秋が深まり、木々の葉が赤や黄色に染まる頃、美咲の留学準備は着々と進んでいた。出発は来年の春。まだ時間はあるはずなのに、悠真の心にはすでに「別れ」の影が忍び寄っていた。
ある日、二人は大学の図書館で並んで座っていた。かつて出会った場所。だが、今日は勉強ではなく、美咲が一冊のノートを取り出した。 「これね、留学中に書く日記帳にしようと思ってるの」 「日記?」 「うん。毎日書いて、たまに手紙として悠真くんに送る。……どう?」 悠真は驚き、そして胸が温かくなった。 「……嬉しい。俺も返事を書くよ」 「じゃあ、交換日記みたいだね」美咲は笑った。
冬が近づく頃、二人は奈良公園を歩いた。冷たい風が吹き、鹿たちも身を寄せ合っている。美咲はマフラーを直しながら言った。 「遠距離って、やっぱり不安だよね」 「……正直、不安だ。でも、手紙があれば大丈夫だと思う」 「うん。約束しよう。どんなに忙しくても、必ず書く」 その言葉に、悠真は力強く頷いた。
クリスマスの日、二人は小さなプレゼントを交換した。悠真は美咲に万年筆を贈り、美咲は悠真に革のノートを渡した。 「これで手紙を書いてね」 「……ありがとう。大事にする」
イルミネーションの光の中で、美咲が静かに言った。 「悠真くん。離れても、心は一緒だよ」 「俺も。……絶対に忘れない」
年が明け、出発の日が近づくにつれて、二人の時間は一層大切になった。図書館、カフェ、奈良公園。どこにいても、互いの存在を強く感じていた。
そして、美咲は最後の夜に一通の手紙を悠真に渡した。 「これは、出発前に書いたもの。……読んでね」
悠真は封筒を受け取り、胸に抱きしめた。
遠距離の始まりは、寂しさと不安を伴う。だが、手紙と約束が二人をつなぐ絆となった。 奈良の冬空に、白い息が静かに溶けていった。
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