(……っと)
彼女とはつまり付き合っている人の事だろう。いや、それしか考えられないのだが。
しかし、そんな人は俺にはいない。そもそも俺は誰かと付き合いたいとも思っていないし、俺自身、恋愛感情というものがよくわからないのだ。そもそも、好きとかそういうのを一度も感じたことがないのだ。
楓音は俺の顔をのぞき込みながら、俺の返答を待っているようで、少し落ち着かない様子で俺を見つめている。
「えっと……いないけど」
「そっか! じゃあ、僕が立候補しようかな!」
楓音は俺の返事を聞くと、パッと明るい表情になり俺の顔を見て、それからにこにこと笑顔を浮かべた。楓音は俺の事が好きなのだろうか。いや、俺なんかを好きになるはずがない。きっと、冗談なんだろうと俺は思い、何も言わずに楓音を見た。
楓音は俺の視線に気づいているのか気づいていないのか、特に気にしていないようだ。
それどころか、まるで恋する乙女のような表情をしながら時々チラチラと俺を見てくる。その様子が可愛くて、俺はつい微笑んだ。
先ほどまでのやましい考えは何処かに消えてしまった。こんな可愛い子(男子)が俺の事好きなんてあり得ないと。俺なんて、格好いいところ無いし。
まあ、でも、もし彼が本気で言っているなら、俺は返答に大変困る。
楓音とは高校からの付き合いで、この学校に入ってから初めて出来た友達だった。というのもあり、彼のことは大切な友達という認識で、恋愛対象としては見ていないのだ。可愛いと思うときはある。でも、本当に可愛いと思うだけだ。
あちらも、別に本気で言っているわけじゃないと思うので、俺が気にするようなことでもないんだが。
「冗談、だよな」
「え~どうかな。意外と本気だったりするかもよ」
「でも、俺男だし」
そう言うと、楓音はクスリと笑みを浮かべた。
それから、俺の手を握り、俺の目を見ながら言った。その目は、真剣そのもので、どこか熱っぽいようにも見えた。俺は、その目に囚われて、目を逸らすことが出来ない。
「別に、男の子が男の子好きなのって可笑しくないよ? だって、僕だって男の子だけど可愛いから女の子の制服着ているわけだし。ね?」
「まぁ……確かに、そうかもしれないけど」
でも、やっぱり俺にはよくわからなかった。本気なのか、冗談なのか。
俺が困惑していると、楓音は俺から離れて立ち上がった。そして、空に向かって手を伸ばす。
すると、何処からか吹いた風によって、楓音の髪は揺れて、ハーフアップにしていた髪が風と共に靡いた。その様は、とても綺麗で思わず見惚れてしまうほどだった。
楓音は風に煽られながらも、髪を手で押さえながらこちらを向く。その姿があまりにも美しくて、俺はまた目が離せなくなる。
「あ、でも半分冗談。星埜くんってモテそうだし、友達として彼女とかできちゃったら話す機会がなくなっちゃうなあって思って。独占欲って奴」
「あ、ああ……冗談、か」
「うん、冗談。半分はね」
楓音は俺を見て悪戯っぽく笑う。
冗談かと、内心ほっとしつつも、頭の中では先程の光景を思い出していた。心臓はうるさいくらいに高鳴っていて、顔が熱い。
楓音が男と分かっていても、あんな可愛く笑って言われたら誰でもどきどきするだろうと俺は思う。
それから、楓音は俺の隣に座り直した。肩同士が触れ合うほど近くに座られて、俺は思わず身を引いてしまう。
しかし、そんな俺に構わずに楓音は俺の顔を覗き込んできた。
「な、何?」
「うん? 早くお弁当食べてさ、図書館行こうよ」
楓音は俺に寄り添いながらニコニコと笑顔を浮かべる。俺は戸惑いつつも、自分の弁当を食べ始める。
父さん用にもう一個作っておいたが、きっと食べてはくれないだろうし明日も同じ弁当だろうなと思いつつ、俺は黙々と箸を動かし続けた。
「あっ、そういえばさ。星埜くん知ってる? 最近まで停学をくらってた子のこと」
「停学? まだ、始まって数ヶ月しか経ってないのにか?」
心当たりはある。あれだ、俺の後ろの席の。
(つか、停学? まだ初まって間もないのに?)
だが、停学という単語を聞いて、自分の眉間に皺が寄るのを感じていた。だって、まだ本当に始まって間もないのだ。なのに、停学とはどんな問題児なんだと。自分の後ろの席の人間に変な期待をするのはやめた。危険だと、俺の中でサイレンが鳴っている。
そして、多分……何だが、男なんだろう。楓音の言い方からするに問題行動を起こして停学を食らった。つまり、暴力を振るったのではないかと。
そうだったとしたら、俺はそいつのことが嫌いだ。俺は、悪が嫌いだ。他人に暴力を振るう男なんてもってのほかだ。
もしも、次そいつの顔を見ることがあったら……会ったことはないが、きっとそいつとは上手くやっていけないし、俺は俺の正義を振りかざして、そいつの悪を成敗するだろう。勿論、かっこつけているわけじゃなくて、今後の学校生活のためにも。そして、クラスメイトのためにも。
「うん、それでね……その子さ――――」
そういった楓音の顔は何処か不安げで、俺が守ってあげなくちゃと庇護欲に駆られたのは言うまでもない。
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