テラーノベル
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立秋 芽々(りしゅう めめ)
#死ネタ、流血表現、暴力表現
電話が切れたことを、スマホは告げている。
返事がない、電話が繋がらない。
それはつまり、レンタローとハーちゃんに危機が差し迫っているということ。
命の危機が、あるということ。
アホが。
この命知らずが。
ワタシは苦虫を噛み潰すように歯を鳴らして、即座にスマホをポケットにしまった。
いいや、怒ってる場合か?
今はフタリのことを探して助け出さないと。
ああ、バイト終わりでよかった。
今からバイトとかだったら、バイト放棄するところだった。ブチ切れられるわ、そんなことしたら。
思い切りロッカーを閉めて、ワタシは店をあとにしようとした。
戦闘準備も完了だ。
あとは、自分の力を信じるのみ。
「あ、森杖さん。」
そんな時、店長が声をかけてきた。
森さんって、ワタシの名前マシロなんだけどね。
まぁ、「森杖 マナミ 」っていう偽名使ってるから、仕方ないね。
「すみません、急いでるんで。」
早くしないとフタリが……。
店長相手に冷たい言葉を突き刺して、ワタシは急ぎ足で店の自動ドアをくぐり抜けた。
電話越しに、リアスの声が聞こえた。
そして、そのままどこかへ連れ去られた。
きっとアイツの能力で瞬間移動でもしたんだろうな、と推理する。
リアスが来た、ということは、フタリがいる場所はあそこ。
予想が的中しているのであれば、かなりやばい。
死を、覚悟するほどに。
「最悪……!聞いてないし、こんなの!!」
「わたしたち、早く帰りたいのだけれど!」
周囲には、虚霊、虚霊、虚霊。
せせら笑うような声を立てた亡霊たちが、俺たちをいっせいに襲ってくる。
なにかに、操られて。
「この……!」
バットを振るうように剣を動かして、一気に二体の虚霊を倒した。
一部落とし穴ができた床と、幽霊がいるこの敵の廊下。
面倒くさい、マジで!
「できるだけ持ちこたえてよ?じゃないとつまらない!」
防犯カメラの向こう側で、嫌な少女の声が聞こえる。
そう、リアス。
かごめかごめと歌うように俺たちを囲む虚霊たち。
きっとそれは、リアスがこいつらの支配者だから。
思うに、リアスの能力は、虚霊を支配する能力?
いいや、支配するだけじゃない?
まぁいい。本当にただの予想だから、仮定として捉えておかないと。
まだ弱そうな虚霊だからいいけど、予想通りだとしたら厄介な能力持ちだ。
そしてもっと厄介なことに。
今、イロハの手元に剣が存在していない。
どういうことか?
さっき、床に叩きつけられたと同時に咥えられていた剣が前方ぶっ飛んでしまった。
だから手元にない。
彼女は戦闘が不可。
つまり、戦えるのは俺しかいないってこと。
でも戦闘面で自分が強いかと言われれば、そうでもない。
せめて隙を作るくらいだろうか。
「てあっ!」
スイカを割るように一体を真っ二つに斬り裂く。続けて攻撃をしてくる二体のうち一体のことを蹴り飛ばし、もう一体の腕(腕じゃないかもしれない)を切断。
斬った腕を後方から殺意を湧き出す虚霊に投げ、
動きを鈍らせた後、そのまま二体同時に細切れにした。
と、真面目に戦ってもイロハの剣は取りに行けそうな様子はない。
剣のある場所に、虚霊が群がっている。
こいつら、分かってるな。理性がないくせに。
そんなよそ見をしている場合でもなかった。
前も後ろも敵だ。
イロハの姿を見れていない。
彼女は何してる?
一瞬の心配の思考を振り払って、眼前の虚霊を斬ろうと剣を振ろうとしたとき。
ぐしゃ。
突如響く断末魔と、気持ち悪い真っ黒な液体。
ぎぇ……!
白い肌の拳が、虚霊の頭らしき部分を、 殴り潰していたのだ。
その拳の正体は、
「……殴るもんじゃないわね。」
イロハ。
殴るもんじゃないと言っておきながらも、殴る蹴るを繰り返して、俺の眼前にいる虚霊は綺麗さっぱり。
剣を囲っている虚霊も、彼女によって殴られて終わった。
「よし、取り戻せた。」
黒い液体まみれの羽織と手。
よくできたな……。
剣を構えて姿勢を正すイロハ。
俺、結局、何もしてなくないか?
