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「散歩行くか」
その一言で深い深い眠りについていた私を起こさせる。
私の祖父はほぼ無口でちょっとした冗談でも本気に捉えて激昂する人だ。
祖父が過ごす生活にはマイルールがあり、それを乱されるとまた激昂する。
そんな気難しい祖父と孫の話
その日は突然だった。
祖父がいつものように
「散歩に出かけてくる」
と一言言って玄関から出ようとした時私は何故か祖父に
「私も一緒に行きたい」
と言い急いでパジャマを脱いで外出用の服に着替えた。
散歩に特別行きたかった訳では無い。
祖父との時間を大切にしようと思った訳では無い。
ただ、何となくその言葉が気付いたら口から出ていたのだ。
祖父は私の言葉に一瞬ビックリした顔をしたが、
「そうか」
と言ったきり私が出かける用意が終わるのを静かに玄関で待っていてくれた。
八時になっても起きない私が五時に起きているだけでも珍しいのに散歩に行くなんてと母がビックリして飛び起きた事は今でも鮮明に覚えている。
玄関から出ると昼間の暑さと違ってヒンヤリとした風が私の身体を纏う。
「寒いね」
季節は五月だというのにまだ肌寒い事を祖父に伝えると
「長袖に着替えて来い」
と言って私をまた家の中に戻した。
私は祖父のマイルールの時間を奪っているような感じがして祖父の時間を奪いたくない一心で長袖を引っ張り出してきて外に出ると先程まで半袖だった時と比べて嘘のように暖かく感じた。
「おじいちゃん用意出来たよ。」
と言うと祖父は私にコーギーのストラップが付いた鍵を手渡し
「閉めろ」
と言った。
私は無言で受け取り鍵を閉めて祖父に返すと
「今日は給田辺りを歩くぞ」
と言ってはスタスタと歩き始めた。
私は置いてかれまいと思い祖父の後を小走りで着いて行く。
祖父は長年一緒に居た相棒のコーギーを失い一人で色んな道を探しては一時間散歩をしている。こっから一時間か~と思いながら私は一緒に行くと言ったからには最後までやり通さなければと思い気合いを入れ直すと
「今日はどうした?」
と無表情で私に祖父が声を掛けて来た。
「なんとなく。お祖父ちゃんと一緒に散歩に行きたかっただけ」
と答えると
「そうか」
と答えて少し口元が緩んだように見えた。
祖父と私の相性はまぁまぁ良い方だと思う。
喧嘩はしょっちゅうするが怒鳴り合った後は何事も無かったかのように普通に会話をする。
また祖父はタイミングを見計らって会話がし易い話題を持っていけば話をしてくれる人だ。
そこら辺を少し上手く掌で転がせば思いのままに出来る事を私は知っている。
特に孫である私には孫という特権があるからなのかとても甘い。
「これ買ってきて」
「あれが食べたい」
「これが欲しい」
とねだれば無表情のまま自転車を漕いで駅前のスーパーに買い物に行ってくれる。
要はちびまる子ちゃんに登場してくる友蔵とまる子の関係に似ている。
実際は友蔵と違って穏やかな人では無いのだが。
給田までは行きは三千歩だった。
携帯に入っている万歩計のアプリを開いたら三千という数字が出ていたのだ。
まだ三十分しか経っていないのに私の足は悲鳴を上げていた。
「まだ歩くの?」
と聞くと祖父は私の様子を見ては
「もう後は帰るだけだ」
と言ってスタスタと歩き始めた。
祖父は今年で八十九歳になる。
それなのに三十歳の私でも着いていくのに必死な位足がもの凄く速かった。
「帰るぞ」
少し一休みしようと止まった私に容赦無く言葉を浴びさせる。
「なんでそんなにお祖父ちゃんって足が速いの?」
「こんなん普通やろ」
「全然違うよ、お祖母ちゃんと歩いたときは全然こんなんじゃ無かったよ。」
「それは祖母さんが足が短いからや、しゃーない」
「それお祖母ちゃんに言ったらまた昔の恨み辛みの小言を言われて喧嘩になるよ」
「言わんかったら分からへん」
