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「ふっ、それってどんなヤツ?」

「そんなふうに悲しげに微笑む男じゃなく、『騙されて勝手に傷つくほうが悪い』って口にするなり、人を見下すように嘲笑う男でしょ、アンタは……」

「謝ってやったのに、悪態をつかれるとは思わなかった」

「本当に、何しに来たのよ?」


小さい目を覆うような長いつけまつげを上下に忙しなく動かしながら、凄みのある迫力を漂わせる姿に、内心ドン引きしながら答える。


「上司の命令で、支店に顔を出したついでに寄っただけ。ハイボールはまだか?」

「今から作るってば。ちょっとだけ待ってちょうだい」

「遅っ……」

「そういうふてぶてしい態度のほうが、私としては気が楽だわ」


肩を竦めるなり、顔をふいっと逸らして高橋の視線を外すと、手際よく酒を作りはじめた。


「そんなところに惚れてたくせに」


可愛げのない忍の態度にうんざりし、聞き取れないような小さな声で呟いたというのにしっかり聞こえたらしく、ピタリと動きを止めて高橋を白い目で見やる。


「アンタとやり合っても無駄に疲労しちゃうから、そういうコトにしておいてあげるわよ」

「相変わらず可愛くないな」


からかい混じりの高橋を忍は無視して、手にしたシェイカーをリズミカルにシェークした。


「おいおい。いつからこの店は、ハイボールをシェークして出すようになったんだ?」


ほどなくして音もなく目の前に置かれたものは、明らかにハイボールではなかった。


「はい、どうぞ。カクテルグラスが似合わない健吾に合わせて、タンブラーに注いでやったわよ。酒豪のアンタなら、これくらいの量でちょうどいいでしょ!」


オレンジとピンクの中間色の色味を帯びた、得体の知れない酒。タンブラーにはそれと一緒に、カットされたレモンが添えられていた。


「アンタがここに来た本当の理由を、そのカクテルで表現してみたの」

「本当の理由?」

「とりあえず何も考えないで、それを飲んでみてちょうだい」


気味の悪いくらい優しい声に促されたせいで、 因縁をつけることなく、素直に従ってしまった。

タンブラーの端についているレモンを取り除いてから、怪しげな酒を仕方なく口に含む。


「これは……ベースはバーボンか?」

「正解。ワード・エイトっていうカクテルなの。バーボンにオレンジジュースとレモンジュースとシロップを混ぜ合わせてるんだけど、今回作ったそれは、レモンジュースの割合を多くしてみたのよ」

「なるほど、そのせいか。甘さの中にレモン独特の苦みがあったのは」


タンブラーをちょっとだけ傾けて中に入っている氷をマドラー代わりに揺らしてから、もう一度飲んでみる。


「察しのいい健吾なら、私が何を言いたいのかがわかったでしょ?」


様にならないというのに高橋に向かってウインクした忍に対し、眉をきゅーっと顰めてみせた。


「バーボンは、彼がはじめてここに来たときに飲んだ、ミントジュレップのベースになっている酒で、レモンジュースは……シトラス系の香りを使ってる、彼の香水を表しているってところだろ」

「あのときの健吾ったら、酷い顔をしていたわよね。えらく瞼が腫れていて、目の大きさがいつもの半分になっていたっけ」

「自分で自分の顔は見えないからな。酷い顔と言われてもさっぱりだ」

「同感! 今の私も自分の顔が見えないもの。どんなに酷くたって、全然気にしなーい」


いつもの調子を取り戻したのか、明るい声色で言いながら、手に持っていたカクテルグラスを高橋のタンブラーに当てて勝手に乾杯し、一気に飲み干す。


「……彼は元気なのか?」

「あらあら。江藤ちんの名前を出せないくらいに、深く傷つく別れを経験したのかしらぁ?」

「はっ、別れるなんて、造作のないことだろ」


高橋は吐き捨てるなり、タンブラーの中身を煽るように半分ほど飲み込む。口当たりは甘いのに、あとから感じるレモンの苦味で、顔の片側だけ歪めた。


「私と付き合ってた頃の健吾なら、何の痛みも感じずに、後腐れなく別れていたでしょうね。でも今のアンタは違うわ」


瞼を伏せながら告げられたセリフに、小さな溜息をついてみせた。


「何が?」

「人の痛みを知ってる顔になってる。きっと、恋でもしたんでしょうね」

「そんなもの……くだらない!」

「それにさ、アンタいい男だったのに、随分と老け込んじゃったわよね」

「月日が流れれば、誰だって年を取るだろ。残念ながらおまえも、化粧で隠しきれない小皺が増えてるぞ」

「バカね。それがいい味出してて可愛いって言ってくれる、お客だっているのよ」

「それこそ馬鹿だろ。お世辞を真に受けるなんて、そのうち詐欺に遭うぞ」


肩を竦めながら笑った高橋に、忍は声を立てて笑いだした。


「心配ご無用よ。悪い男に引っかかったお蔭で、いい勉強させられたもの」

「そりゃどうも」


昔のやり取りを再現した、今の様子をどこか懐かしく思いながら、ふたたびタンブラーの中身を口にする。

歪んだ関係~夢で逢えたら~

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