数体倒しただけだぞ。
そして素手で殺ろうとかよく思いついたな。
普通、剣の取り戻り方とか考えると思うんだけど。
脳筋だよなぁ、イロハって。
前より、脳筋が加速してるぞ。
ぼーっとそんなことばかり考えていたら、また イロハの剣が床に落ちた。
硬い音が、雫のように広がる。
イロハが、手から離した。
「……イロハ?」
剣を間違えて落とした?
そんなことイロハは普段しない。
意図的に落とした?
彼女は、手を押さえている。
肩を上下させながら。
そして、しゃがみこんで何かを隠している。
……なに、してるんだ。
床 に、赤い血液が落ちた時に、俺は事の重大さを理解した。
痛みを堪えるような声で、イロハは言う。
「レン、これは。」
手を押さえるのをやめて、こちらにその様子を見せてくれた。
見ない方が良かった。
なんていえばいいかも分からない。
虚霊の黒い液体によって、皮膚から煙が上がり、だんだんと手の形が崩れていくのだから。
「なっ……!お前、それ!!」
「しくじった。まさか、虚霊の液体にこんな落とし穴があるなんて。
今までの虚霊とは、別物ね。」
なんでそんなことに?
いや、まず虚霊の血液を今まで見た事ないんだけど。
「大丈夫よ、問題は無い」と言うイロハは、防犯カメラの方を見ていた。
深呼吸をして、目を閉じ、開けると、彼女の手の傷が少し治っていく。
彼女の治癒能力。
挑発するようにカメラに向かって口角を上げる。
でも、手の傷は癒えてはいるが、治る速度が遅い。
痛みの跡は去ることなく、”皮膚だったもの”が床に崩れ落ちる。
冷や汗が、イロハの頬を伝った。
顔は笑ったままなのに。
やはり、少し焦ってはいるのだろう。
それでも、フラフラと立ち上がり、怪我をしているというのに剣を拾う。
再び姿勢を正して、防犯カメラを見上げて、今度は睨みつけている。
「さぁ、進みましょ。」
「待てよ、完治するまで安静にしろ。」
怪我が完全に治ってない状況で、無理して行ったら、危険な展開に発展する可能性もある。
そうなるくらいなら……。
「どんな仕掛けがあるか、気をつければいいだけよ。」
彼女は強気に言っているが、瞳はかすかに揺れている。
以前と比べて、感情がよく読みとりやすくなっているから、嘘ついたってバレバレだ。
『自信があるのねぇ?でも覚悟して?』
防犯カメラの向こうから、リアスの声が聞こえる。
それを無視して、イロハは前を捉えた。
そして、一歩踏み出した。
俺も、真似して剣を握り直し後ろを着いて行った。
イロハは普通に進んでいくけど。
この先、俺たちの弱点を突く罠があるとしたら、なんだろう。
イロハは毒だよな、毒は能力でどうしようもできない。
でも、ドリミアと戦った時に出現した結界が使えたら、大丈夫か。
なら俺は?
一斉に来られたら困るよな?
いや、それは誰だってそうか?
