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試合は第二セット目に入っていた。
一セット目はうちのチームが大差をつけたが、二セット目は一点差でこちらがリードしている逆転もあり得そうな状況だった。
このタイミングで選手交代の笛が鳴り、俺はピンチサーバーとして出ることができた。
大勢の先輩がいる中で、俺が選ばれたんだ。
必ず一点、まずは取らなければ。
そう思い打ったサーブは、ラインギリギリの内側で落ちて稲荷崎に得点が入った。
この試合はうちのチームが勝った。
「角名!ナイスサーブやったぞ!」
「試合ギリギリまで寝てたんに、ようやるなぁ!」
片手を上げてハイタッチを求める双子を見て、俺が役に立てたと嬉しくなる。
「ありがとう、双子もナイスだった」
嬉しさを含んだ力強いハイタッチを交わし、試合が終わってもなお盛り上がりを見せている観客席を見上げた。
稲荷崎の学生が集まって応援している場所から少し離れたところに、見覚えのある人物がいるのが分かった。
「(名前)」
そこには、前から二番目の席に腰をかけている(名前)がいた。
遠くからだった為、(名前)がどんな表情をしているのかわからなかったが、(名前)と目が合っていると思うと心臓が早足になって止まらなかった。
(名前)は俺と目が合ったことに気づくと座席から立ち上がり、そのまま振り向きもせずに会場を出て行った。
なんで。待って。
まだ行くなよ。
ずっと会いたかった。
少しで良いから話したい。
俺は客席にお辞儀をした後、チームメイトと会話もせずに、会場を出た(名前)を夢中で追いかけた。
まだ見つかる。大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、俺は選手専用の廊下から順に探し始めた。
選手専用の廊下に繋がる階段が見えた時、その踊り場に(名前)がいた。
中学の時と何ら変わっていない見た目に、俺は少し安心していた。
「…(名前)!」
俺は走ったせいで途切れ途切れになった息を整えながら、精一杯の余裕の表情で(名前)を呼んだ。
(名前)は驚いたように勢いよく振り返って、分かりやすいくらいに目を見開いた。
「…倫太郎」
数ヶ月ぶりに聞いた俺を呼ぶ声は全然変わっていなくて、おっとりとした耳障りの良い落ち着いた声が俺の心を潤した。
やっと、会えた。
数ヶ月。
たった数ヶ月でも、俺にとっては途方もないくらいに長かった。
(名前)に触れられる。
また前みたいに頬を撫でて笑い合いたい。
階段を降りて(名前)の前に立った俺は、中ニの冬のあの時の様に、(名前)の頬を撫でようと手を近づけた。
「やめろ」
「…な、んで」
伸ばした手は頬に触れる事なく(名前)によって弾かれ、行き場をなくして空虚を撫でていた。
「お前よく何も無かったかのように話しかけられるな。
俺の事、裏切ったくせに」
そう言う(名前)の声は、聞いた事ないくらい低くて冷たかった。
「え、裏切ったって…」
「自覚無ぇの?本当に最低だな」
「ちが、そう言うつもりじゃ…」
「じゃあ、どういうつもりだよ!
なんで連絡の一つもくれ無ぇの?俺の事、もうどうでもよくなったのか」
こんなに声を荒げる(名前)は初めて見た。
心に風穴が開くような、そんな鋭い声は俺の涙腺を刺激していた。
「違う!違うよ…」
「兵庫、楽しそうでよかったな。そっちでも頑張れよ、角名」
(名前)はそう言って、静かに階段を降りて行った。
え、今、なんて…?
角名?
あれ、いつもは倫太郎って。
鈍器で強く頭を殴られたような気分になった。
取り返しのつかない事をしてしまったのだと、全身が鳥肌を立てる。
心臓は強く脈打っていて、目の前がグルグルと回っていた。
ただ、俺のことを考えて欲しかっただけなのに。
踊り場には、あの頃と変わらない(名前)の柔軟剤の匂いだけが残されていた。
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