目黒くんと最後に会ってから、一週間が経とうとしていた。
前向きに考えられる節は増えてきたが、まだまだ彼という人物をあまり知らない。
どんな食べ物が好きなのか、趣味は何か、どんなことに興味を示すのか。
俺は何も知らなくて、少し悔しかった。
芸能界にいるのなら、検索してみれば良いのではないかとも思ったが、それもなんだか違う気がした。テレビの中にいる目黒くんじゃなくて、俺の目の前で笑ってくれる目黒くんをもっと知りたかった。
会いたい時に会えない、知りたいのにわからない、こんなに苦しくなるなら、連絡先を交換しておけばよかった。
今の俺には、目黒くんに会う手段がない。
どこにいるかもわからない、何をしているのかも。
次に会える日はいつなんだろう、こうやって俺がモタモタしている間に、目黒くんは俺に興味がなくなって、二度と会えなくなっちゃうこともあるのかもそれない。
そう思うと、少し目の前が暗くなった。
今日は一段と仕事が片付かず、会社を出たのは、日付を超えて30分ほど経った頃だった。
終電も逃してしまったため、仕方なしにタクシーに乗った。
そこまで稼ぎがあるわけでもないので、使用するのは極力避けたいのだが、歩いて帰るほどの体力も残ってはおらず、生活費の心配をしつつ車の中から窓の外を眺めた。
家の前まで車をつけてもらい、料金を支払う。
深夜割り増しというシステムが痛かった。
とぼとぼと家の階段を登り、鞄から鍵を取り出す。
廊下を渡っていると、俺の家の前に人影が見えた。
怖くなり、一歩一歩ゆっくりと近づいてみる。
その影は真っ黒で、ドアの前にしゃがみ込みうずくまっている。
具合でも悪いのかな?でもどうして俺の家に?どこか別の場所と間違えているのかな?と内心びくびくしながら、その人に声をかけた。
「あ、、あの、、、大丈夫ですか?」
「…」
「あの、ここ、俺の家なんですが、、中に入りたいので、どいていただけると…」
「…」
…寝てるのかな。いくら声をかけてみても反応がない。
起こすのもかわいそうだが、体をゆすって起こす。
「あの、起きてください。風邪引いちゃいますよ?」
ぴくっとその人の肩が揺れる。
起きたのか、ゆっくりと顔を上げ、
「ん…、ぁべちゃん、、おかえり……」
と言った。
め、ぐろくんだ…、めぐろくん?目黒くん!?なんでここにいるの!?
「あべちゃん、おそかったね。おつかれさま。」
「え、ぁ、うん、ありがとう…?目黒くんはどうしてここに?」
「きょう、じかんできたから、へやぎ、かえしにきた。」
「え?!そのためにわざわざ!?そんな、返さなくてよかったのに…いつから待ってくれてたの?」
「うーーーーーー…?わすれた。」
「忘れたって、、。」
「あべちゃ、これあげる。」
「なぁに?」
「ごはん、たべてないかなっておもって。ちかくのおみせでつくってもらったの。」
「っ、、ありがとう、ありがとうね」
「うれしい?」
「うん、嬉しいよ。ありがとう。」
「ふへへ、よかった」
照れくさそうに笑って、俺を抱きしめる目黒くんの体は暖かかった。
…いや、熱くないか?
服の隔たりがあって分かりづらいけど、手や首がものすごく熱い気がする…。
それにいつもみたいな話し方じゃないし、様子がおかしい…。まさか…。
「目黒くん、おでこ触るよ?」
「…つめたい。きもちぃ…。」
「やっぱり熱い。目黒くん、とりあえずうち入って!!」
「いーの? やったぁ。あべちゃんのいえ、すき」
「はいはい、入って、ほら」
ほぼ担ぐようにして目黒くんを部屋に入れ、ソファーに座らせる。
薬箱にしまっている体温計を目黒くんに渡してみるも、ぼーっと俺の顔を見てばかりなので、腕を上げさせて脇に挟む。
ピピっと音がして、体温計を回収すれば、そこに浮かび上がる数字は39.5℃。
高熱じゃん!!!
まずいまずいと焦りながら、まず何からしたらいいんだと部屋中を駆け回った。
「目黒くん、ご飯食べた?」
「うん、たべた。ふぁいとどん。」
「? どんなご飯?まぁ、食べたなら薬は飲めるね。」
風邪薬を用意し、コップに水を注ぐ、熱冷ましのシートを冷蔵庫から一枚取り出して目黒くんの元へ。
広いおでこにペちっと貼り、薬と水を差し出す。
「目黒くん、薬飲んで」
「なんで?」
「なんでって熱あるよ?」
「ねつない、おれげんき」
「嘘つけ、ほら飲まないと、辛いよ?」
「やぁだ。」
「子供じゃないんだから、もう…。」
「そんなのんでほしいの?」
「うん」
「じゃあ、あべちゃんがのませて」
「えっ」
「そしたらのむ。」
ほんとにこの子は………。
早く早くとせがんでいる。
ああぁああぁああもう!!!
