る者エリカヴォネは派手な化粧でも分かるほどにやにやと笑みを浮かべている。

「あんたたち、何者?」とベルニージュが問い返す。


互いに言葉を発しながらも一向に交わらない。警戒しているのはお互い様なのだろう、とユカリは察する。


「欲しいのはこの封印シールかな?」とお道化る者エリカヴォネが言うと、派手な裾を折り返して臍を見せる。


臍の隣には派手な寄居虫やどかりが描かれた菱形の札が貼りついていた。

沈黙。言葉の代わりに視線が交わる。


「欲しいのはそんなものに揺るがされない世界です」とユカリははっきりと伝える。


魔導書収集はあくまで手段だ。


「あたしたちに、揺るがされない世界」


お道化る者エリカヴォネは噛み締めるように呟き、まるで拍手喝采を浴びているかのように両腕を広げ、高笑いする。


「いいね。あたしはいいと思うよ。高望みにならないといいけどね」

「試してみる?」ベルニージュが魔術を行使するそぶりを見せる。

「待って、ベル!」ユカリはベルニージュを制止し、周囲を見渡す。「また魔導書の気配が近づいてくる。だけど、何だろう? 上手く言えない。近づいて来ているのにどこから来るのか分からない」


気が付けば、いつの間にか広場には誰も、演説する者も聞く者も野次馬もいなくなっていた。誰かが魔術を使ったのか、騒ぎの一つも起こすことなく人払いが行われていた。ユカリたちは広場の中心で魔導書らしき札を見せびらかす道化師と対峙している。そして、空っぽの広場の辺縁をなぞるように、ユカリたちを取り囲むように深く濃い黒い闇が溢れ出した。深奥と繋がる闇だ。


「何で誰にも教えてない魔術を使えるの?」とベルニージュが沸き立つ熱湯のように静かに憤る。


その未だ知らないことの多い闇の向こうから大集団が現れ、ユカリたちを完全に包囲した。その理解の追い付かない光景に圧倒される。大人数に対してだけではない。半数近くが人間どころか生物とも思えない異形だった。鴉の三つ首を持つ者や毛むくじゃらの虫のような姿の者、手足の生えた海豚、一人として同じ姿の者はいない。人間の姿を持つ者さえも奇妙な雰囲気を漂わせている。


「見たことある種族が一つもいない」とベルニージュが関心と好奇心を向ける。「クオルの魔物でも応用したの?」

「まるでガレインの悪霊みたいだね」とグリュエーが呟く。

「何それ? ただの悪霊ならやりようはありそうだけど」ベルニージュは手持ちの魔導書があることを確かめるように身構える。

「神々が滅ぼした魔性の軍勢が今もガレイン半島をさまよっているっていう御伽噺だよ」


ユカリにも神話の一説に聞き覚えがあった。ガレイン半島の険しい山々には今も悪霊たちが神々への恨みをもって呪いを振り撒いているという。しかしそんなことよりもずっと重大な問題があった。


「ベル、グリュエー、気を付けて! 全員が魔導書を持ってる!」

「全員!?」と思わず声を漏らしたのはグリュエーだ。「百人はいるよ!?」


さすがのベルニージュもそれ以上軽口は出て来なかった。

ユカリの真正面に立っていた一人の男が進み出る。見た目は普通の人間だ。中肉中背の中年男性。整えた黒髪によく整えられた口髭。その年齢に相応しい思慮深さを伺わせる。この寒さを厭って毛皮の外套マントを纏う常識を持ち合わせている。


「初めまして、魔法少女ユカリさん。私は清める者シャナリスと申します。聖女より最たる教敵『魔法少女』討伐の使命を授かった特務機関、魔法少女狩猟団の団長を拝命しました」


最たる教敵とは救済機構の指定する教敵の中でも最悪の存在と見なされ、そのために特務機関を設立される災厄だ。『魔導書』に対応する焚書機関のように、『魔法少女』に対応する魔法少女狩猟団が創設されたのだった。


「随分私のことを高く買ってくださっているようですね」ユカリはたった一人の人間を討伐するために集められた異様な人員を見渡す。

「ええ、それはもちろん。個人における史上最多の魔導書所持者を危険視しないわけにはいかないでしょう?」

「一度も悪用したつもりはないんですけどね」

「素晴らしい!」シャナリスが本心からそう言っているようにユカリには聞こえた。「だがそれを信じられぬ者もいるようです」

「ところでさっきの人はいないようですけど?」


『我が奥義書』を奪っていった女のことだ。当然関係者なのだろう、とユカリは推測したのだった。

シャナリスは深々と頷く。


「ああ、あれは、いわば裏切り者です。嘆かわしいことですが」そう言ってシャナリスはじろりとお道化る者エリカヴォネの方に目を向ける。「それで、貴女はいつまでそこにいるのです?」

お道化る者エリカヴォネは大袈裟に肩をすくめて言う。「実はあたし、さっきあの子に貼り直された・・・・・・のよ。自由ってわけ」

「自由。なるほど。……それで?」とシャナリスは問い直す。

「こうするつもり」お道化る者エリカヴォネは臍の脇の封印シールを摘まんで剥がし、ユカリに差し出す。「あんたに賭けるよ」


ユカリが封印シールを受け取るとお道化る者エリカヴォネは支えを失ったかのようにその場に崩れ落ちた。その音から察するに精巧な人形だったらしい。目くるめく表情が失われれば、それは確かに魂のない物にしか見えなかった。


「なるほど。そういうことが出来るのか」とベルニージュが呟く。

「じゃあ魔導書で組織して魔導書収集者の私にぶつけるつもりなんだね。迂闊じゃない?」


ユカリの言葉にシャナリスは微笑みを浮かべるばかりだった。

一方で悪と見なして使用を禁じる魔導書を他方で悪と見なす魔法少女を討伐するために利用する救済機構の二重規範ダブルスタンダードは今更のことだ。


「そんなことよりどうやって逃げ出すの?」グリュエーがユカリの袖を引っ張る。


一枚の魔導書を得たところで埋まった差は微々たるものだ。しかもその上魔法少女にも変身できない。戦うという選択肢はない。


「さあ、差し迫る危機をどう乗り越えますか!? 魔法少女!」とシャナリスが煽る。


周囲の異形は身動き一つ取らず、命令を待っている。


「残念だけど、今の私にはこの包囲網を突破できそうにないよ」とユカリは寂しげに返す。

「では、こんなところで諦めるというのですか?」シャナリスは本気で失望したかのようだ。

「まさか。魔導書は残らず貰う。いずれね!」


ユカリが宣言すると同時に激しく嘶く巨大な馬、ユビスが包囲網を突破する。さしもの異形の軍勢も異様に大きな馬の登場に驚き、様々な種類の悲鳴が発せられた。


颯爽と現れたレモニカとソラマリアが伸ばした手にユカリとベルニージュが縋りつき、グリュエーは風に乗ってユビスの巨大な鞍につかまる。既に背に乗っている二人を合わせて五人ともなると、さすがのユビスも足が重くなっているが、ベルニージュの放った火と煙に紛れて魔法少女狩猟団の包囲網から逃げ果せられた。




深い闇の底で見たそれは過去であり未来でもある。ユカリにはそれが分かっていた。

小さなみどりは夕陽の中で一人、積み木を積み上げる。

「これは何?」と少し大きなゆかりが言った。

「お城。冒険するの」

「一緒に行ってもいい?」

「冒険したいの?」

「ううん。いつも一緒にいたいの」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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