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お爺さんは、実は魔族の国でちゃんと偉い人で、お城と国の一切を取り仕切っている。
魔王さまが居れば最終判断を仰ぐけれど、居なくても国が回っていたのはこの人と、その部下の皆さんのお陰だ。
管理室とでも言おうか、お爺さんを始め、白い司祭服のような姿の十数人が詰めている大きな部屋。
入ったこの扉に対して横向きの、互いに向かい合う二列の机に、それぞれが向かっている。
その部屋の真ん中、真正面の窓の前に、お爺さんの机がある。
「あのぉ……。お邪魔します……」
当然……勢いで来たものの、入るとその真剣な雰囲気に呑まれて……声も小さくなった。
「おお。王妃様ではありませんか。何かご用ですかな?」
普段はかけない黒ぶちの眼鏡をクイと上げて、なのに、わざわざ外して席を立ってくれた。
「あの、相談したいことがあって……」
「ほうほう。なら、場所を変えましょうなぁ。隣の爺の部屋に参りましょう。ほれ、レイリン、何かお飲み物を頼む」
こちらに向かうついでに、お爺さんは部下の一人に声を掛けた。
お爺さんのお仕事の手を止めた上に、部下の人のお手を煩わせてしまう羽目になった。
私はどこか学生気分で、けれど、立場はこの人達の上の、魔王妃だというのを失念していた。
「あっ、あの、お気遣いなく……」
「王妃様。お気になさらず、ですぞ」
「ええ、そうですとも。こんな機会はなかなかありませんから、私達も嬉しいんですよ?」
「だ、そうですじゃ」
嘘のない笑顔で、給湯室らしき小部屋にその女性は入って行った。
「ありがとうございますっ」
見渡すと、他の皆さんも笑顔を向けてくれている。
「あ、あの……。皆さんいつも、お仕事頑張って頂いて、ありがとうございますっ」
何か、お菓子でも持ってくれば良かったなと思った。
毎日グータラと過ごしている分、余計に立つ瀬がない。
なのに皆さん、今度は一斉に立ち上がって敬礼をしてくれた。
「わぁ……! い、いやあの、お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい」
私も一礼をして、そしてそそくさと部屋を出ては隣だというお爺さんの部屋の前に、逃げるように早歩きした。
「ほっほ。王妃様のお姿もさることながら、御心の美しさに、皆見惚れておりましたなぁ」
「おっ、お爺さん、そういうのはいいですから。恥ずかしいですから」
「ほっほっほ。慣れて頂くしか。では、こちらにどうぞ。そこのソファにお座りくだされ」
扉を開き、簡素だけれどとても上品な部屋へと、案内してくれた。
難しそうな本が沢山詰め込まれた大きな本棚と、赤茶色の大きな二つのソファに、濃い木目のテーブル。
その奥に執務机があって、一人でもここで仕事をしているのかもしれない。
向かい合ってソファに座る頃に、レイリンと呼ばれた女性が飲み物を持ってきてくれた。
「王妃様には、少しだけお酒を垂らしたオレンジジュースをお持ち致しました。お話をするには、程良いかと思いまして。ファル様にはお茶です。お酒は無し。ですからね」
「なんじゃと?」
「お控えください」
レイリンさんはピシャリと冷たく言い残して、けれど私にはお辞儀と、微笑んでウインクして出て行った。
「ふふっ。愛されてますね」
「むぅ……」
期待していたのか、裏切られた感たっぷりに、悲しそうにお茶の入ったカップを見つめている。
「お爺さんじゃなくて、ファル爺の方がいい? よね? 私、実はお爺さんのお名前今まで知らなくって」
「ああ、そうでしたな。これはこれは、とんだ失礼をば。ファルコン・グレインですじゃ。ですがどうか、魔王さまと同じく、爺とお呼びくだされ。その方がうれしゅうございますからの」
「かっこいい名前! ファルコンの方がいいじゃない!」
「ほっほ。王妃様はこんな古い名を褒めてくださいますか。ですがまぁ、呼びにくいでしょう」
「む……それは、たしかに」
そして、名前を聞いたからにはやっぱり、ファル爺と呼ぶことにした。
ファルコンさんと呼ぶには、親しみ感が足りない気がして。
「それで、ご相談というのは? まぁ恐らくは、魔王様の事でございましょうが……」