ソファーに座る目黒くんに跨り、錠剤を目黒くんの口に突っ込む。
俺は水を口に含み、目黒くんの顎を掴み少し上を向かせる。口を開かせてその隙間から水を流し込んだ。
こくこくと飲み下したのを確認し、口を離そうとすると、背中に腕を回されて動けないことに気付く。そのまま口の中を目黒くんの舌が一周する。
「んッ!? ふ…ぁっ、、」
「ん、ふへ、あべちゃんがちゅーしてくれた」
「…っちがうッ!!!!!!!!」
この病人め、と恨みがましく睨みつけても目黒くんには効いていないようだった。
目黒くんが着ていた服を脱がし、返そうと持ってきてくれた俺の部屋着を、またそのまま着せる。
ベッドまで連れて行き、水やタオル、体温計などをそばに準備すれば、一旦これで大丈夫だろう。
ふわふわとご機嫌な目黒くんを寝かせて部屋を出ようとすると、腕を掴まれ引き止められる。
「あべちゃ、ねるまででいいから、ここにいて」
「…うん、いいよ。ずっとそばにいるよ。」
手を繋いで安心させてあげたかった。
ここにいるよ、大丈夫だよって気持ちが伝わるように、ずっと手を握っていた。
目黒くんの顔を見つめながら考える。
もう、俺の心の中で答えは出ている気がしていた。
言葉にする勇気がないだけで、とっくのとうに心も体もしっかりと何が欲しいのか分かっている気がする。
こんな高熱を出すまでずっと待っててくれていたこと、いつでも俺を想っていてくれていること、俺の全部を好きだと言ってくれること、全部嬉しかった。応えたいと思った。
釣り合うのかなんて分からない。
でも、俺は目黒くんと生きてみたかった。
俺の世界の中で、今、隣にいて欲しくて、見守らせて欲しいのは目黒くんだった。
手を繋ぎながら、小さく呟く。
「すきだよ…めぐろくん…。」
一度言葉にしてみれば、好きが加速していった。
泉のように湧き出して、目黒くんが好きだということで頭の中がいっぱいになった。
生まれて初めての感覚に、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
処理できないほどに溢れた気持ちが、涙となって流れ落ちていった。
「あべちゃん、、いまの、ほんと…?」
「目黒くん、起きてたの!?」
「あべちゃんとてつないでるのうれしくて、あべちゃんがこっちみてくれてるのうれしくて、まだねたくなかった」
「そ、そっか…っ」
「どうして、ないてるの?どこかいたいの?」
「へ、あ、ううん、なんでもないよ!!」
「かくさないで、ぜんぶみせてっていったでしょ?」
ずっと待ってくれていたこの子に、俺ができることは、自分の気持ちをしっかり伝えること。オーナーが覚悟を決めたように、ラウールくんが好きな人の近くにいるために頑張っているように、俺もちゃんとけじめをつけるんだ。高鳴る鼓動を抑えながら、息を吸い込んだ。
「俺も好きです。目黒くんのこと、大好きです。一緒に生きてみてもいいですか?」
「やっとすきになってくれた。ずっとまってたよ。いっしょにいきよう?」
待たせてごめん。臆病で、自分にも自分の気持ちにも全然自信が持てなくて、本当にごめん。そんな気持ちを込めて、目黒くんの目尻に口付けを落とした。
「ふへへ、今日はたくさんちゅーしてくれるんだね」
「さっきのは違います。」
「ほんとにー?」
「ほら!熱あるんだから早く寝なさい!!」
「はーい」
「かぜなおったら、いっぱいちゅーして、いちゃいちゃしようね」
と揶揄う目黒くんに、恥ずかしさを隠すように顔まで毛布をかけて、軽く引っ叩いた。
朝の光と、背中の痛みで目を覚ます。
また、目黒くんの手を握ったまま眠ったようだ。
つい1ヶ月ほど前にもこんなことをしたっけ、とそれが、なんだか遠い昔のことのように思えた。
熱さましのシートを剥がし、目黒くんのおでこと首を触ってみる。
まだ、ほんのり熱くて、体温計で測ってみると38.2℃。
なかなか下がらないので、相当疲れが溜まっていた矢先に寒空の下にいれば無理もないだろうなと、少し申し訳なくなった。
ひとまず目黒くんが起きた時のために、食べられそうなものを作りにいくことにした。
おかゆくらいなら、作れるかな。
鍋に水を張り、火にかけて、冷凍保存しておいたご飯をそのまま鍋に入れて溶けるのを待つ。
おかゆを作っていると、目黒くんのスマホが鳴った。
緊急の用事なのか、一向に鳴り止まないので、今の状況だけでも伝えようと、恐る恐る電話に出た。
「もしもし…」
「あ、やっと出た!おっちーーーー!!!って、だれ?」
「あ、すみません…。阿部と申します。目黒くん、今熱出てて、うちで寝てて…たくさん鳴っていたので、急ぎなら状況だけでも伝えようかと思って…。」
「あー!!!君がめめの「お嫁さん」かー!!! 色々めめから聞いてるよん!」
「お、お嫁さんって…。えっと、何か目黒くんに伝えておくことはありますか?」
「んーと、熱あんならしょうがないね、ふっかに言っとくとして、今日はめめ休んでいいよー!って伝えてくれる?」
「え、ふっか?」
「おーい、聞こえてるー?」
「あ、っはい!わかりました。」
「嫁とゆっくりねー!って言っといて〜!にゃははは!!」
一方的に言いたいことを言うと電話は切れてしまった。
お嫁さんって、、あの子はいったい自分の同僚に何を言っているのか…。
恥ずかしいと思いつつも、満更でもない自分もいて、一人でふにゃふにゃと笑っていた。
キッチンから何かが吹きこぼれる音がして、はっと我に返る。
まずい!!おかゆ!!!
