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翌日の夜
私たちはいつものように『バレンシア』のカウンターに身を預けていた。
昨夜、この場所で交わされた「殺人」にまつわる告白など
まるで煙のように消えてしまった悪い夢だったかのように。ダイキリは持ち前の驚異的な───
過酷な環境で生き抜くために身につけた、どこか歪なほどに鮮やかな切り替えの早さで、せっせと三合のグラスを用意している。
カラン、と氷が触れ合う涼やかな音が店内に響く。
復讐の作戦会議という、血の匂いのする会話が一区切りつき
三人の間に緩やかな、けれど氷の膜のように脆い沈黙が流れたときだった。
ダイキリがカウンターに身を乗り出し
思い出したように瞳に爛々とした好奇心を宿して私とアルベルトを見比べた。
「というか! 聞きそびれてましたけど、お二人って結婚してるんですよね? 書類上も、世間的にも、正真正銘の夫婦なんですよね??」
唐突に投げ込まれた世俗的な、あまりに「普通の」話題に、私はグラスに口をつけたまま眉を寄せた。
アルコールの熱がゆっくりと脳を侵食し始めていた私にとって、それはひどく場違いな問いに聞こえた。
隣では、大きな塊から氷を削り出していたアルベルトがその手を止め
事務的な、機械の歯車が回るような冷ややかな声で問い返す。
「……ですが?その事実が何か、作戦に支障をきたしますか?」
「ですが、じゃないですよ! 結婚してるなら、その……どこまでしてるんですか?! キスは?! その、えっちとかはしたんですか?!」
ダイキリの目は、恋バナに飢えた、ごく普通の平穏な少女そのものだった。
その瞳の輝きに、昨夜私が不用意に剥き出しにして植え付けたはずの「血の匂い」への恐怖は、どこにも見当たらない。
彼女は今、この殺伐とした、死と隣り合わせの共犯関係の中に
無理やりにでも「ときめき」という名の正常さを求めているようだった。
そうしなければ、立っていられないのかもしれない。
「ないわよ」
「ないです」
私たちは、示し合わせたわけでも
呼吸を合わせたわけでもないのに、完璧にシンクロした速度と無機質さで即答した。
コンマ一秒の狂いもない、あまりに無味乾燥な否定。
それを見たダイキリは、ぱあっと頬を染めて、嬉しそうに「ふふっ!」と高く笑い声を上げる。
「あはは! 息ぴったり! 本当に仲良いですね~、なんだか見ていて羨ましくなっちゃいます!」
「茶化さないで。大体、興味ないわよ。こんな、精密機械みたいに何を考えてるのか分からない鉄仮面男に」
私はグラスの中で溶けかけ、角の取れた氷を、コロンッ、と小気味よい音を立てて回しながら毒を吐いた。