「夫婦ってそういうものなの?」
「そんなもんや」
父が居ない私にとっては夫婦という形を保っているのは身近で祖父母しか居ない。
夫婦ってこんな感じなんだろうなと改めて夫婦の大変さを知った。
祖父はそんな私を放っといて真っ直ぐ前を向きながら言うとスタスタとまた歩き始めた。
やっと帰り道に着いた頃には私の身体は悲鳴から喜びに変わった。
やっと休めるそう思って祖父に鍵を貰いそそくさと家の中に入った。
玄関の扉が閉まると同時に祖父が
「明日も散歩に行くからな」
と言った事はまたまた冗談よ~と思って聞かないふりをした。
「おい起きろ!散歩だぞ!!」
あれから毎日祖父に朝早く起こされる日々が続いている。
毎日コースは祖父が決めており今日は芦花公園の日だった。
始めて芦花公園に行くのでどんな公園なのかワクワクしたのを今でも覚えている。
「芦花公園って広いの?」
「沢山人が居るの?」
と祖父に聞いても
「ああ。」
としか返事が返ってこない。
今日は少し機嫌が悪い日みたいだ。
話しかけるのは止めた方が良いと判断し話しかけるのを止めると祖父が
「毎日散歩しててどうや?」
と聞いて来た。さっきまで黙りだったのに突然の質問に驚きが隠せなかったが
「そうだね~足の浮腫が取れたかな。後は気持ちが明るくなったかも。」
「そうか。」
そう呟くとまた黙りになる。
祖父が気にしているのは私の持病のパニック障害と不安障害の事についてだと思う。
パニック障害は約九年前から闘病しており不安症は去年の初め頃から発症し始めた。
不安障害の症状は酷くこの世界に生きてても意味が無いと思って未遂だが自分を傷つけた事がある。
毎日寝たきりで本を読むことすらも出来ない私に祖父は心配してくれていたらしい。
芦花公園に着くとかなりの広さに驚いた。
大型犬を連れて散歩をしている人が多く、太極拳をしている集団もあった。
私が物珍しそうな顔をしていたからなのか祖父が
「来た事無いのか?」
と聞いて来た。
「昔中学生の時に一度だけ来たような気がするけれども覚えてない。」
「そうか、今日はこの後近くの神社にお参り行くからな」
そう言ってまたスタスタと歩き始めた。
私は神社?と思いながら着いていくと少し大きめな神社に着いた。
「ここの神社は初めて来たかも」
「そうか」
祖父は入り口(鳥居)で一礼して鳥居を潜ったので私も真似をして一礼をする。
中に入ると公園に居た時に嗅いだみずみずしい感じよりどこか新鮮で清らかな匂いがする。
「こっちや」
そう言うとドンドン中に入っていく祖父の目の前には工事中の大きな建物があった。
「ここで祈るの?」
「違う、その隣にある小さい神さんに祈るんや」
「小さい神さん?」
そう言うと工事中の建物の横にちんまりと居るお賽銭に神さんの姿が見えた。
祖父は迷い無くそこに行くと一礼二拍手をして何かを祈り始めた。
私も急いで真似をして祈る。
私が目を開けた時にはもう祖父はその場から離れようとしていた時だった。
私はまた慌てて神さんに一礼してから祖父の後を追う。
帰り道に祖父に何を祈ったのか聞いたが
「内緒」
と言われてそれ以上は聞けなかった。
私は家に帰るとキッチンに居る祖母にその話をした。すると祖母は
「あ~それはアンタが元気になりますようにって祈っているって言うてたで」
と言ってきた。
あの無愛想な祖父が?と思ったが祖母の顔は嘘をついているようには思えない位、それが何か?という顔で言っているので祖父に確かめようと思いキッチンに向かってくる祖父に
「私の病気について祈っていたの?」
と聞くと少し気まずそうな顔と口を滑らした祖母を少し睨んで
「ああ。」
と答えた。
「やっぱり私達って相性が良いね!だって私はお祖父ちゃんが一日でも長く元気で居てくれますようにって祈ったんだよ」
そう言うと祖父は今まで何十年と一緒に暮らしていた中で一番と言って良いほどの笑顔で
「そうか」
と呟いた。