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通い慣れた細い路地を抜け、短い地下階段を駆け下りる。そうして現れる真っ赤なドアを開け、建物の中へ入った。
奇抜で大胆な装飾も見慣れたが、ガンガン鳴ってる音楽は……感傷に浸りたい時は静かなバーに行くべきだ、と改めて思った。鼓膜より心が掻き乱される。
「悠! 良かった~、今日は来てくれてサンキューの日」
「匡は?」
「あそこ、一番奥のソファ。俺が何言ってもダメなんだ、だから頼むね」
翔真の声掛けに頷き、人を掻き分け奥のテーブル席へ向かった。そこにはひとりの青年がほとんど倒れ込むようにして項垂れている。
酔い潰れてるわけではない。店に来たときからこうだった、と翔真は話した。
馬鹿だな。何を望んで……待ってるのか。
「匡」
名前を呼ぶと彼はゆっくり顔を上げ、大きな瞳をこちらに向けた。記憶が目を覚ます。あぁ、そうだ。彼はこんな顔をしていた。
華奢で色白で、触れたら壊れてしまいそう。病弱そうで、悪いけど薄幸な青年。
十時十分。正確には、二十二時十分。
壁にかかった大きな時計が目に入った。針はもう、十一分を指そうとしている。
今夜は白露に会うのは諦めよう。そう思うと逆に気が楽になって、匡を抱き起こした。
「このままいてもしょうがないし。とりあえず、俺ん家に連れてくよ」
「えぇ~!? 大丈夫か? 手ぇ出さない?」
「出さない。ほとんど病人じゃんか」
翔真は初め不安そうにしていたが、やがてため息をついて清心の頭を撫でた。
「じゃ、悪いけど頼むわ。何かあったら連絡してよ、すっ飛んでくから。……本当は、お前が何かされないか心配なぐらい」
最後の一言はこそっと、匡に聞こえないような声で発した。翔真は店先まで出て、軽く手を振って戻っていった。
むしろ、警戒できるほどに、この青年が頑強なら良かった。すっかり二人きり。肩を貸すことで何とか歩ける匡を家に連れて帰った。
「なぁ、本当に病院行かなくて平気か? 夜間救急で診てもらった方がいいんじゃ……」
「……大丈夫です。ごめんなさい、迷惑かけて」
ベッドに寝かせる。彼はさっきよりも顔色が良くなっていた。体温計は平熱を示している。体調を聞くと、彼は「だるい」だけだと言った。そして、「眠い」と。
「俺を呼んでたんだって?」
白湯を用意して、彼がベッド脇に座った。
「何で俺に会いたかったの?」
子どもを宥めるように彼の柔らかい髪を撫でる。触れているのにすぐにすり抜けて、掴めなかった。