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#大人ロマンス
#サレ妻
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「女として見れないんだよ……悪いけど、今日から飯も洗濯も別々でいいよな?」
三十歳の誕生日
お祝いのディナーの代わりに突きつけられたのは、夫・健一からの残酷な宣告だった。
私は手に持っていた菜箸を落とした。
フローリングに転がる乾いた音が、静まり返ったリビングに虚しく響く。
「……健一さん、それ、どういう意味?」
「言葉通りの意味だよ。奈緒、お前さ、鏡見たことあるか?」
健一はソファに深く腰掛け、スマホの画面を見たまま鼻で笑った。
「その色褪せたスウェット、適当に束ねた髪。体型維持はしてるみたいだけどメイクもしなくなったし……悪いけど、同じ屋根の下にいるだけで『生活感』に押しつぶされそうなんだわ。俺からすりゃもっと刺激が欲しいわけ」
私は自分の指先を隠すように握りしめた。
この手は、健一が「うまい」と言ってくれる料理を作るために荒れた。
この髪は、節約のために美容院を後回しにして、家事の邪魔にならないように結んでいるだけだ。
三十歳
世間ではまだ「若い」と言われる年齢なのに
健一の隣にいる私は、まるで使い古された雑巾のような扱いだった。
「私は、あなたを支えるために一生懸命……」
「そうやって『お前のためにやってる』っていうのが一番重いんだよ。そういう恩着せがましい女、もう無理」
健一は立ち上がり、私をゴミを見るような目で見下ろした。
「正直さ、家政婦としては優秀だと思うよ。だから、追い出しはしない。その代わり、俺のプライベートには干渉するな。お前も、適当に余生を楽しめばいいだろ。……もう『女』としては終わってるんだから」
健一が寝室へ消えた後、私は膝から崩れ落ちた。
視界が涙で歪む。
(終わってる……?これでも最低限気を遣ってきたつもりなのに…)
私は震える手で、ダイニングテーブルの端に置いてあったコンパクトを取り出した。
そこに映っていたのは、疲れ果て、生気を失った一人の女。
健一を優先し、自分を後回しにし続けた結果が、この無残な姿だった。
その時、リビングに放置された健一のタブレットが、通知で明るくなった。
画面には、見知らぬ若い女との密着ショット。
『健一さん、今日も最高だった♡ 早く奥さんと別れて私だけのものになって?』
キラキラしたデコレーション付きのメッセージが、私の視神経を焼き切った。
「……あは、あはは……」
乾いた笑いが漏れた。
私を「家政婦」としてキープして生活の基盤を守りながら
外では私との生活費を削って若い女と遊び歩いている。
そして、私の献身を「重い」「ゴミ」だと切り捨てた。
ふつふつと、心の奥底から黒いマグマのような感情が湧き上がってくる。
(いいわ。そこまで言うなら、望み通りにしてあげる)
私は涙を乱暴に拭った。
もう、健一のために手の込んだ料理を作る必要はない。
健一のために安いスーパーをハシゴする必要もない。
健一のために、私自身を殺す必要なんてどこにもない。
「……地獄を見せてあげるわ、健一さん」
私は立ち上がり、鏡の中の自分をじっと見据えた。
20代のときのように
いや、そのときよりも綺麗になって、彼を見返してやる。
今はまだ、惨めなサレ妻。
でも、次にあなたが私に恋をする時───
それは、あなたの人生が跡形もなく崩壊する時だと教えてやる。
リベンジ・マスカレード。
最悪で最高の仮面劇が、今、幕を上げた。