ドタドタと走って戻った。
そういえば、電話の人が言っていた「ふっか」ってあのふっかかなぁ。
今日が休みでよかった。
洗濯を回し、掃除をしていると、寝室の方から物音が聞こえる。
起きたかな?
覗いてみると、まだ眠そうにぽーっとした目黒くんがベッドに座っていた。
「目黒くん、おはよう。」
「ん、あべちゃん、おはよう。」
「まだだるい?」
そう問いかけながら、首に手を当てる。まだ少し熱かった。
目黒くんは、俺の手を取って甲に口付けた。
「移っちゃうから、今日のおはようのキスはここにする」
「〜〜っ!! もう!!!」
平気でこんな格好いいことができるのは、ほんとにずるい。
「おかゆ作ったけど、少しなら食べられそう?」と無理に話を変えた。
「え、まじで?たべたい。」
「じゃあ持ってくるね。」と言い残し、寝室を出てキッチンに向かう。
温め直して、器に入れる。
トレーの上に乗せて、寝室へ。
「うわぁ、おいしそ。あべちゃんありがと。いただきます。」
「どうぞ」
…なぜか食べずに俺の方をじっと見ている。
やっぱり食欲無かったのかな。
「あーん、してくれないの?」
「…ん?」
「ん?」
「え?」
「おれ、腕だるくてスプーン持てない…」
「あ、そういうこと!? ごめん気づかなくて、、ちょっと待ってね、、っ」
スプーンに一口分を取り、火傷しないようにふーふーと冷ましてから、
「はい、どうぞ」と目黒くんの口元に持っていった。
すると目黒くんは頭を抱えてうずくまった。
「え?お腹痛い?どうしたの?」
「マジかわいい、ほんとかわいい、信じてくれるんだ、、天使?いや、なに?わかんない、とにかくかわいい。結婚したい。早くおれのお嫁さんにしたい。」
「目黒くん、、冷めちゃうよ?」
「っあ、ごめん、なんでもない、いただきます。…ん!おいし!」
「ほんと…っ!? よかったぁ」
ご飯を食べ終え、さっき電話があったことを伝えた。
「それで、その人から、「ふっかに伝えておくから、今日は休んでいいよー」って伝えてくれって、ごめんね、勝手に電話出ちゃって…」
「ううん、むしろありがとう。助かったよ。とはいえ穴あけちゃったのはまずいか…次会う時なんか買ってこ…。」
「そういえば、その子が言ってた「ふっか」って人、俺の友達にもおんなじあだ名の人がいるからびっくりしちゃったよ。」
「あー、ふっかさんか、俺らのマネージャーやってくれてる人だよ。」
「えっ、、、」
「えっ?」
「その人の名前って?」
「ん?深澤辰哉さんって名前だけど…」
「…まじか」
おいおいおいおい、、、ここで繋がるの!?
そうだったのか、どこかでマネージャーしてるとは聞いてたけど、まさかまさかだよ……。すごい偶然だな。
「あべちゃん大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫だよ!」
ふっかのことより、今は看病の方が大事だと気持ちを入れ替えて、目黒くんに向き直る。
お風呂は、きっとまだだるくて 入れないだろう。
でも汗かいてるだろうし、「ちょっと待ってて」と伝え、洗面器にお湯を入れて、フェイスタオルも用意して持っていく。
「目黒くん、服脱げる?」
「ふく…? !! あべちゃんその気になった?」
「どんな気だよ。体拭くから脱ぐよ、ほらバンザイして?」
「…はーい」
不満そうに両腕を上げた目黒くんの服を脱がせ、体を拭いていく。
「ねぇ、あべちゃん?」
目黒くんが俺に問いかける。
「ん?」
「好きになってくれて、ありがとう。」
「っ!こちらこそ、好きになってくれてありがとう。」
「俺、阿部ちゃんのこと、絶対大切にします。」
そう言って目黒くんは俺を抱き寄せた。
「うん、ありがとう。俺の全部を愛してくれて、ありがとう。」
俺もぎゅっと目黒くんを抱き締め返した。
誰かを抱き締めると、こんなに心が暖かくなることを初めて知った。
…………………To Be Continued.
コメント
2件
身の回りの人達が、思わぬところで繋がっていて話の展開にドキドキしちゃいました❤️❤️