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コメント
2件
物語の書き方が日に日に上手になってるのすごい…👏🏻💖
鬼子と灯す途(おにごとともすみち)
この村には、夜になると鬼が来る——。
それは昔から語り継がれる
“恐怖の掟”のようなものであり、
村の子どもたちでさえ、
日が沈むころには
家へ駆け戻るのが習わしだった。
鬼は、必ず子どもを狙う。
小さな命をさらうために、
暗闇の中から姿を現すという。
けれど、この村にはもう一つの伝説があった。
“毎夜、鬼から村を守る男がいる”
名も明かさず、報酬も求めない。
ただ影のように現れ、影のように消える。
村人は彼を”夜守り”と呼んだ。
そのおかげで——
この村で子どもが攫われたことは、
過去に一度もなかった。
ある日の昼下がり。
太陽は高く、
畑には人々の笑い声が満ちていた。
そんな平穏を裂くように——
カンカン!!
警報の音が村中に鳴り響いた。
「鬼族が町に侵入したぞ!!」
「一匹残らず処分しろ!!」
怒号と悲鳴が混じる。
地面が揺れるほどの足音が四方へ散っていく。
その中で”夜守り”の男は、
人並みをすり抜け、静かに走り出した。
昼間に鬼が出る——
そんなことは、これまで一度もなかった。
(嫌な予感がする…)
男は人の足が途絶える、
奥の細道へ踏み込む。
陽が差し込まないほど木々が生い茂り、
どこか”ひっそりとした気配”が漂う場所。
そこで彼は見つけた。
小さな影。
震える肩。
角の生えた、小さな子供の鬼が、
木の根元で必死に身を縮めていた。
男が一歩踏み出すと、
鬼の子供は、 びくりと顔を上げた。
黒く大きな瞳が潤んで、
声は震え、かすれていた。
「……ころさないで……たすけて……」
あまりにも弱々しい声だった。
そこには”鬼の恐ろしさ”なんて欠片もない。
ただ迷子の幼子のように、怯えきった目。
男は剣の柄に添えていた手を、
そっと離した。
(子供か……)
その瞬間、遠くで捜索隊の怒号が響いた。
「こっちに逃げたぞ!!」
「見つけたら即刻仕留めろ!!」
鬼の子は小さな手で耳を塞ぎ、
涙をぽろぽろと落とした。
男は膝を折り、子鬼の目線まで降りて言った。
「……行こう。ここはもう安全じゃない。」
子供の鬼は、躊躇いながら小さく頷いた。
男は子供の手を取ると、
人気のない裏道を通って村の外へと向かった。
村から離れて数日。
ようやく“追手の気配”が薄れた頃。
二人は小さな峠町の茶屋でひと休みしていた。
風の音だけが聞こえる、静かな夕暮れ。
すると、子鬼がふと壁に目を向けて呟く。
「……お兄さんの手配書、貼られてる……」
そこには粗い筆で描かれた二人の顔と、
大きく赤い文字があった。
『鬼族を匿った裏切り者』
男は苦笑しながら子鬼の頭を優しく撫でた。
「心配ないよ。
君を親元に返すまでは、
絶対に捕まったりしない。」
微笑みながら言うその声は、
不思議なほど穏やかだった。
まるで長い間、
誰かを守る言葉を言い続けてきたような、
そんなあたたかさ。
鬼の子はその言葉を聞いた瞬間、
胸の奥にずっとしまっていた
記憶がふっと蘇った。
──『なにがあっても、 母さんが守るからね。』
幼い頃、
母が自分を抱きしめながら言ってくれた、
たったひとつの約束。
男の背中と、母の背中が重なる。
……母さんと同じ。
この人は──あたたかい。
そう思った瞬間、
子供の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。