俺は、精神状態によって能力の強さが左右される。
そういうことになると、精神攻撃もないとは言い切れない。
例えば……。
「……。」
やめよう、思い出すのは嫌だ。吐き気がする。
だからこそ、敵はそこを突いてくるかもしれないけれど。
二人で廊下を突き進み、出口を探す。
そこには幾千ものトラップがあって、銃弾が飛んできたり、虚霊が大量発生したり。
それでも二人で協力して、その危機から抜け出す。
そうだ、いつも片方がピンチの時は、もう片方が手を貸し解決する。
今回だって、ここから抜け出すために協力するんだ。弱気になんてならない。
イロハは、手の甲をさすりながら、俺に尋ねた。
「あの勝負、覚えている?どちらかが死んでしまったら、死んだ方が負けっていう」
「ああ、覚えてる。」
覚えているに決まっている。
彼女の横顔は、全体的に綻んでいた。
眉も、瞳も、口元も、全て。
こんなにも追い詰められた状況下で、どうして笑えるのか理解はできない。
でも、不気味ではない。むしろ安心する。
「わたしもあなたも、負けないわ。引き分けで終わらせるわよ。」
「……うん。」
自分でも思うくらいに小さな返事をした瞬間、頭の中に戦慄が走った。
俺の能力、未来予測が発動したのだ。
どうやら、数秒後に一人の観測者が殺しにかかってくる。
観測者か、虚霊じゃないのか。
さっきから虚霊が出てくるか、銃弾が飛んでくるか、そんな具合だった。
もっとこう、やばいトラップがあると思っていんだけど。
最近、こういう出来事が起こりすぎて、前みたいに焦ることが減ってきた気がする。
立ち止まって、イロハに告げた。
「また来る」
「……へぇ。」
俺は剣を突き出して、いつでも戦闘ができる状況を作り出す。
イロハは目を閉じ、深く深く息を吸ったあと、また目を開けた。
肺に込められた空気が吐かれた時、イロハの目の色が、星が散りばめられた夜空のようになっていた。
彼女のもう一つの能力だ。
視力を一時的に上昇させる能力、名前が無いから「心眼」と呼ぼうか。
この能力は、銃弾も見ることができる。だから攻撃を避けるには最高の能力。
だが、ハンデも、もちろんあり。
使いすぎると気を失う……というのがイロハの説明。
だから、まだそんなに使っているところを見ていない。
まぁ、今はそんなのどうでもいい。
目の前の状況に対処しないと。
そう考えて廊下を見つめていると、案の定誰かが歩いてくる。
カツン、カツンと、軽やかな足音が響き、黒い人影はどんどん近づく。
その人は、長い黒髪を揺らしていた。
遠くからでも、そいつの瞳は異様だ。
左右ど色が違う、厨二病が好みそうな赤と青の瞳。
オッドアイって呼ばれるやつ。
「こんにちは……お二人さん。」
未来予測の通りだ。
余裕のある挨拶をしている最中、イロハがドリミアに急接近し剣を振り下ろす。
彼女の髪が風で乱れる。
「心眼」が一層光る。
獲物を逃さない、百獣の目。
「ふっ……。」
それでも、軽々避けられる。
すぐさま、すまし顔でイロハは二、三歩退いて、首を傾げた。
ドリミアは、鼻で笑い挑発をする。
どこか嫌悪感を抱く笑みだ。俺は嫌い。
「もう、危ないじゃん。」
と、ドリミア。
「あら。ドリミア、だったかしら?
あなた、”そんな人”でしたっけ?」
と、真っ直ぐな視線を向けて尋ねるイロハ。
「そんな人って?」
「口調が少しちがう。声も、」
「なーんだ、そんなの気にすることないじゃん。」
やれやれ、と首を振り、ため息をつく。
「ぼくはね、探しているんだ。”あの人”を。」
「へぇ、それは大変ね。」
イロハは、間を置かずに適当に相づちを打っている。
待て、イロハの言う通りだ。本当にドリミアは前と印象が違う。
初めて会った時の一人称は、「私」だったぞ、あいつ。
なんだ、なんの違いだ。
「ところで。戦わなくていいわけ?ぼくがやってきてあげたのに。」
「戦うわよ、気は乗らない……けど」
再び「心眼」を光らせるイロハと、目を細めるドリミア。
二秒の間が生まれた後、イロハがこんなことを言い出した。
俺が知らないことだ。
「ねぇ、ドリミア、あなた。
わたしをあの湖に突き落としたわね?」
あの、湖?
俺に浮かんだその謎は、すぐ解決することになる。
「なんのこと?」
相変わらず笑みは崩さないドリミアに、イロハも鼻でふっ、と微笑んだ。
「とぼけないで。森にある懺悔の湖、あそこにいるわたしを突き落としたのは、あなたよね? 」
懺悔の湖。
それは、イロハの記憶が戻った場所だ。
イロハはそこで何者かに突き落とされた、と言っいてたけど、まさかこいつが?
