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追憶の探偵

41 - 3-case05 呪い

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2025年02月06日

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「春ちゃんごめん、手、痛くない?」

「はあ? 痛いに決まってんだろうが。お前、自分の握力考えろよな」



家電量販店を出て、俺たちは帰りの電車を待つ間ホームのベンチに座っていた。昼食は最寄り駅の中にあるカレー屋に変更になった。

神津は、俺の隣に座ってからというもの、俺の手に触れては眉を下げた。神津に捕まれた右手の手首は赤くなっており、少し痛む。

反対車線の電車が通過するのを見送りながら、俺は神津を横目で見る。



「……なあ、何でさっきあんなに急いで出たんだ? 皆お前の音聞けて喜んでたじゃねえか」

「まあ、ちょっと色々」

「答えられないのか?」



そう強く言えば、神津は降参と言ったように目を伏せた。

そうして、俺の手を両手で包むように握りながら口を開く。



「僕の音を本当に好きっていってくれる人も勿論いるよ? でもね、今日周りにいた人達ってさ、有名人に会えた自分ラッキーみたいに思ってる人が多いんじゃないかな」

「偏見だな」



偏見だよ。と神津は笑って返した。

神津の温かい手が俺の冷たい手を包み込んで、じんわりとした温かさが伝わってくる。その温度を心地よいと思いながらも、俺は神津の言葉を待った。

神津は言いにくそうに、二度、三度唇を噛むと、先ほどと打って変わっていつもの笑顔を俺に向けた。



「そうだ、春ちゃん。さっきの僕の演奏どうだった?」

「どうって……俺は、音楽に詳しくねえし、勿論ピアノにも……でも、凄えなって思った」

「それだけ?」

「……俺の知らない恭だなって思った」



そう俺が言えば、神津はそうだね。と俺の手から離れていく。

後ろに腕を伸しながら、神津は悲しそうに笑っていた。どうしてそんな表情をするのか、十年ずっとピアノと生きてきたんだろうと口から出そうになったが、俺は口が開きそうになったところで言葉を飲み込んだ。

さっきの演奏を、その後の神津を見る限り、彼がピアノを音楽を好きではないことが分かったから。



「ああ、でも俺の知ってる曲だった。名前は知らねえけど、聞いたことある曲」

「有名だもん、ショパンの幻想即興曲」

「凄えな、楽譜見ずに弾けるのもそうだし、指があんなに早く動くなんてな……あんま、近くで見てこなかったから分かんなかった」

「まあ、慣れというか。あれ、そこまで難しくないよ?」



と、神津は面白そうに笑う。


弾けない俺からしたら、難しい以前の問題だと、俺と比べるなと睨んでやった。そんな風に睨めば、また神津は可笑しいと腹を抱えて笑った。何がそんなにツボに入ったのかは分からない。



「それじゃあ、特別に教えてあげようか? 本当ならお金を取りたいところだけど、さすがに恋人からそんなことでお金を取るなんて事しないよ」

「そんなことって、大層なことだろう」

「そう?春ちゃんにだったら教えてあげるよ。手取足取り」



神津は悪戯っぽく笑いながら、俺の方へ体を乗り出すようにして顔を近づけた。

彼の長い髪がさらりと流れて、シャンプーの甘い匂いが鼻腔をつく。それに思わず胸が鳴る。こんな綺麗な顔で言われたら、男でも女でも「はい」と喜んで答えるだろう。


けれど、きっとこんな顔を向けるのは、向けられるのは俺だけだ。


神津の長くてすらっと伸びた指が俺の指の隙間に入り込む。そして、俺の指の形を確かめるように神津は指を滑らせた。



「春ちゃんの手って僕より小さいよね。それに、僕よりも堅い」

「ほっとけ」

「でも、この手でたくさんの人を守って救ってきたんだよね」



と、神津は優しく微笑む。


確かに、神津と俺の手は一回りぐらい違う。身長差もそこそこにあるため不自然ではないが、神津の方が男の手という感じがして、骨張っていてそれでいて柔らかさもある不思議な手だ。



「きっと春ちゃんならあの曲すぐ弾けるようになるよ。春ちゃんって努力家だし、飲み込み早いし……あ、でも指はかたそう」

「そういうお前は柔らかそうだな」

「そうだね。ピアノを弾くに、手は大きいことにこしたことないし、柔らかくて開ける方が有利だからね」



そう言うと神津は俺の手の形を調べ終わったようで、手を止めた。



「どう?一緒に練習する?」

「ああ」



俺がそう答えれば、神津は予想外とでも言うように目を見開く。



「え……」

「えって、何だよ」

「いや、えっと……春ちゃんそういうの興味ないかなーって思ってて、凄く以外というか何というか」



神津は俺から目をそらした。

まるで、俺が神津に興味がないみたいに言うと、俺は神津の指の隙間に自分の指を滑り込ませて握る。



「教えて欲しい。お前の事……俺は、お前の事知りたい」



そう言って神津の方を見れば、彼はなんとも言えないような驚きとも喜びとも言えない表情をしていた。

まるで、子供が泣きそうな顔。



「お前は俺の事調べただろ? 俺の事、前よりも理解したんじゃねえのか? だったら、今度は俺がお前の事を知る番だと思う」

「知りたいの?」

「ああ、だから教えてくれ。恭……お前にとって音楽は、ピアノはどういう存在なんだ?」



と、俺が真っ直ぐ神津を見て聞けば、彼は悩ましいような吐息を漏らす。


そして、手を握り返すと苦しそうにその若竹色の瞳を揺らした。



「僕にとってピアノは――――呪いだ」

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