楽しく会話をしながら、私はいつか彼がつらい事、面倒な事を「慣れている」と言わなくなったらいいなと思っていた。
――この人は、世界一幸せにならないといけない人だ。
――私が幸せにしてみせる。
そう思いながら、私は新鮮で美味しいお刺身を食べて「ボーノ!」と指で頬をクリクリとつついた。
「ボーノでブラビッシモなところ悪いけど、週末デートしないか?」
「する!」
私は前のめりになって返事をする。
「ほら、木曜日ホワイトデーだろ」
「あっ」
声を上げると、尊さんはジトォ……と見てきた。
「おい、忘れてたのか。ここぞとばかりにプレゼントをねだる日だろ」
「いやぁ、そういうのはあまり考えてなかったです。バレンタインをあげたら、プシュッと気が抜けてしまって」
「無欲な女だな。そういうところが魅力的ではあるけど、もっと『ブランドバッグ買って』とかおねだりしてほしさはあるな」
「パパ活……」
「おいー……」
尊さんはガックリとうなだれ、ハァ……と溜め息をつく。
「じゃあ、お肉ご馳走してください。『ガツンとステーキ』みたいなやつ」
「……A5ランクのやつとかは?」
「……またパパ活みたいな事言う……。若者は質より量なんです」
「ホワイトデーにガーリック効いたステーキかよ……。色気ねぇな」
「ふふん? 夜にニンニク臭をぷーんとさせながら、誘ってさしあげますよ。速水尊ニンニク耐久一本勝負! みたいな」
「ガスマスクつけて抱くかな……」
「あははははは!」
軽口の叩き合いに我慢できなくなった私は、とうとう笑い始めた。
尊さんは笑っている私を見て微笑み、食事の続きに取りかかる。
「……俺、こういう何気ない時間が一番幸せだよ」
「私もです。これからも毎日一緒にご飯食べましょうね」
「俺、朱里の食いっぷりが好きなんだよな」
「ほら、そうやってすぐ食いしん坊にもってくー」
ブスーッと膨れると、尊さんはおかしそうに笑った。
**
三月十四日のホワイトデー当日は、平日なので仕事をこなし、帰りにお高級なフレンチレストランで食事をした。
その上、美味しいチョコレートとマカロン、クッキーをプレゼントしてもらった。
「ホワイトデーのお返しって、贈る物で意味が違うの知ってます?」
帰りのハイヤーの中で、私は不意に思いついて尋ねる。
「あー、なんか小学生の時に女子が言ってたな」
「マカロンが『特別』、キャンディが『好き』、クッキーは『友達』、マシュマロは『嫌い』」
「へぇ……」
改めて教えてもらった尊さんは、興味深そうに聞いている。
「そーしーてー……。チョコレートは『もらった気持ちをお返しします』! あはは!」
「はぁ? ……ったく……。朱里はそんなの構わず食うよな?」
「当然の助です」
グッと拳を握ると、尊さんは少し黙ったあと、ややうろたえて言う。
「今回は評判のいいパティスリーでまとめて買ったんだけど……。マカロンが代表な。残りはサブ」
「んふふ、気にしてる~」
ツンツンとつつくと、尊さんは溜め息をつく。
「そういえば、時沢にもなんかもらってたな」
今日の職場での事を思いだした尊さんが言い、私は「あー」と頷いて手荷物を見る。
「バレンタインに、あまりにしつこいからパキットチョコをあげたんですよ。なのに高級な焼き菓子セット持ってきたから、びっくりしちゃった」
紙袋は海外ブランドの物で、値段の差がありすぎて気後れしてしまう。
「焼き菓子の意味は?」
尊さんが気にする。
「んー、マドレーヌが『もっと仲良くなりたい、特別な関係になりたい』だったかな。時沢係長がそこまで考えていると思えませんけど」
「どうかな。あいつ結構乙女なところがあるから。……あと、六条からももらってた?」
「……目ざといですね。六条さんとは付き合いが長くて、毎年もらってます。今年はなんだろ……。『出張のお土産』って言ってたんですけど」
そう言って私は深緑色の紙袋からカサリと包みを出す。
開けると、中から金平糖が出てきた。
コメント
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朱里ちゃん、めちゃくちゃモテるからねぇ.... 独占欲の塊のミコティとしては、やっぱり心配⁉️😁 ミコティとしては 早く辞令が下りて、二人の仲を公表しちゃいたいのでしょうね....👩❤️👨