もしそうなら、赦せない。
「証拠は?ないじゃん」
確かにないだろう。
でも、そういうことを言うのは、犯人だけだ。
ミステリー小説でよくあるやつだ。
「わたしの記憶よ」
と、イロハ。
そして続ける。
「突き落とした時の声、あなたと同じよ。」
そう言われると、はぁ、とドリミアはため息を漏らす。
面倒くさいと言わんばかりに頭をガシガシかいて、腕を組む。
俺たちを見下す視線が、余計に苛立ちを誘う。
「細かいな……」
呟くと、隠していたのであろう数本の刃物がドリミアの周囲を浮き始めた。
きっとこいつの能力、金属操作だ。
ぷかぷか浮くクラゲのような刃物は、メリーゴーランドのように、ドリミアを囲う。
そこだけ優雅で、俺たちが剣を持っているのが変なのかな、とか。
おかしなことを考えていると、
「犯人だって」
ドリミアが手首をくるりと回す。
「どうでもいいよ」
突然、浮いていた刃物たちが、イロハの方に先端を向けた。
イロハを見た三本の刃が突進。
狙いはイロハ。
弓矢のごとく、刃たちは彼女を捉え離さない。
銃弾のような速度で飛んでくる三本のナイフは、普通の人ならそのまま刺されて、人生の終わり。
俺は本来、助けに行かなければならい状況。
だが、相手の攻撃は意味がない。
それを俺はよわかっているから、今は動かない。
無駄な動きはしない。
襲いかかる三本は、
彼女によって、いとも簡単に弾き飛ばされるのだから。
金属の音が長く広く、耳を通り抜ける。
イロハは、「心眼」の能力発動中だ。
生半可な攻撃なんて、今の彼女には余裕。
ドリミアの顔は、変わらない。
相手だって、この状況は予測済み。
「もう、それやっちゃう?後でぶっ倒れない?」
床に着地する寸前のナイフを能力で拾い上げると、ドリミアは問う。
その問いに俺たちは答えぬまま、剣を構える。
こいつ、なにか隠してる。様子がおかしい。
俺たちを捕獲する目的でここにいるのなら、もっと仲間を連れてこないか?
俺たちは、お前一人でも十分と言いたいのか?
舐められたら、ムカつくなぁ!
俺は一気に飛びかかる。
イロハの方を見て油断しているドリミアは、俺に気づいていない。
このまま斬れば!
ドリミアの肩を狙って剣先を向ける。
だが、なにかに引っかかった。
防がれた。
「動きが単調で読みやすいね」
相手は、ナイフを操ってこちらの攻撃を簡単に防いだ。
俺の動きを止めたナイフは不自然に軌道を変えると、俺の片目を狙う。
来るっ!
反射で首を捻る。頬のすぐ横を、風を裂く鋭い感触が走った。
遅れて、熱い痛み。浅いが、確実に切れている。
「っ……!」
後ろに飛び退くと同時に、さらに二本。
追尾するみたいに軌道を変えながら、俺の死角へ滑り込んでくる。
やば……これ無理……。
「レン、下がりなさい」
イロハの声。
この声が聞こえたら、俺はいつも「もう大丈夫」と安心してしまう。
それほどにまで、イロハのことを、俺は信頼している。
次の瞬間、白い軌跡が閃いた。
キィンッ、と澄んだ音。
ナイフが弾かれ、床に散る。
速い。
見えてるとか、そういう次元じゃない。
これがイロハの「心眼」の力。
「……やっぱり、”心眼”か」
ドリミアは小さく息をつき、指先をわずかに動かす。
床に落ちたナイフが、まるで糸で引かれるように再び浮かび上がった。
「面倒だな、それ。こっちは手数で押すしかないのにぃ」
その言葉とは裏腹に、余裕のある声色。
次の瞬間――廊下がひび割れた。
ビキッ、と微かな音。
足元の白い床が、ひび割れる。
それは木のように、枝分かれしてどんどん大きく広がってる。
そこで、嫌な未来が見えた。
鋭い刃が、数本、下で……。
「レン!」
イロハが叫ぶより早く、床の内部から細い刃が突き上がった。
金属。埋め込まれていたのか、それともーー
「気づいてなかったでしょ?ここ、全部、
ぼくの庭なんだよ」
ドリミアの口元が、わずかに歪む。
壁、天井、床。
白一色だったはずの空間のあちこちから、細い金属片が露出し始める。
「ここはほぐの所属する組織だ。悪い奴らが来た時のために、準備してるんだよ!」
逃げ場はない。
最初から、全部操作範囲内――!
だからあんなに自信満々で!!
「チッ……!」
俺は踏み込みを止め、距離を取る。
だが、その一瞬の判断を待っていたかのように、ナイフが四方から殺到する。
正面、右、背後、そして――上。
誰も俺を逃がさない、そんな意志を感じる。
「はは、遅いわ。」
低く、イロハが笑い声を漏らした。
その瞬間、彼女の剣が“消えた”ように見えた。
否、速すぎて見えない。
連続する金属音。
火花が散り、飛来する刃がすべて弾き落とされる。
そのまま、一歩。
イロハが踏み込む。
「レン」
短い一言。
それだけで、十分だった。
合わせろ。
彼女はそう言いたいのだ。
俺は地面を蹴る。
さっきの単調な突っ込みじゃない。
ドリミアの視線は、完全にイロハへ向いている。
「心眼」を潰すための攻撃に集中している今は、
こっちは、死角になる。
左から回り込む。
床から突き出る刃を踏み台に、強引に跳ぶ。
「へぇ……今度はちょっとマシ」
ドリミアが気づく。 だが、もう遅い。
ナイフが迎撃に動く。
俺を見る、逃さないと言うような視線は、相変わらず。
だがその軌道を、俺が断つ。
いや、誰が斬ったんだろうか?
その時、俺は剣を”振っていなかった”。
一瞬、俺の周りだけが青色に光り、強風が吹いた。
それと同時に、ナイフがへし折れる。
ひとつ、またひとつと、ストローのようにいとも容易に、へし折れて吹き飛ばされる。
ドリミアの顔が、その時よく見えた。
目が大きく見開いていた。
口がぽかんと空いて、馬鹿らしい顔だ。
その顔に、俺は心の中で笑ってしまった。
初めて見る、変な顔だ。
その隙を、俺は逃さない。
「はああああ!!」
全体重を乗せた一撃。
狙いは同じ、肩。
「うあああっ!!」
肉の感触が、剣を通って俺に伝わる。
気色悪い感触だ、血の匂いもする。
肩に、剣が突き刺さっている。
ポタ、ポタと。数多の血の湖が出来上がる。
ドリミアの顔は見えない。見ていない。
でも、きっとすごく怖い顔をしているのだろう。
身体が動かない。今の、この攻撃だけで、全て使い切ったような気がする。
普段使わない、別の力を使ったような……。
「いいね」
ついに、突き刺した相手が声を出した。
痛がるような声でもなく、悔しがるような声でもなく、ただ単に、「面白い」と言うような。
素直に賞賛している声だ。
「このまま進んでいけば」
救われるーー
「かもしれないね。」
どんより曇った雲みたいな顔をして、笑っていた。
それは、不穏であまり嬉しくはない笑みだ。
本当なら、ここでさっさと動いて戦うべきだが、相手も俺も、動かない。
俺はもう、動けない。
おかしい、いつもならもっと動くはずなのに。
ふと、ドリミアの背後に、イロハがいた。
剣を構えている、目は見えない、顔が暗い。
「お前たちの思い通りに、彼はならない。」
そう言って、ドリミアの背中を貫通させようと、彼女が振りかぶった時だった。
床が、音もなく歪む。
泥の水たまりに嵌った時の、あのぐにゃぐにゃな感触。
落とし穴も何も無いのに、突然、予告もなく俺とイロハの足元だけ、謎の黒い穴が開く。
それは、ゆっくりと俺たちを吸い込んで、どこかに連れていこうとしているようだった。
足を動かそうにも、余計に沈む。
まるでブラックホールだ。
「なに、これ」
「吸い込まれる……!!」
もう既にイロハは腰あたりまで沈み、俺は膝だ。
ドリミアの能力と言っても、こいつにこんな能力はない。
「あははっ」
ドリミアは、俺が刺した刃を強引に抜くと、 こう呟いた。
「楽しんでな、心の底で。」
それが合図というように、一気に俺たちは沈んでいってしまったのだった。
第二十六の月夜「最悪な待ち伏せ」へ続く。
コメント
2件
再開お待ちしてました。 イロハさんの肉弾戦、カッコいい🥰次回の更新を楽しみにしつつ、最初から読み返しております。